『フぇルト』人形③
「ン。どうやら上手く解決したみたいですネ」
(協力者の方が逃げ帰ったように見えましたけド)
シーアさんが帰って来ました。この様子では、シーアさんの方も問題なしみたいです。
「なるほド」
「うん?」
「今度は何したんでス?」
甲板での光景を見て、シーアさんが頷いています。多分、先程の男性が逃げるように降りた姿を見たのでしょう。
レイメイさんの体調が悪いのは分かりますけど、言動が少しばかりアリスさんの逆鱗に触れました。
「レイメイさんの二日酔いが酷すぎて、船を動かせないんだ」
「やはり禁酒の方が良いのでハ?」
「暴力的になるとかじゃないから、量を減らすだけで許してあげて」
シーアさんの呆れも分かりますけど、ここは予定通りでお願いします。
「リツカお姉さんの行動を諌めていた人間がこれですからネ。巫女さんが怒るのも無理ないって話しでス。余計性質悪いですヨ」
そういう気持ちがないといえば嘘になります。やるせないというか、レイメイさんに対しての信頼度が地に落ちたと言いますか。
「リッカさまは、レイメイさんからお酒を完全に取り上げるのは不憫だからと制限にしようと言っています。この恩情に感謝する事ですね」
「……」
「私達は村を見て回ります。お風呂掃除だけして大人しく休んでいてください」
「私は先にお酒を冷凍封印してきまス」
今回ばかりはレイメイさんも大人しいです。体調不良もあるのでしょう。ですけどそれ以上に、自身がいかにだらしないかを延々と叩き込まれた事も関係しています。
ここまで共に旅をした仲間である為に、アリスさんの口撃は苛烈でした。一切の反論を許さずにレイメイさんを叩きのめしたのです。
「お馬鹿ですネ」
「あ?」
レティシアがウィンツェッツに話しかける。特に落ち込んだ様子はないが、いつもの棘が一切ないウィンツェッツに、レティシアは寒気を感じていた。
「ここまで酔い潰れテ、迷惑かけテ、リツカお姉さんがどんな気持ちでデぃモヌ関係を諦めたと思ってるんでス」
もっと時間をかけて対応したかったはずだ。何も出来ないと分かっていても、やれる事を見つける時間を取りたかった。しかし、旅の目的から逸れている。散々迷惑をかけてきたと痛感しているリツカは、本当に最低限である忠告しか出来なかった。
自身の無力さに悩みながら、それを表に出せずに居る。しかしそんな事、アルレスィアとレティシアは分かっている。表に出せないのは、リツカの行動を制限しているレティシアやレイメイに気を使わせない為だ。
だからこそレティシア達は、リツカよりも行動に気をつけなければいけない。リツカに無駄な事をするなと言っておきながら、摂生出来ずに迷惑をかけているウィンツェッツに、レティシアは呆れを通り越し無感情だ。
「……やけに美味く感じたんだ。仕方ねぇだろ」
ウィンツェッツの味覚は、どちらかといえば和食寄りなのだろう。醤油のような濃い味を好み、日本酒のような米の甘味をほのかに香らせるお酒を美味いと感じる。つまみもまた、そのお酒に合う様に濃い味だった。
「出発前に寝れたさっきとは違って、今揺れるとやべぇ」
「そうですかそうですカ。そんなに気分悪いのなラ、明日からしっかり制限させてもらいますヨ。とりあえず完全にお酒が抜けるまで禁酒。最低でも三日は飲ませませン。その後はコップ一杯から二杯だけでス。それ以上は絶対になしでス」
反省を見せていたウィンツェッツだが、「美味い物を前にして止まれるか?」と、レティシアに同意を求めるように視線を向けた。その事がレティシアのスイッチを入れてしまったようだ。
確かに美味しい物を前にしたレティシアに腹八分という言葉はない。それでも翌日に持ち込む不調など起こさないのだから、同じにして欲しくないのだろう。
「……何で、お前に制限されなきゃいけ――」
「お風呂掃除をさっさとしテ、気絶するように寝るんですネ。どんなに体調が悪くとモ、三時間後には絶対に出ますかラ」
レティシアがつかつかと厨房に向かう。今日のウィンツェッツの言葉は、誰の耳にも入らないだろう。完全に、面倒な酔っ払いと認識されている。
コートを着て、村に向かいます。こんなに寒いのに、シーアさんは少し厚手の服を着ただけです。
「巫女さんとリツカお姉さんハ、引っ付いてたら防寒対策になるんじゃないですかネ」
「!」
「その手があったカ、みたいな顔しないで下さイ。ノイスで言いましたよネ」
「シーアさんがやれって……」
「冗談ですヨ。船でしてくださイ」
寒いから引っ付いて暖を取るくらいなら、恥ずかしいという事はないと思うのです。
「どうやって時間を潰しましょう」
何かしらやる事を決めて町に出ることばかりで、暇な時間というのは久しぶりかもしれません。とういうより、あったかどうか思い出せないです。
「ノイスでドルラーム製品は買いましたしネ」
「私は、人形が気になるかも」
フェルト人形がどうやって作られているのか気になります。
と、いう事で、人形を作っている施設に到着しました。施設といっても、そんなに大きい物ではありません。回りの家より少し目立つくらいです。
「見学って出来るんですかネ」
「機密とかあるのかな?」
魔法で作ってるのでしょうけど、特別な製法みたいなものがあるのかもしれません。本来ただフェルトを作るだけの魔法に、何か別の魔法を加えることで肌触りが良くなったり?
「観光施設という訳でもありませんからね」
買い物出来るような町でもありません。製造所みたいなところです。買うには、ノイスに行くしかありません。
「あなた達の事だすか? てんす様いうんは」
「ン?」
小さい町です。私達が船を降りる準備をしている間に、先程の男性が私達の事を話したみたいです。何故か、ツルカさんの使いとして認識されていました。しかし村民全員がそうとは限りません。
「こんな村なんで、まともなおもてなしも出来ませんで……申し訳ないですだ」
「い……いえ。お気になさらず」
(やり辛そうですネ。正体を隠して欺いている訳ですかラ、無理もないですけド)
おもてなしなんてされたら、罪悪感で本当の事を言ってしまいます。
「人形に興味がおありですたら、どうぞ」
「秘密とかあったら、いけないので……」
「秘密とかないんで、安心して見てって欲しいですだ」
これ以上断るのは失礼でしょうか。でもこの人達は、私達がツルカさんの使いと思ってるから勧めてるんですよね……。
無理やり自分を正当化するのなら……このまま断り続ける事で、村民の皆さんがツルカさんに見捨てられたと感じたらいけないなぁ、とか思ってみたり。
(いくら興味があっても、そこまで厚かましくなれないなぁ)
最初に、天使様というのを否定しなかったばっかりに……。というより滞在する気がなかったので、そこまで問題視してませんでした。ツルカさんの使いが見に来てくれたと喜んでくれるならと、許容した部分もあります。
やはり、否定するべきです。
「えっと。天使というのは、私達の事でしょうか……」
「え? てんす様じゃないだか……?」
「はい。只の、旅人です」
「……そ、そうなんだか?」
「ですネ」
(そりゃ最初は、てんす様が来てるなんて信じなかったけどよ……。見てからは信じたど……。もしかして、身分を隠さないといけないだか……?)
まだ誤解が解けていないように感じます。一体、何が如何して天使になったのでしょう……。
「人形に興味はあるので、見学しても良いでしょうか」
「そりゃ構わねぇけんど……」
(やっぱ隠さないといけない理由があるみてぇだ)
誤解は解けていませんけど、一般の旅人くらいの対応はしてもらえそうです。少し罪悪感が薄まりました。もしかして、これからの町全部……天使とか思われるのでしょうか。”巫女”って騒がれるよりずっと、やり辛いです……。
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