巫女の居ない王都⑬
「準備出来ましたぜ。姫様」
「なの。最後に……この町にとってリツカとアルレスィアって、どんな子なの?」
船員から、いつでも出発出来ると報告を受けたカルラは、見送りの者達を見据えて尋ねる。
「そうですね……。二人はいつも住民の為に気を配り、どんなに辛くとも笑顔を絶やさず、優しい雰囲気を纏っていました」
「住民の大半が、血塗れで帰って来たリツカ様を見ても……本当に戦えるのかと疑問を持ってしまう程に、国内での二人は穏やかでしたから」
戦う姿を知らなければ、只の少女。それが、巫女二人が心がけている事だ。それは今でも変わらない。最近は少し険が出てしまっているが、殆どの人間は気付かぬ程度の物だ。
「最初は、リツカさんに対する不信感が強く、遠巻きに見るだけの人達が多かった」
コルメンスが最も苦心していた事だ。実績があろうとも、リツカがそれを言い触らす事を良しとしなかった。戦いを知るのは戦士だけで良い。それがリツカとアルレスィアの言葉だ。
「それを全て、自身の行動で変えていきました。国民の意識を変える為の準備と作戦を、私達は用意していましたが……全て必要ありませんでした」
コルメンス達が何もしなくとも、リツカとアルレスィアは自分達だけで示していった事だろう。二人の光は、王都を包む程に強かったから。
「二人は光です。この国の未来に必要な若葉と、言っておきます」
「何れ世界中の者達に希望と未来を齎す方達です」
コルメンスとアンネリスにとって二人は、最高の”巫女”であり、英雄となる子達だ。しかし、全てが終われば――王国に住む二つの若葉だ。何れは大樹となると確信しているけれど、守るべき対象とコルメンスとアンネリスは言う。
「私達にとっては、恩人で……友人です」
「そうだね。立場とか関係なしの、友達!」
「手のかかる娘って感じかねぇ。リタとは違った意味で、だけどね」
「……リタは、お馬鹿……」
「今私の事はいいから!」
”巫女”として知り合ったわけではない者達にとって、二人は友人だ。その生き様は人としての枠を超え、まさに神の使いを体現している。しかしそれを知って尚、リタ達にとってリツカとアルレスィアは友人だ。
「私達も言わないといけないのかしら」
「ここに居る以上諦めるの」
「仕方ないわね」
心底仕方ないといった様子のフロレンティーナだが、その場に居る者達全員が理解している。カルラの、棒読みのような後押しを受けて、フロレンティーナが話そうとする。
(本当は用意していた癖に……先輩は素直じゃないです)
「何か言った? エレン」
「いいえ、何も」
フロレンティーナはただ、照れ隠しをしているだけなのだ。
「そうね。ロクハナよりアルレスィアの方が分かり易い性格をしてるわね」
「なの」
カルラも同意見のようだ。
「自分を苦しめた相手である私に、こんな恩情をかけるなんて……ロクハナの事は全く分からないわ」
フロレンティーナの憎まれ口を、全員が静かに、穏やかに聴く。
「でも、まぁ……嫌いでは、ないわね」
その後に出てくる言葉を、全員が知っていたから。
「私はお二人を尊敬しています。凡そ信仰という物に縁がなかった私ですが、お二人の姿には自然と頭が下がります」
エーレントラウトはハキハキと、思ったままの事を話す。
「私と先輩は、お二人を危険に曝してしまいました。多くの人の命を脅かしました」
この言葉に、フロレンティーナは眉を寄せる。エーレントラウトは被害者だ。紛れも無く、誰がどう見ても。しかしエーレントラウトだけは、加害者だと、自分も裁判を受けると聞かなかった。棄却され続けたことで今は何も言わないが、つい最近までずっと求め続けていた。
「その事件を解決してくれたという、簡単な話ではありません」
リツカ達の手によって解決された。しかしエーレントラウトは、解決してくれただけではないという。
「私達は巫女様方に……救われたのです」
「……そうね。まぁ、そういう子よ。善と悪だけで物事を見ない。ちゃんと人を見てくれる。優しい子達」
解決ではない。救いであったと、二人は言う。
「ただ事件を解決するだけの人形じゃない。あの子達の行動には心がある」
死人が出なかった。犯人を捕まえた。手段と動機が分かった。終わり。とはならなかった。リツカ達はエッボまで倒し、今でもアイフォーリを回収、処分の為に動いている。
「あの子達なら、世界平和も夢じゃないのかなって、思ってしまうわね」
ただ只管に、人と心を守ってくれている。フロレンティーナはリツカを理解しきれない。それでも解る事はある。リツカの優しさだけは、解っている。
「私達は巫女ではなく、リツカ様とアルレスィア様を尊敬しています」
「ちょっとエレン。私は、尊敬してないわよ」
「はいはい」
今更隠しても遅いのだが、フロレンティーナは憎まれ口を止めない。
「はぁ……ロクハナの所為かしら……エレンが生意気になっちゃったわ」
「リツカ様に会う前からこうだったと思いますけど……」
「前は煩かっただけだけど、今は可愛げがあるって話よ」
「へ!?」
思わぬ反撃に、エーレントラウトが顔を真っ赤に染める。まだまだ、フロレンティーナをあしらう事は出来ないようだ。
「姫様はどう思うのかしら」
「わらわなの?」
「そ。聞くだけって公平じゃないでしょ?」
カルラは特に考える様子もなく、フロレンティーナの問いに答えた。
「女の子なの」
「……それだけ?」
「なの」
カルラが自信たっぷりに頷く。てっきり色々と話すと思っていたフロレンティーナが、面食らっている。
「以上も以下もないの。わらわにとってリツカはリツカ、アルレスィアはアルレスィアなの」
そんな当然な事も、住民の中には解っていない者達がいる。しかし目の前に居る者達には、それだけで十分伝わったようだ。
「二日滞在して、皆から話を聞いて、そう思ったの」
しっかりと理解した。その上でカルラは、やはりリツカ達はそのままだったと微笑む。”巫女”という装飾を取っても、取らなくても、根は変わらない。優しく、強く、深く、高く。光り輝く乙女達だ。
「カルラ、そろそろ出なければ」
「兄様いつの間に帰ってたの」
「……港に行った時から、居たんだが……」
「そうだったの」
エンリケの存在には気付いていた。しかしカルラはきつく当たる。「居たのならばしっかりと挨拶しろ」と、言外に責めているのだ。まったく伝わっていないのも分かっているので、カルラはため息を一つ吐き、見送りの者達に視線を向けた。
「そういう事だから、もう行くの」
「またお越しの際は是非、お立ち寄り下さい」
「お気をつけて。先ずはオルデクにお願いします」
アンネリスが深々と頭を下げる。コルメンスは次の予定を伝えながら、旅の安全を願った。
「今度会う時は、色々な町に行こうね!」
「ジョルアとか行ってみたいです」
「……お元気で」
「今度は妹さんとおいで」
リタ達が次会った時何をするかを約束している。次会う時は平和になっている。そう信じて疑わないリタ達は、王都以外の町も回ってみたいようだ。
「凱旋の時も公演するけど、プレマフェの方にも来なさい」
「歌劇場での公演も是非」
歌劇場でのオペラこそが本物だ。カルラには本物を味わって欲しいと、フロレンティーナとエーレントラウトが誘う。晴れて無罪となった二人はこれから、凱旋の公演に向けて更に激しい練習を重ねるのだろう。
「なの」
多くを語らず、カルラは船に乗り込む。また会えると信じているカルラに、言葉はいらない。
「またね、なの」
一度だけ手を振り、出発をする。
次の目的地はオルデクだ。護衛となる冒険者を拾って、共和国へと向かう予定を立てている。オルデクでもリツカ達は何かをしたと聞いているカルラは少しだけ、話を聞いて回ろうと思っている。
カルラの王国旅が、再び始まった。
もう、二十二時を回りました。予想以上に美味しい料理の数々に、シーアさんが狂喜乱舞してしまったのです。アリスさんのレシピレパートリーが増えたので、いつか作ってみたいですね。
「あぁ?」
「酒臭いでス」
「リッカさま。近づいてはいけません」
「う、うん」
という事で、レイメイさんを酒場に迎えに来ました。どうやら今の今まで飲んでいたようで……どろどろです。私が近づくとまた、酒気に中てられそうです。
「巫女さん達は先に戻っていて良いですヨ」
「でも」
「リツカお姉さんに運ばせるわけにはいきませんかラ。私が引き摺りまス」
「お言葉に甘えます」
シーアさんに任せて、私達は先に船に向かいます。お風呂の準備と、お茶の用意だけしておきましょう。シーアさんも一息つきたいでしょうから。
歩いている私達の後ろから、ズリズリという音と、「ゴッ」とか「イテッ」とか聞こえてきます。ほぼ朦朧としているレイメイさんには、何が起きているかわからないでしょうけど……服が破れてなければ、良いですね。
「水を敷いて上げるの面倒なのデ、引っ張るだけでス」
「お母さんアレ」
「しっ! 見ちゃいけません。あなたはああなっちゃ駄目よ!」
「はーい」
なんとも、他人の振りをしたくなる会話が聞こえてきます。シーアさんだけに任せるのは心苦しいですけど……酔っ払いの相手は、したくないです。
「リッカさま」
「うん?」
「今日のお願いですけど……」
今日、最後の最後に楽しい事が待っていました。待ち望んでいたのです。
「寝るまでの間、私をずっと見て……みません、か?」
途中で恥ずかしくなってしまったのか、頬を朱に染め声が小さくなっていったアリスさん。可愛すぎです。
「良いの?」
「は、ひゃい……っ」
私の確認の真意は――私は多分、本当に一時も目を離さない自信があるからです。
「今からで良いよねっ」
アリスさんがこくりと頷きました。寝るまでの間ずっと、見続けます!