『ミゅルハデアルとミゅス』姉弟村
結局、何故アリスさんは緊張して目を閉じたのか、シーアさんは何を構わないと言ったのか聞き返せないまま、人形を部屋に並べて置いて、甲板に戻りました! はぁ……はぁ……何でこんなにも疲れて……? というより、落ち込みながらも安堵しているこの感覚は何なのでしょう。
(場所が悪かったですね……。しかし、あのような事故でやっても……)
微笑んでいるアリスさんのはずです。でも、なぜ少し……残念そうにしているように見えるのでしょう。今朝からずっと私……おかしいです。何をこんなにドギマギと……。
「リッカさま。戻りましょう?」
「ぅ……うんっ」
耳に響くアリスさんの声が、より深く入り込んできます。今は、次の町に集中しないといけません。もう着くのですから、気持ちを入れ替えます。パチっと替えられるのが私の長所。一度深呼吸して、甲板に戻りました。
(もう少しで見れたんですけどネ。やっぱり部屋ではそういう感じなんでしょうカ)
いつの間にか甲板に出ていたレイメイさんは風に当たっています。お風呂に入ったからか、お酒臭さは抜けています。目が半目だったり、気分悪そうに眉間に皺を寄せているのだと思いますけど……いつもと変わりませんね。いつも不機嫌そうな目と顔をしてますし。
「あ゛? 何だよ」
「何でも。次の町は動けそうですか」
「船番だ」
「そうですか」
万全ではないという事でしょう。
「次の町は何の印でしたかネ」
「ミュルハデアルが丸です」
「近場のミゅスは三角だったよね。こんなに近いと交流もあるだろうに、信仰心に差が出るんだ」
ノイスとズーガン、フぇルトのように離れている訳ではないのに、こんなにも差が出るんですね。
「というよリ、丸と二重丸の差って何ですかネ。フェルトの人達ってもはや狂信者でしたよネ」
デぃモヌに染まってなかったからと刺してくるという話です。信仰心に関しては二重丸だと思います。
「ノイスの人は確か、人形制作所が特に危ないって言ってたよね」
「他の人達はそこまで信仰心が高くないのかもしれません。それこそ、平均的な信徒なのでしょう」
フぇルト全体が染まっている訳ではないので、丸という事でしょう。
「……」
「まだ言ってるのかって顔ですネ」
レイメイさんが、私達がまだデぃモヌの話をしているのを顰め面で見ていました。ここ周辺はデぃモヌの総本山に近いので、どうしてもその話が主となってしまいます。諦めてください。
「サボリさんがお馬鹿しなけれバ、こんな疑問持つ事もなかったんですけどネ」
「……分ぁってるから、言わんかったろうが」
お酒って飲まない方が良いですよね。明らかに性格が変わっています。どこかのニュースで、お酒の依存度や体への影響は、下手な禁止薬物より高いと言われていた気がします。合法かどうかの差でしかなく、危険な物である事に変わりないのでは? と、レイメイさんを見ていると思ってしまいますね……。
「まずはミュルハデアルですネ。丸って事はフェルトくらいの慎重さは必要って事ですカ」
「そうなります。”巫女”である事を知らせるのは悪手ですね。友好的な方達も敵対してしまう可能性が高いと、ズーガンとフェルトで痛感しました」
「いよいよ、自衛の為に言わないようにしないといけないね……」
今までは、”巫女”である事がバレても何とかなってきました。でも今度は……もう駄目みたいです。この時の為に覚悟してきました。覚悟が形を生す時間もありました。再度覚悟する必要なんてありません。行きましょう。
「進路そのままでお願いします。ミュルハデアルでの調査を終え次第ミュスへ向かいます。余裕があればボフまで行きたいと思っていますけれど、どうでしょう」
「異存ないよ」
「ありませン」
「ああ」
急ぎ足で駆け抜けます。調査不足にだけは気をつけ、慎重かつ拙速に、です。
ミゅルハデアルに到着すると驚く事に……ここからミゅスが見えます。本当に何故別れているのか、地図に書き込むのが後になっていたのか、何故丸と三角で分かれているのか、謎です。
「船を町の間に泊めてください」
「分かりましタ」
先にミゅルハデアルという計画に変更はありません。ただ、ミゅスにも歩いていける距離という事が分かりました。必要事項を終えたらすぐにミゅスへ移動、すぐに出発します。
”巫女”がいらないという現実は悲しく、アリスさんの心中を察すると歯噛みしてしまいます。それでも、旅に関してはそれで良いのだと割り切ります。行動開始です。
「サボリさン。働いてもらいますヨ」
「あ……?」
「私達はミュスで聞き込みでス。二手に別れた方が絶対早いでス」
それが一番ではあります。しかしそれには、レイメイさんにも動いてもらわなければいけません。すでに魔王、マクゼルトと戦っています。北部は確実に危険地帯。単独行動は私の広域感知内でのみやってもらいます。
「先にミゅスの近くで広域するね。ここから見える範囲内だと、広域一回でミゅスはいけるから」
「お願いしまス。悪意がないと分かり次第聞き込みを開始しまス」
「はぁ……分ぁった」
船から降り、ミゅスの方を感知します。少し荒くれ者が多いようで、血の気の多そうな気配がしますけれど……悪意はありません。
シーアさん達に頷き、ミゅスに向かってもらいます。アリスさんと私はミゅルハデアルです。広域感知は、町の西で一回、東で一回で網羅出来そうです。
「連続で感知となります。大丈夫ですか?」
「うん。大分慣れてきたから、戦闘中でも少しならいけるよ」
マクゼルト達のような強敵では無理ですけど、それ以外ならば、少しだけ使いこなせます。
「ここから見る限り、ミュルハデアルの方が落ち着いていますね」
「そうだね――っ」
町に近づいた私達に、敵意が向けられます。アリスさんを背に庇い、周囲を伺いました。
(一……ニ…………六)
魔力も感じます。完全に、臨戦態勢です。”巫女”ってバレて? いえ、そんな敵意ではありません。明確な物ではなく、こちらを牽制するようなものです。話し合いの余地はあります。
「何のつもりですか」
「―――ッ!」
六人の気配のうち三人が、私達の前に出てきました。残りは魔力を練ったままこちらに敵意を向けたままです。目の前に出てきた三人は、女性です。残りは男性。矢面に立ったのが女性というあたり、警戒心が高すぎます。女性を前に出す事で、こちらの油断を誘っているのでしょう。
「……何者だ」
「旅人です。禁止薬物と誘拐事件の調査、それと人を探しています」
「調査……? お前達が……?」
調査隊には見えないでしょう。しかし、本当の事です。これらも旅の目的の一つなのですから。
私は自身の身分証明を取り出し、向こうに投げ渡します。”巫女”とは書かれておらず、選任冒険者とだけ書かれたものです。
「……」
一番若い女性が、私の身分証を取り上げ確認しています。用心深いです。人と敵対し慣れています。
「選任冒険者……?」
「それは、王都の……ミュスの者ではないのだな?」
「はい」
私達が誰であっても良いようです。問題なのは、ミゅスの人間かどうか。私達がミゅス側から来たから、このような警戒を招いたようです。
「調査という事だったな」
「はい」
「……暫し待て」
リーダー格の女性が手を上げると、私達に向けられた警戒が解かれました。まだ隠れている人達は出てきませんけど、とりあえずは大丈夫みたいです。
「こ、こちらを……」
「ありがとうございます」
身分証を返してもらい、町側の返答を待ちます。待っている間に広域感知を行いましたけど、西側に悪意はありません。東側に少し違和感があるような気がするので、調査許可が下りたらまずは東に向かいます。
ある程度の予定を立て、アリスさんを見ます。
(東、ですね)
(うん。色々と問題がある町みたいだけど……)
(とりあえず、私達の用事を済ませましょう)
(そうだね。ミゅスに行ったシーアさん達の話も聞いてから、考えよう)
首を突っ込む事はしませんけど、ミゅスに対しての警戒心が気になります。魔王が関係しているとは思えませんけど……話を聞く事くらいはしなくては、見逃す訳には、いかないのです。