カルラの旅ーオルデクー
「ボフは少し遠いですネ。今日はここまでででス」
予定は未定、ですね。中々思い通りにいかないものです。
「それでしたら、私達は食事の準備をします。何か食べたい物があれば、お願いします」
「お肉ですネ。ガッツリでス」
「テリヤキだったか。あれが良い」
昼食もそこそこにミゅルハデアルとミゅスに行きました。夕飯は豪勢でも良いかもしれませんね。ガッツリお肉は、ステーキ? テリヤキはお魚とお肉どっちでしょう。今日はメインが私でも良いかもしれません。偶にはアリスさんもゆっくりと、小鉢とかサイドを作ってもらいましょう。
「リッカさま。お願いの事なんですけれど」
「何か決まった?」
どんなに、問題解決に動けなくて悔しくても、解決する事が出来ずにモヤモヤしても、最終目標とアリスさんのお願いがあれば頑張れます。今日は何でしょう。
「今日はリッカさまの休養日ですので、寝る前に少しお時間を下さい」
「うんっ。いくらでも上げるよ!」
アリスさんになら私の全てを捧げられます。何だってします!
「さ……しぁあ参りましょうか!」
「うんっ……ん?」
アリスさんが、言葉を噛んだような? 今日のお願いも、緊張する事みたいです。何でしょう。今からドキドキで、楽しみです。
王都と共和国を直線で結ぶと、オルデクが丁度重なる。そんなオルデクに今、一隻の飛行船が到着した。
「エアラゲから結構近いの」
「みたいっすなぁ」
カルラがまったりと、優雅に町を見下ろす。停船準備を進めている乗組員達は、忙しさとは別にソワソワとしている。カルラはそれを見て、少しため息を吐きたくなってしまった。
「オルデクも少し見て回るの。その間好きにしてて良いの」
「ありがとうございます!」
目に見えて喜んでいる男達を、カルラは冷めた目で見ている。
「兄様はどうするの」
「船に居る――居ます」
「町に下りたかったら一声護衛の人にかけるの。くれぐれも黙ってふらつかないように、なの」
「はい」
気を抜くと敬語を忘れてしまうエンリケだが、カルラはそういった事を気にしない。ウィンツェッツの変な敬語を聞くくらいなら粗暴な言葉でも良いという性格だ。
「護衛の者達も好きに動いてて良いの」
「いいえ。仕事はしっかりとします」
ディルクとアンネリスの配慮だろうか。男の護衛三人であったはずが、女性が一人入っている。そしてその一人は任務をしっかりとこなすタイプのようだ。男の護衛は露骨に、落ち込んでいる。エンリケが船を降りなければ、男の護衛も動けないからだ。
「選任冒険者ジーモンが待っているはずなのですが……」
女性兵士、フランカが辺りを見渡すが、ジーモンは見当たらない。そんな一行に一人の少女が気付き近づいて来た。
「あの、カルラ様でしょうか!」
「なの。貴女は――」
「クラウです! 天使様達からカルラ様の案内を仰せつかりました!」
「天使? あ、リツカ達なの?」
「はい!」
(何でわらわがここに来る事を知ってるの?)
リツカ達が少女から天使と呼ばれている事よりも、何故カルラの行き先が分かっていたのか気になったようだ。
「ジーモンという選任冒険者は、どうしたのでしょう」
フランカが少女にジーモンの行方を尋ねる。まずは護衛との合流をしたい。
カルラはオルデク内を見て回りたいらしいから、その為の警護方針を決めたいようだ。
「オルデクから撤収する調査隊の指揮を執っています。犯人の……ヘトヴィヒ、は連合に狙われてるから、気をつけないといけないと」
ジーモンがクラウに伝えたのだろう。凡その詳細を知っているクラウはフランカに正確な情報を伝える。
「そういう事なら後でも良いの」
「分かりました。護衛を開始します」
カルラが護衛に辟易しないようにと離れていくフランカを、手で制し止める。
「一緒に歩いて良いの。その方が護衛もしやすいの」
「ご配慮、ありがとうございます」
護衛が就いていると見せる事も、事前の対処として効果的だ。身分は隠しているが、カルラはこの国とは違った美しさを持った美人だ。狙われる事は多い。
「リツカ達とは、知り合いなの?」
「はい! ある事件で、助けられました」
クラウの表情が少し曇る。元気な笑顔を見せているけれど、まだまだ心の傷は残っている。
「先程言っていたヘトヴィヒの起こした事件です。子供達を使って、マリスタザリア化の実験をしていたと報告を受けています」
「じゃあ、この子がそうなの?」
「はい。被害者の一人です。この子も一部が変質していたそうです」
フランカがカルラに耳打ちする。余り思い出したくないであろうクラウに配慮した形だ。
カルラとフランカは移動中少し話した程度だが、クラウへの配慮を見た限り、フランカの性格が真面目で優しいと判断する。
(ディルクの推薦だったから不安はしてなかったけど、良い人を就けて貰ったの)
カルラはご満悦だ。男性よりも女性の方が、頼る事も多いだろう。そういう点において、フランカが信用に足る人間と早めに判ったのは大きい。
(それにしても、酷い話なの。リツカとアルレスィアがここに来たのは幸運なの)
もっと遅ければ、完全に変質していたかもしれない。謎の多いマリスタザリア化だ。もしかしたら、負担に耐え切れずに死んでいたかもしれない。しかしそうはならなかった。
「シーアちゃ――レティシアさんからも、カルラ様の案内をよろしくと!」
(シーアちゃんって呼ぼうとしたの)
「なの。シーアも粋な事をするの」
(カルラ様……シーアちゃんと、仲良しなんだ)
「……?」
フランカには、カルラとクラウの間に火花が見えたような気がした。しかしそれは一瞬で、二人の少女はオルデク内を歩き出してしまう。フランカは遅れないように、急いで付いて行った。
クラウが最初に向かったのは、一軒のお店だ。
「うん? クラウ、その方がそうなの?」
「こんにちは、ドリスさん! こちらがカルラ様です!」
「ようこそ、オルデクへ。女の子にはつまらない町かもしれないけど、ゆっくりしていって下さいね」
(リツカちゃんやアルレスィアちゃんとは違った綺麗さね。レティシアちゃんもそうだったけど、大人になったらもっと。って、皇姫様を勧誘する訳には、いかないわよね)
ドリスの苦笑いの真意がわからずに、カルラは首を傾げる。それを見て急ぎ、ドリスは取り繕った。
「赤巫女様と巫女様も、このお店の奥で休憩した事もありますから。もし歩きつかれた時はこちらへお越し下さい。同じ部屋にておもてなしをさせて頂きます」
(二人が信頼してるなら、大丈夫なの)
「ありがとうなの。そうさせてもうらうの」
(でもよく、アルレスィアが許可したの)
まさに、男の為の町だ。そんな場所にアルレスィアがリツカを連れて入った事もそうだけど、お店の中で休憩を取ったという事も、カルラには驚きだった。
「よく、アルレスィアが許したの」
余程気になったのだろう。カルラがドリスに尋ねる。ドリスもアルレスィアのリツカへの過保護は知っている。クスクスと笑いながら説明を始めた。
「すんなりと入った訳じゃないんですよ?」
「なの?」
「巫女様……アルレスィアちゃん、リツカちゃんに目を瞑らせて、お姫様抱っこで入店しましたから」
「……」
容易に想像出来たカルラ。しかし、その想像が本当に正しいのかわからなくなるほどに素っ頓狂な状況だった。
「あの時はウィンツェッツさんが接客を受けてましたから、それを見せたくなかったみたいですね」
「……」
殆ど無理やりの接客だったのだが、ドリスはそれを言っていない。つまりカルラは――。
(まぁ、アルレスィアならそうするって思ってしまうの。それと……サボリには少し、近づくのを止めておくの)
大いに、ウィンツェッツへの誤解を強めてしまっていた。
「そんな事になってたんですか!?」
「ええ。見たかった?」
「はい……」
もはや巫女マニアとまで言える程に、クラウは巫女達の色々な面を知りたがった。お店一つ入るにも、そんな面白い状況になってしまう二人は確かに、興味の尽きない存在だろう。