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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
48日目、天使ではないのです
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カルラの旅ーオルデク③ー



 しばらく授業風景を見ていたカルラだが、内容は基礎的な物だった。受けている子達は既に修了しているようで、復習がてらに各々予習をしていた。


「基礎は出来てるみたいなの」

「ヘトヴィヒから、色々と教えて貰ってたんです」

「クラウもなの?」

「はい。私は少しの間でしたけど、基礎は一応」


 カルラはヘトヴィヒという男が気になるようだ。しかし、クラウの傷を考えると深くは聞き出せない。


「ヘトヴィヒは、優しい人でしたよ。表向きは、ですけど」


 カルラの興味を感じ取ったんか、クラウが話始める。


「……そうなの?」

「天使様は下衆と呼んで、嫌ってましたけど、表向きは本当に、良い人でした」


 クラウは「表向き」という言葉を何度も使う。自分達が見ていたのは表でしかなく、裏を知る巫女達が下衆と呼ぶだけの実験も、今では知っているという事だ。


(リツカとアルレスィアがそんな言葉を使うなんて、いよいよなの。連合の悪行すら冷静な言葉で対応していたのに、なの)


 それ程の事をヘトヴィヒはしたのだと、カルラは覚悟して聞く。そして授業に集中し直した子供達も何処か、集中しきれていないのが見て取れた。ここに居る子供達全員、関係者のようだ。


「クラウは酷い目に遭わされたはずなの」

「騙されて、変な実験の所為でマリスタザリア? っていうのになってしまったんですけど、天使様が助けてくれた今だと……恨み切れないっていうかです、ね」

(そんな目に遭って、恨みきれないの?)


 人ではなくなる恐怖を感じたはずのクラウは何故か、恨みではなく悟りにも似た感情を持っていた。


「私以外の皆にとっては、恩人って聞いてたから……」

「他の子達の恩人でも、クラウにとっては誘拐犯でしかないの」


 カルラが真っ直ぐに、クラウを見て言う。


「そうなんですけど……全部知った今だから、恨めるんだって思ったら、恨みがスッて収まってしまって」

(強い子なの)


 広い視野と他者を重んじる心、自分の感情との付き合い方。どれも高い水準を示している。シスターという職業はクラウに合っているだろう。もちろん、政治家等の役所勤めも出来る。人を導く為に必要な冷静な精神構造を、クラウは既に手に入れていた。


「後は恐怖を乗り越えるだけなの」

「それが一番、難しいんですよね……。偶に、自分の手が……」


 クラウが自身の腕を擦る。恨む事の無意味さを理解しても、恐怖は簡単には拭えない。自身が変わる事の気味悪さ。自分の腕ではない物が、自身の思い通りに動く不気味さ。どれも鮮明に思い出される。


「眠ってる間に、変わっちゃうんじゃないかって……」

(……)

「ちょっと付いて来るの」

「え?」


 カルラがクラウを連れ、託児所から出て行く。出て行く際カルラは、授業を受けていた子達をチラリと見る。クラウの事が心配だったのだろう。クラウ以外の子達は、ヘトヴィヒに拾われなければ死んでいた子達だ。ヘトヴィヒが悪事を働いていたと知っても、恨みも恐怖もない。それが必要だったと割り切っている部分がある。


 しかし、クラウは違う。ヘトヴィヒの元で治療という名の実験を受けている時、母を求めて夜泣いていた。人を傷つけようと疼きだすマリスタザリア化した腕を抱き締め、必死に押さえ込んでいた。今でこそ、巫女二人とレティシアのお陰で笑顔を見せているけれど……ヘトヴィヒの元で笑っている姿を見ていない。


(クラウ……)


 そして今でも、クラウは苦しんでいる。育ての親で命の恩人を奪われてしまった自分達だが、そこに悲しみも怒りも無い。子供達はただただ、クラウが心配のようだ。クラウを見れば、どちらが間違っていたか――痛感してしまうのだった。




 カルラはクラウを連れ、船まで戻ってきた。


(兄様は出て行ったみたいなの)


 エンリケが居ない事を確認し、クラウを連れ船室へ入る。


「えっと、カルラちゃん……?」

「王都で、クランナって子に貰った物だけど……預けるの」

「?」


 カルラが袋に何かを入れ、クラウに押し付ける。


「これって」

「それを抱いて寝れば、変質なんてしないの」


 カルラに言われるがままに、袋からそれを取り出す。そこには、手を繋いだ巫女二人の人形が入っていた。


「わぁ」


 目をキラキラさせ、クラウが人形を見ている。


「良いの? 友達から貰ったものじゃ……」

「だから、預けるの。いつか王都で巫女の凱旋があるの。その時に返すの」

「――うんっ。ありがとう!」


 ぎゅっと二人の人形を抱き締め、クラウはニコニコとしている。先程までの不安は吹き飛び、喜びだけが心を占めている。


「こっちだけは譲れないけど、なの」

「え」


 カルラが取り出したのは、レティシアの人形だ。


「あっ!」

「リツカ達だけじゃ不満なの?」

「うっ……! ち、違うよ! ただ、でも……うう!」


 身分等関係ない。二人の少女は、一つの人形を巡って再び睨みあう。クラウに抱き締められたリツカとアルレスィアの人形が微笑ましくそれを眺め、レティシアの人形がソワソワと、あわあわとしているように――見えた。



 

「くしゅんっ!」


 料理中シーアさんの二回目のくしゃみが聞こえました。風邪でしょうか。


「甲板、寒いのに」


 シーアさんはまだ薄着です。寒冷地生まれで育ちだからって、寒さに強すぎです。


「リッカさまの世界は、ここまで寒くならないんでしたね」

「うん。昔はこっちと同じくらいになったみたいだけど、今は殆ど変化がないね。四季が二季みたいになってるんだ」


 見る事が出来なくなった花とか、一杯あります。


「寒いのは別段苦手って訳じゃなかったけど、やっぱり寒いね」


 気合でなんとかなる寒さではあります。しかし、私を後ろから抱き締めてくれているアリスさんが居なければ、震えていました。


「それは大変です。もっと暖めなければ」


 ぎゅっと抱き締められ、背中から熱が伝わってきます。私自身、熱を持ってきて、ぽかぽかです。


「ゆ……夕飯、出来たよ」

「はい……」


 配膳しないといけないといけないのに……抗えません。今日の私は、アリスさんとずっと触れ合って居たいみたいです。いつもよりずっとです。私の、アリスさんへの想いは天井知らず。これからもどんどん上がって――。


「ご飯出来てますネ」


 シーアさんが匂いに釣られてやってきてしまいました。見つかってしまった以上、配膳しないといけません。


「風邪でもひいたの?」


 先程のくしゃみの件を尋ねて、見られてしまった抱擁場面をはぐらかします。シーアさん相手ならはぐらかさなくても良いと思っても、はぐらかしたいのです。


「いエ。どうやら噂ですネ」

「カルラさん?」

「そうだと思いまス」


 カルラさんはシーアさんを気に入ってますからね。王都で話しているのかもしれません。


「もしくは、クラウちゃんと一緒に話しているかもしれませんよ」

「エ」

「時間的に、そろそろオルデクに着く頃だと思います」

「それもそっか。案内頼んでたし、カルラさんとクラウちゃん、シーアさんの事で盛り上がってるかも」

「……ありえますネ」


 シーアさんが冷や汗をかいています。そんなに困る事でしょうか。王都でシーアさんの情報を集めたと予想されるカルラさんですけど、酷い噂を流したり真に受けたりは無いと思います。


「リツカお姉さんは他人事じゃないですヨ」

「え」

「リッカさまも噂の対象でしょうからね……」

「もちろん巫女さんもでス」

「私はリッカさまと一心同体ですから」

「うんゅ」


 あまりの嬉しさに噛んでしまいました。


 話をそこそこで切り上げ、甲板に上がります。冷め切る前に食べた方が良いですからね。



「リッカさま」

「うん?」


 配膳中に、アリスさんが私の後ろから声をかけました。


「今晩のお願い、ですけど」

「うん。何でも言って?」

「朝からずっと、思っていたのです」

(でも、勇気が……。それでも今なら……今だからこそ、です)


 何でしょう。募りに募ったお願い。私は何でも受け止めます。


「リッカさまが眠るまでの間……私に、全てを……委ねてみませんか?」


 ――何でも受け止める気でいたリツカの頭は一瞬でショートし、配膳するだけの機械となってしまった。頭から湯気を出さんばかりに顔を真っ赤にし、震える手で配膳していく。その所為でコップの水を倒し、ウィンツェッツに浴びせてしまうが、リツカは放心したままだ。


 食べるのも不安定な為、アルレスィアがリツカに食べさせていく。喜びに打ち震えたまま夜へと向かって行くリツカ。心臓と脳は盛大な演奏を奏でている。いつもアルレスィアに委ねているのに、ここまでと思うかもしれない。


 でもそれが、頬を染め、もじもじとしながら告げられた言葉だったとしたらどうだろう。言う事に時間がかかる程に緊張し、募らせた想い。それが今からリツカに降り注ぐのだ。


 訳もわからず昂ぶるリツカの心と体は、今晩……アルレスィアに委ねられた。



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