『フぇルト』人形⑤
ある程度の方向性は見えてきました。柔らかく微笑んだアリスさんが、首を少し傾けている様子を表現する事にします。
(溌剌とした格好も良いですけど……やはり、優しさを前面に……!)
特に打ち合わせをした訳ではないのですけど、アリスさんも似たような私を作っています。
(もう後は、サボリさんくらいしかないですね)
ゲルハルトさんやエリスさん、リタさんロミーさん等など、王都で交流のあった人達を作り終えたシーアさんですけど、レイメイさんだけ作ってません。
「レイメイさんは作らないの?」
私の疑問に、シーアさんは一瞬考えて顔を顰めました。レイメイさんに、文句があるみたいです。
「今日の体たらくを見たラ、せっかく上がっていた信頼度も下がるってもんでス」
「同感です。長旅で、思い通りにいかない事が多くある所為でストレスを感じているのは仕方ないと思っています。しかし、それを考えても……今日のレイメイさんは酷すぎます」
「リツカお姉さんが特別我侭とは思いませんシ、サボリさんが特別だらしないとは思いませン。たダ、自分の発言くらいは責任を持って欲しいものでス」
アリスさんとシーアさんは、同じ考えみたいです。
私は私を、我侭だと思っています。コルメンスさんやエルさんに丸投げで、自分での解決を放棄しています。問題を提起するだけで、解決策を提示しない。そんな我侭です。
十六の娘にーなんて、言いません。子供のままではいられません。自身を我侭だと自覚している私が、果たさなければいけない責任……魔王を倒す事。それだけは、見失っていません。
「飲酒制限で少しは省みて欲しい物ですけどネ」
「今まで何度か実施しては、反省を見て解除してきましたけれど……今回はもう許しません」
(まァ、ディモヌの件でのリツカお姉さんの落ち込みを見てしまっては、そうなりますよね)
ちょっとした息抜きになったかは分かりませんけど、レイメイさんへの小言を話していた二人も、人形作成に戻りました。
「サボリさん人形ハ、的には丁度いいですネ」
「魔法で作られた人形を的に……呪われそう」
人形へのダメージが、本人にも影響を与えそうです。
「”呪詛”は実際にありますから、シーアさんがその気になれば出来そうですね」
「あるの……?」
「色々な効果がありますけれど、お互いの体を”呪詛”で繋げ、痛覚等を共有させる物が一般的だったと思います」
「でス。人を殺せるような物かラ、笑い話で済むような可愛らしい物まで様々でス。使った人は当然嫌われますけどネ」
(人を呪わば穴二つって事かな)
魔法世界の呪いなんて、洒落にならないと思うのです。呪い殺せる程の恨みって、どんな物でしょう。魔王が”呪詛”を使ってきたら、どうしましょう。魔王の恨みなんて、世界規模です。悪意の集合体という事を念頭に置くと、さらに凶悪なものとなるでしょう。
(アリスさんが居るから、私たちに”呪詛”は効かないけど)
”呪詛”……ある意味それは、マリスタザリア化なのかもしれませんね。恨みを含んだ悪意が生きとし生ける者に影響を及ぼすのです。魔王がマリスタザリアを生み出すのは、”呪詛”の延長にある魔法を使っているのでしょうか。
「本来ならば対象の一部か所持品が必要になりますけド、私達は魔力色が見えますからネ。その色を思い浮かべるだけで呪えますヨ」
「そうなの?」
「でス。試した事はありませんけどネ。手応えはあったんですヨ。このまま詠唱すれば呪えるって感じでス」
やろうとはしたみたいです。対象は多分、元老院かノイス前町長でしょうね。
「少し物騒な話になりましたネ。いくらサボリさんがだらしないと言ってモ、呪いたいとは思ってませんヨ」
「根は真面目と分かっていますから」
「恥じらいがあるのか、真面目さを見せようとはしないけどね」
二十歳といえば、向こうでは成人成り立てです。まだ親の手を借りている人もいる年齢でしかなく、内面は子供と大差ない人達もいるでしょう。レイメイさんもまた、変な所で悪ぶるので……それがなければというのは、共通見解です。
「ちわーす」
「おん? おお、来ただか」
「へい。御神体をお迎えに――って!?」
誰か来ていると思っていましたけれど、この村の人ではありません。私達を見て目を丸くしているという事は、私達が”巫女”だと知っています。ノイスの方ですね。
「おん?」
「い、いや。ちょっと待ってて下さいや」
ノイスの方がこちらを手招きし、外に出るように身振り手振りで伝えています。とりあえず、ついて行きましょう。
外に出ると男性は辺りを見渡して、人が居ないか確認していました。
「ま、まだこんな所居たんですか……!」
「ノイスの方、ですよね」
「そうっす!」
覚えていてくれたのか、といった表情で見られてしまいました。ごめんなさい、覚えていた訳ではないのです。
「って……俺の事は良いんすよ。兎に角早くここから出て行った方が良い!」
「ディモヌ信徒ばかりなのは知っています。一応身分を隠していますけれど……」
「あんた達は別だ! 特別な人間ってバレちまう!」
(ですよネ。一緒に居ると分かり辛いですけド、初めて会った時よりずっと神々しいですシ)
警戒心が表に出すぎているのでしょうか。私はアリスさんに近づく男に対してどうしても、強い警戒心を持ってしまいます。この旅で分かった事の一つは、やはり母は正しかったという事です。
強い警戒心故に、近づき難い雰囲気というのが出ているのでしょう。特別、というのはそういう事ではないでしょうか。
「ディモヌの天使と間違われています。ただの旅人と否定はしましたけれど、今でもどこかでそう思われているようです」
「ああ……そりゃ、都合が良い。連中が勘違いしてる間にこの村から出た方が良い」
「この村はそんなにも危険なのですか?」
現状、危険を感じません。村の人達は勘違いをしていますけれど、優しい人達だと思いますし……。
「一見穏やかな連中ですが……教祖にどっぷりだ」
ツルカさんの人形を、休みを殆ど取る事無く黙々と、緊張感を持って作っています。そこには崇敬の念が感じられるので、敬虔なる信徒だと思います。
「そういった連中は巫女に攻撃的だ……。特にこの人形小屋は不味い……ノイスは俺含めて熱心な信徒は少ないんだが、それをここの連中の前で言った時……相方が刺されちまったんでさ」
刺された、のですか……? 少しばかり、雲行きが怪しくなりました。優しく見えただけでなく、アリスさんと私も、警戒しながらも安全だろうと判断していたのです。なのに、デぃモヌを信奉していないと分かった途端刺してくる程に豹変すると言っています。
悪意は感じませんし、感染もしていません。それでも人は、マリスタザリアに近しい存在となれる……?
人間の二面性は、悪意だけでは説明が出来ません。私の警戒は正しく、これからも変わらず警戒しなければいけないのだと、痛感してしまいました。
「俺達も一応ディモヌ信徒だが……あんた達には大きな恩がある……頼む。すぐに離れてください! あんたらに何かあったら先祖に顔向けできねぇ……」
「先祖、ですか」
デぃモヌの教えに、先祖を大切にするという物がありました。熱心ではないというこの方も、その教えは守っているようです。
「俺達の先祖は、しっかりとアルツィア様を崇めてました。だが俺達は……信じられなかったんだ……。ディモヌの教えに賛同してあんたらを貶めるような真似しちまって……すんません」
デぃモヌ信奉者に、巫女は目の敵にされているようです。それはこの旅で、分かった事の一つです。信じ直してもらうには、行動で示すしかありません。私にとってそれは……最初からでした。
「本当なら、ここまで”巫女”が来ることはありません。なので、実際に人々を守っているディモヌも必要な宗教なのだと思います」
「少し高額ですけど、命を守る行動はしっかりとしてくれるはずですから」
命を守ってくれる。それがデぃモヌの根幹であり、信徒が多い理由です。信じる者は救われる。その根幹が崩れてしまうので、人助けだけは絶対にやります。その一線を越えてしまうと、デぃモヌは崩壊します。
実際ノイスの家具屋さんは、そんな事を言っていました。デぃモヌも結局何もしてくれないと。ノイスでは、熱心なデぃモヌ信徒は居ません。残念な事に、宗教で世界は救えません。神さまも言っていました。人の手で未来を切り開いていくしかないのです。神さまは、何も出来ないのですから。