『フぇルト』人形
A,C, 27/04/12
アリスさんを眺め続けながら、そのまま眠るという至福の時から数時間。目覚めもアリスさんの笑顔に迎えられて、私は天にも昇るような気持ちです。
こんな日はのんびりと過ごしたい。そんな私の想いは、甲板に出ると同時に砕けました。
「……」
レイメイさんがボサボサの頭をかきながら座っていました。
「何で俺ぁ……ここで寝てんだ……。体も痛ぇ」
昨日酔い潰れたレイメイさんを部屋に運ぼうとしたのですけど、シーアさんでは運び入れることが出来ませんでした。そして、私の接近許可も下りなかったので、仕方なく甲板に毛布を何重にもかけて寝かせたのです。
「つぅか……何か濡れて……はあ?」
そういえば、いびきが煩いと……シーアさんが水をかけていましたね。お酒臭さも抜けて丁度良かったのですけど……風邪、ひいたんでしょうか。
「うわぁ。サボリさんお漏らしですカ」
「違ぇ!! 違ぇよな……絶対ぇ違ぇよな!?」
アリスさんと私を見て、「違うと言ってくれ」といった表情で焦っています。
「とりあえず、お風呂に入ったらどうですか」
「何……」
絶望顔になって、毛布を捲っています。
「まァ、私が水をかけたんですけどネ。いびきがうるさかったのデ」
「…………てめぇ!? ふっざけ――ウグ……ッ」
二日酔いですね。レイメイさんが頭を押さえて俯きました。
「修行も出来そうにないですシ、そのまま出発しますカ」
「待て……薬くれ……」
いつになく弱弱しいです。このまま船を出すと多分、色々と見苦しい事になります。なので、しっかりと薬の用意は出来ています。
「それ飲んでお風呂に入ったら寝てて下さい」
「ああ……」
フラフラとしながら、船室に入っていきました。私の横を通った際、強いお酒の臭いがしました。まだ、お酒臭いです。
「でハ、早朝ですけど動きましょうカ」
「うん。地図だとフぇルトには、二時間くらいかな」
「町についてから朝食にしましょう。それで丁度良い時間になると思います」
早朝に訪問なんて迷惑になってしまいます。
「それでハ、移動しますかネ」
早速動きましょう。ふと船の後ろを見ると、ズーガンが小さく見えます。まだ教祖は、居るのでしょうか。
何一つ解決していないデぃモヌは……まだ、尾を引いています。所詮、英雄にちょっとだけ憧れを抱いていただけの私では、暴力以外の解決が出来ないのかもしれません。
やらなければ始まらないという言葉は好きです。足踏みするよりは前に進む事で、自分の想いを遂げられる可能性が生まれるのです。
私の我侭に……アリスさんは文句どころか、仕方ないといった諦念すら見せずに付き合ってくれます。シーアさんとレイメイさんも、苦言を呈しながらも手伝ってくれます。
これを当たり前と考えてはいけません。
神さまに頼らない宗教デぃモヌの問題は……根本的な解決が出来ませんでした。でも、釘は刺せました。問題点も、分かりました。詐欺集団の壊滅は出来ませんでしたけど、根本的な解決である、マリスタザリア問題は……何とか出来ます。
まだ、終わってません。魔王さえ討伐できれば……皆、幸せに向かって歩き出せます。
「リッカさま。今日も冷えますよ」
「うん。ありがとう、アリスさん」
ニコリと微笑んだアリスさんが、厚手のコートをかけてくれます。私のお礼に、色々な感情と想いが篭っていることに、アリスさんは気付いてくれています。
いつも私を想い、私と共に居てくれるアリスさんの事……私は多分――――ま、まだ……気持ちの整理がっ! 旅が終わって……そうです。旅が、終わって。私には、前例があるんです。そうじゃないかも、しれません。
はぁ……もっと、こういった勉強、しておくんでした。でも、こういった勉強って……どうすれば?
「……? ……っ?」
「そわそわしてどうしたんでス――っテ、巫女さんもですカ」
「は、はい。何でしょう」
「いエ、サボリさんの反応がないんですよネ」
(この発作の時は何を言ってもはぐらかされますシ、用件を伝えるとしましょウ)
ドラマは見たことありましたけど……途中からとか、ながら見だったから……。というより、何で私は急にこんな考えに……? デぃモヌ信徒達の今後とか、世界で困っている人達を想っていたはずです。まずは自分の気持ちを確認する為に、アリスさんに聞いて……って、そうじゃないです。本人に聞いてどうするんです――――!?
「リッカさま……っ」
「ひゃいぃっ!?」
アリスさんの、少し熱の篭った呼び声に、私の体は大きく跳ねました。
「おォ……猫みたいに飛び跳ねましたネ。気をつけて下さいヨ。跳んで行っちゃいますからネ」
「えっ!? リッカさまっ!」
「あ、あわ、わ」
シーアさんがそれっぽい事を言ったお陰で、アリスさんに抱きついてもらえました。何か私の言い回しがおかしかった気がしますけど、正解のはずです。でも今の私の状態で抱きつかれると、凄く、その……何か我慢出来ません。
「慣性だか何だかで、船の上で跳んでも、同じ速度で前に進むから、ちょっと跳んだくらいじゃ大丈夫だよ」
「そ、そうなのですか?」
アリスさんが離れていきます。それを見て私の口は勝手な行動を取りました。
「あ……で、でも私、跳躍力あるから……」
「でしたらっ!」
「あっ……あふ……」
私の口は勝手な子みたいです。でもそれを責める事は出来ませんね。私のもやもやとした罪悪感とか、後悔とか、焦燥とか全部、どこかへ行ってしまいました。フぇルトに到着するまでの間……このままで居たいですね。
「何か知りませんけド、面白い展開になりましたネ」
(でもこれは、サボリさんの事忘れてますね)
私がある意味跳んでいる間に、レイメイさんに何かが起きてしまっていたようです。こんな事ではいけません。真面目にならなければ。
「それで、えっと。レイメイさんはどっちに居るのかな」
「お風呂に居るはずでス」
「お風呂かぁ……」
「困りましたね」
私達では入れません。この旅で何が困るかといえば、今……困っています。男性一人なのです。お風呂で何かあっても、助け出すなんて無理です。
「生きてるかどうかだけ確認出来ませんカ」
「それだけなら出来るけど、それで良いのかな」
「構いませんヨ。どうにも出来ませんしネ」
早速問題がやってきました。私には解決出来ない問題です。これもまた、暴力では解決出来ないようです。
「町についても反応がなかったら、町の男性に頼んで見て貰おっか」
「それが良いかト」
「それでは確認に参りましょう」
酔っ払っているわけではないのです。気分が悪いからと、シーアさんを無視しているのかも。とにかく、確認を急ぎます。お酒って毒です。
「レイメイさん?」
ノックをして声をかけます。反応はありません。
「中に居るし、生きてるけど」
「寝ているのでしょうか?」
「んー」
規則正しい呼吸音と、少し早い鼓動、水の音。身動きしていませんし、心拍数が多い気がしますけど……二日酔いという事を考えれば正常の範囲内でしょうか。
「寝てる、かな。呼吸は規則正しいし」
「水の音という事は、シャワーを出しっぱなしという事ですか」
「かなぁ。湯船に浸かって頭からかかってるのかも」
今日は冷えますから、暖を取っているのでしょう。温水はレイメイさんの魔法によるものですけど、勿体無いと感じてしまいます。
「眠っているだけでも、少し危険ですね」
「偶に様子を見て、町についても出て来なかったら予定通り?」
「はい。心苦しいですけど、住民の方に頼みましょう」
二日酔いの男性がお風呂から出てこない。見て欲しい。なんて……頼まないといけない日が来るとは。「少しくらい羽目を外しても」と、好きに飲ませた結果がこれです。きっと今日から、シーアさんの手によってお酒が封印されます。
「結局買ってきたお酒、飲む用だったんだよね」
「はい。リッカさまは、その」
「うん。刀に使う用って……」
話の流れ的に、刀の整備用って思っていました。いきなり飲む用のお酒を買って来いって言われるなんて、思ってませんでしたから……。
「そのお酒も、旅が終わるまでお預けかな?」
「完全に、お酒での面倒事が起きました。今までは本人が困るだけだったのが、こんな騒動になっています。シーアさんに完全封印してもらう事になりますね」
”氷”による、永久凍土の中へと仕舞われます。お酒だけが旅の楽しみといわんばかりに飲んでいますけど……。摂生くらい、自分でしてくださいよ……全く。