カルラの旅ーオルデク②ー
「何処を回るのかしら」
「とりあえず、預かり所に行きます。エーフィお姉ちゃんや皆に会って貰おうかと」
「まだお店の準備があるけど、終わったら向かうわね」
ドリスと一旦別れ、託児所に向かう。
「案内とは言いましたけど、私達が回れるところはそんなにないです」
「構わないの。リツカ達が行った所なら、わらわも入れるの」
「天使様の、ですか?」
「なの」
最大限注意して町を歩いていたであろう巫女二人とレティシア。その三人が行った所ならば、安全かつ安心だろうとカルラは信じている。
「それですと、預かり所とヘトヴィヒ宅くらい、です」
「後で連れて行って欲しいの」
「はい。もう何も残っていませんけど、それでもよろしいですか?」
すでに証拠品の回収は済んでいる。今のヘトヴィヒ宅は何もない。あるのは地下と血痕、犠牲になってしまった子供達の墓だけだ。
「余り思い出したくないだろうけど、お願いするの」
「大丈夫です。天使様とシーアちゃんが約束してくれましたから」
「約束、なの?」
「いつかシーアちゃんと天使様の森に行って、二人が踊ってる姿を見るんです!」
フランカが再び、二人の間に走った火花に気付く。レティシアを取り合うように、お互いの利を話し始めた。
「その前に、三人は皇国に招待する事になると思うの」
(巫女のリツカとアルレスィアは”神林”に帰ったら出て来れなくなるの)
「その後は私と一緒に共和国に行くんです」
「その前にわらわとシーアの式を挙げるの」
「し、式……ですか?」
「そういう仲なの」
お互い一歩も引かずに言い合っていたけれど、カルラが奥の手を取り出した。レティシアからの返事は貰っていないが、満更でもない反応を見せていた。少なくともクラウよりは、一歩進んでいるとカルラは扇子で隠した唇の口角を上げる。
クラウにレティシアへの恋愛感情はなく、親友になれたと思った少女にもう一人の親友が居たという事で嫉妬している。しかも相手はレティシアと同じく高貴な身分だ。クラウより近い感性や立場としての苦悩を共有できる親友。一歩先を行かれていると、クラウは感じている。
ただ、それだけのはずだった。
(何でか判らないけど……)
(この子には負けたくないの)
カルラはレティシアが好きだ。連れ帰り、共に過ごしたいと強く想っている。それに対しクラウは、良く分からない感情のままカルラと張り合う。親友が取られることはない。カルラとも仲良くなれば良いだけの話なのだ。
レティシアからカルラの事を聞いた時は、そのつもりだったはずだった。「シーアちゃんと仲良くなれた人だから、自分とも友達になれるかも」と。しかし会ってみて、カルラがシーアと呼んでいると知ってからは、少し別の意味で意識してしまっている。
クラウとレティシアの触れ合いは少ない。ヘトヴィヒから助け出され、病院ではレティシアがクラウに付き添っていた。その間慰められたり、励まされた程度の物だ。
それだけでも、クラウにとっては大切な時間だった。不安で、怖くて、悲しかった。母やエーフィに会えるまで、押し潰されそうな程に苦しんでいた。そんな中でレティシアが、眠るまで傍に居てくれた。巫女二人の面白おかしい話を聞かせて貰えて、共和国の良い所や、世界の広さを教えて貰えた。
クラウにとってレティシアという存在は強く焼き付いている。クラウは毎晩、巫女二人を思い起こし祈る。そして布団に入って、寝る前に必ずレティシアが思い浮かぶのだ。ただの親友では説明出来ない、そんな毎日の楽しみ。クラウが、何故レティシアが思い浮かぶのかを知るには――まだ少し、経験が足りなかった。
「むむむ……」
「なの」
二人の少女の後ろに虎と龍が見えたかと錯覚する程、白熱している。この時レティシアは、大きなくしゃみと共にオルデクの方角を見ていたと、後のウィンツェッツが供述している。
「クラウ?」
「あ……お、お母さん」
「カルラ様を案内するって聞いたんだけど……何を睨んでるの……?」
式を挙げると告げ、余裕を見せた所作と表情で迎えうっていたカルラを、クラウは少し涙目で睨んでしまっていた。そんな状況をクラウの母、カミラに見られてしまった。
「気にしてないの。ちょっとしたじゃれ合いなの」
(巫女様達も、レティシアちゃん達とそんな事言ってたわね。子供達の流行、なのかしら)
「そう、ですか。まだまだ至らない子ですけど、よろしくお願いします」
「良くして貰えてるの」
「う……」
カルラはクラウの、レティシアに対する気持ちに気付いている。その上で負けたくないと思いながら、良きライバルになれるとも思っている。
レティシアは照れ隠しに悪戯や足が出てしまう。少し荒っぽく、皮肉屋な所がある。それでも根は誰よりも優しく、深慮で、人の為に動く事を面倒とは思わない。
昔、アルレスィアとリツカが言っていた。もし次に”巫女”が選ばれるとしたら、レティシアがそうだろうと。これは今でも二人は思っている。もちろんアルツィアとしても、そんな未来があったかもしれないという思いを捨てきれない。
そんなレティシアを好きになってしまった二人の少女。お互い負けたくない、譲れないという想いを持ちながら、再び視線を交わす。
「よろしくなの。クラウ。わらわの事は、カルラで良いの」
「カルラ、ちゃん。私……負けない、から」
「なの。譲らないの」
仲良くなれる。二人はそう、感じていた。
託児所についた二人が中に入って行く。
「先日、学校が併設されたんです」
「今までは預かるだけだったの?」
「はい。勉強したかったら、エアラゲまで行かないと駄目だったんです。それまでは、個人的に教材を買ってとか」
王都のように、教育機関が整備されている所は少ない。勉強するのは役所勤めの人間だけという話だ。殆どの者が家業を継ぐ事になる。
「こればっかりは、ヘトヴィヒのお陰ですね」
「なの?」
力なく、クラウが笑う。
「ヘトヴィヒが、私達実験、体……は、頭が良いって言ってたんです」
(確かに、クラウは良く出来てるの)
「せっかく頭が良いんだから、一杯勉強して、やりたい事をやりなさいと」
「将来の選択肢を増やすなら、勉強が手っ取り早いの。クラウは、なりたい職業とかあるの?」
「アルツィア様の教会に所属したいです!」
クラウはもう自分の将来を決めているようだ。
「役所とか王都勤務とかじゃないの?」
「天使様の力になりたいですし、シスターならば巡業で色々な場所にいけますから」
「王都の教会は今、無人なの。クラウが頑張れば王都所属になれると思うの」
「本当!? 頑張ります!」
役所勤めで力になろうと思った事もあったけれど、一番直接的な支援が出来るシスターを選んだようだ。一度人間から離れかけたという経験は、様々な人々に寄り添える感性を育んでいる。
アルツィアに特定の宗教は存在しない。アルツィアを信奉すればそれは、アルツィア教とも言える宗教となる。クラウはクラウの、アルツィア教を作る事になるだろう。
「この中が、私も所属している教室兼預かり所です。事件の被害者が主に所属してます」
「一応区分けされてるの?」
「はい。でも本当に一応ってだけです。勉強したい子だけ、黒板の前に座るんです」
まだまだ整備中の為、完全な学校は出来ていない。それでも勉強出来る環境は整っている。
クラウが扉を開け、中に入って――。
「よ、ようこしょおいでくださいましたっ!!」
クラウが中に入るや否や、エーフィが勢い良く頭を下げ大声を出した。
「エーフィお姉ちゃん……」
「へ? あ、あれ……カルラ様は……」
「ここなの」
クラウの後ろからひょっこりとカルラが顔を出す。クラウに頭を下げる形になっていたエーフィは、少し頬を染めて改めて気をつけの姿勢をとる。
「よ……ようこそ、おいでくださいました。預かり所勤務の、エーフィです」
「よろしくなの」
最初に失敗したからか、落ち着きを取り戻したエーフィが挨拶をする。
「先生もやってるの?」
「いいえ。それは、他の方がしてくれています」
エーフィは預かり所に再就職していた。しかし、人に教える程勉強が出来る訳ではない。勉強しない子達の世話がエーフィの仕事だ。
「先生は、お客様の中に教師の方がいらっしゃったのでお願いしました」
(ここも、リツカ達と会って変わったみたいなの)
教室の中を、カルラは見る。今まさに勉強していたのだろう。少年少女達が椅子に座っていた。視線は黒板ではなくカルラの方だが。
「今日は学校だったの?」
「私は休みを貰いました」
「ありがとう、なの」
あれ程勉強して、一刻も早くと言っていたクラウが、カルラの為に時間を作ってくれている。その事にカルラは少し気恥ずかしくなったのだろう。扇子を口元から上げ頬が隠れるようにする。
「シ、シーアちゃんに、お願いされたから……ですから!」
クラウも照れてしまったのか、照れ隠しをしてしまう。新しい友達とは少し、素直に話せないクラウだった。