『フぇルト』人形⑥
「ディモヌと巫女じゃやっぱ、違うんですね……」
「救う過程や想いは違いますけれど、人々の為に動いている事に変わりありません」
(天使と間違うのも無理ねぇ。ただの運び屋の俺でも感じてる。この人達は本物だってな……。何て、心が広ぇんだ……)
ツルカさんはお金の為と言っていました。でもそれだけで、あそこまで熱心に祈れるでしょうか。きっとツルカさんも願っているはずです。世界の平和を。だって世界が平和になれば、いくらでも道はあるのですから。
(しかし……この村じゃ余計にディモヌ信仰が進むな……天使が降臨したとあっちゃ、よ)
「ノイスの連中全員、あんたらと会った事は黙っておくって話し合いで決めました。安心して欲しい」
「ありがとう、ございます」
本当は隠したくはありません。でも、ノイスでバレてしまった”巫女”という身分は、これからここ周辺を巡る私達にとっては気懸りの一つでした。それを察してか、デぃモヌ信徒の二面性故か、”巫女”を匿ってくれるそうです。本当に、ありがたいです。
「何の旅かは分からねぇが……もしまたノイスに寄るなら、気兼ねなく来てください。街の人間全員で歓迎します」
「ありがとうございます。次は、平和になってから」
「はは……何だろうな。あんた達の言葉には、説得力があるな」
今は信じて貰えなくても、いつかは信じてもらえる。ノイスでは、そう感じました。きっと、これからもそうです。
再び人形製作所に入ります。出発する事を伝えなくてはいけません。
「話は終わっただか?」
「ああ。ノイスで少し世話になったんで、そのお礼を言ってたんでさ」
「そうだっただか。んだども、巫女って聞こえた気がしたんだが」
「そうか? そんな事を話した覚えはないが」
確かに、”巫女”という言葉を発する時、フぇルトの人達の表情や雰囲気が変わりました。その変わりっぷりは、私の切り替えよりも見事です。日常から戦闘への移行に関して、私は絶対の自信があったのですけど……。
「お世話になりました。私達もそろそろ出発します」
「そうだか……また来てくんろ。歓迎しますだ」
(てんす様も忙しい身だぁ。おら達の村だけに引き止める訳にはいけね)
「……はい」
複雑です。この方達にはやはり、私達の否定は届いていませんでした。強固な思い込み癖、みたいなものがあるようです。そこを教祖に付け込まれたのでしょう。
「お二方の人形はまだ完成してねぇみてぇだからよ。この切れっ端持って行ってくんろ」
「ありがとうございます。お代の方は」
「いやいや。どうせ燃やすんだ」
フェルト生地を大量に貰いました。これだけあれば、人形を完成させることが出来るでしょう。次の町に行くまでに、完成させたいですね。
「それでは、失礼します」
「んだ。見送りに行きてぇが……」
ツルカさんの人形の積み込みを優先するようです。その方が、心苦しくありません。ツルカさんへの信仰が高まったと思い、ここは何も言わずに立ち去ります。
デぃモヌの対処は、人が刺されたという事件がある以上……慎重に慎重を期す必要がありますね。
船に戻って、時間を確認します。まだ二時間程しか経っていません。今出発すれば、次の町も対処出来そうです。ただ……レイメイさんが問題ですね。
「このままここに居るのは不自然です。出発しましょう」
「ですネ。サボリさんはどうせ寝ているはずですシ」
レイメイさんの部屋から動く気配がしているのですけど、動いているのなら大丈夫ですよね。二日酔いがどういった物か分かりませんけど、お風呂入って汗を流して、水分を沢山摂れば治ると聞いたような。
「リッカさま。次はミュルハデアルです」
「うん。近場にミゅスって町もあるし、今日中に二つ共回っておきたいね」
地図で見ても、かなりの近場です。こんなに近いなら、合併すれば良いのに……と思ってしまいます。
「一時間くらいですネ。人形作りの続きをしていて良いですヨ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとう。シーアさん」
甲板の上は流石に寒いですけど、シーアさんを一人甲板に置き去りはしたくありません。風の余り当たらない場所に座り、続きをやります。顔と体は出来ています。後は、表情ですね。優しい微笑をどう見せるかにつきます。
「おい……」
レイメイさんが出てきました。まだフラフラしています。二日酔いって、そんなにきついんですか?
「三時間経ったら問答無用で出発って言いましたよネ」
「まだ二時間くらいだろが……」
時間感覚がしっかりしているという事は、寝てませんね。やはり部屋で何かしていたようです。
「時間が分かるなら問題ないでス」
「……」
今日一日活動出来ないというのであれば、それでも構いません。順調に行けば、今日だけで四ついけるかもしれないのです。自分の足で歩けているのなら問題ないと判断します。
レイメイさんも諦めたのか、船室に戻って行きました。
ふと視線に気付き、アリスさんの方を見ます。じっと私を見ているアリスさんが可愛くて、頬が綻びます。
「……っ!」
アリスさんが頬を染め、それでも私をじっと見ています。この朱に染まった頬を再現出来たらなぁと思う次第です。
スッとアリスさんの手が伸びてきました。人差し指と中指が、私の頬から唇へと撫ぜていきます。
「口も、作る?」
「そうしたいと思っているのですけど……リッカさまの可愛らしい口を表現出来ません……」
「私も、アリスさんの艶感が……」
触れてみても、再現出来る筈も無く……口を作らないことを決めました。目元だけで表現するつもりではありましたけれど、やはり……アリスさんの全てを再現出来ないのは、悔しい。
製作を再開して三十分程経ったでしょうか。漸く満足のいく物が出来ました。
「アリスさんも出来た?」
「はい」
やっぱり、アリスさんは手先が器用です。満足のいく出来だと思っていたのですけど、私のはまだまだ粗が目立ちますね……。
「首を傾げている方向が逆なのですね」
「本当だ」
偶々、逆向きです。
「でしたら」
アリスさんが私の持っていたアリスさん人形をそっと持ち上げ、リッカ人形の横に置きました。笑顔で寄り添って座る二人の人形。そしてそれを挟むようにして、私たちも寄り添って座っています。
「余り上手く出来なかったよ……」
「いいえ。ちゃんと、伝わっていますよ」
アリスさんは、喜んでくれています。それでも、もっと上手になりたいなぁと思っています。まだまだフェルトはありますから、練習出来そうです。
「部屋に飾りましょうっ」
「うん。並べて、置いておこっか」
「はいっ」
人形の様に、ずっと仲良く寄り添っていられたら……そう思って、口には出来ませんでした。どうしてかというと――。
「おっト、少し揺れますヨ」
船が、出っ張りに乗ったようで、大きく揺れました。立ち上がろうとしていたアリスさんが少しよろめいてしまいます。
「っ」
アリスさんの手を掴んで、頭を庇うように抱き締めます。それでも倒れこんでしまい、アリスさんの上に覆いかぶさってしまったのです。
「大丈夫?」
「は……はい」
寝転がったアリスさんに体重がかからないように、私は手を突っ張りギリギリ耐えています。もう少しで、アリスさんの顔に私の顔が……。
アリスさんに怪我がない事を確認し、少し体を起こします。そんな私の視線の先に、人形が見えました。今の私達と同じような体勢になってしまっていますけど、人形では……体を支える事が出来ません。アリスさんに覆い被さった私の顔は、しっかりとアリスさんの……。
「はぅ……」
「リ、リッカさま?」
アリスさんが私の視線を追おうとしています。
「ぁ……待ってっ」
何故かその光景を見せるのが凄く恥ずかしくて、ドキドキして、何かを我慢できなくて……こんがらがった頭のまま、アリスさんの視線を私に向けます。
右手はアリスさんの顔の横で突っ張り棒。左手でアリスさんの頬を押さえ、私を見るようにとめています。この体勢のままでは、人形を動かせません……。足は自由ですけど、あの人形を蹴るという選択はありませんから……ど、どうすれば。
「ん……」
アリスさんが目を閉じ、少し体を強張らせました。それを見て私は……視界が狭くなっていく錯覚に陥っています。目を瞑ってくれている今だから、人形を動かせます。でもそれよりも私は……すぐにでも、人形と、同じ――――。
「……」
「……あっ」
シーアさんが、私達を見ていました。
「構いませんヨ」
「え」
私の胸がどきりと跳ねます。シーアさんも何故か目を瞑ってしまいました。
「……って、シーアさん運転中!」
急いで人形を元の座った体勢に戻し、アリスさんを抱え起こします。何が構わないのかは聞き返せませんけど、何も……ありませんからっ!
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