巫女の居ない王都⑫
リツカ達が食事処に向かっている時、王都の南にある丘ではカルラが出発の準備をしていた。
「もう少し居ても……って、リツカさん達にも言ったっけ」
「リツカ達に妹の捜索をしてもらってるのに、わらわがゆっくりは出来ないの」
船に積み込まれた補給物資を船員達が仕分け、収納していく間のお別れ会だ。リタとロミルダ、クランナ、ラヘル、コルメンスにアンネリス、フロレンティーナとエーレントラウトまで居る。ディルクは冒険者と兵士を広範囲に分け警戒中だ。
ちなみに、積み込まれている食材は牧場から提供された物だったりする。
「カルラ姫。これを持っていきな」
「これは、花なの?」
ロミルダから手渡されたのは、青い花が綺麗な栞だ。
「アルスクゥラ。あの子達が好きだった花で作った栞だよ」
「なの。貰って良いの?」
「もちろんさ」
「大切にするの」
鼻に近づけ香りを楽しみ、頬を緩ませる。皇国に押し花はない。カルラには珍しい物だ。香りと花の美しさを閉じ込める押し花に、カルラはご満悦といった表情で微笑む。
そして大切そうに、袖の袂に仕舞う。服飾に関して、そこまで興味があるわけではない王都の女性陣だが、カルラの所作の美しさや、着物の様な服には惹かれる物があるようだ。
「私からは、これを」
クランナも何かを用意していたようだ。
「リツカとアルレスィア? それと、シーアなの」
「はい!」
三人に良く似た、フェルトで作った人形だ。フェルトはドルラームの毛から作っている。
「クランナが作ったの?」
「はい! ラヘルさんから、フェルトを貰って作りました!」
「良く出来てるの。ありがとうなの。再会した時に教えて欲しいくらいなの」
「是非、一緒に作りましょうっ」
三人の人形を胸に抱え、カルラが嬉しそうにしている。クランナもその笑顔に大満足のようだ。
「リツカとアルレスィアが手を繋いでるの」
「そうする以外に選択肢がありませんでした!」
自身の発想を誇るクランナに、カルラも楽しげに笑う。笑いながら、カルラはレティシアの人形のマントを捲ってみている。クランナはレティシアのマントの中を知らない。だからか、少し想像が入っているようだ。可愛らしいワンピースを着ている。
(遊びのある作りなの。クランナ、才能あるの)
リツカとアルレスィアの人形は特に精巧に作られている。カルラが舌を巻く程のクオリティだ。
「クランナ……手先が器用で……。商品にしても良いかも……」
「大繁盛間違いなしなの。でもアルレスィアとリツカが知ったら、止められると思うの」
「だよね……」
お互いの人形。本人達は欲しがるだろうけど、売り物としての許可は絶対に出ないだろうと、その場に居る全員が頷いている。
「あの二人、結構独占欲強いの」
「そう、ですね。ライゼ様も良く、睨まれていましたね……。アルレスィア様に」
「僕も、アルレスィアさんに睨まれたなぁ」
「何をしたの?」
「い、いえ……」
コルメンスが「しまった」といった表情で口を手で覆う。つい、思い出話に花を咲かせてしまった。
「戦争の際、戦場に出ようとした陛下をリツカ様が止めました。それに反発してリツカ様の肩を掴んで激しく揺らしていました」
黙っていたコルメンスに代わり、アンネリスが説明をする。
「それは睨まれて当然なの。それに、王が前線に出るなんて国民を蔑ろにしてるの」
「二人にも言われました……」
大量のマリスタザリアに、コルメンスも動揺していた。国を守るという事を、一面でしか判断出来ていなかった。
(あれ? アルレスィアさんの事ばっかり……)
(リツカちゃんより、アルレスィアちゃんの方が激しかったからねぇ……)
リタが頭に疑問符を浮かべている。リツカとアルレスィアの独占欲についてだったはずが、アルレスィアの話しか出ていない事に気づいたようだ。レティシアやライゼルトと同様にロミルダも、アルレスィアのリツカに対する想いの激しさを知っている。
「リツカから睨まれた事はないの?」
もちろん、カルラも気付いている。リツカの話も聞きたいようだ。
「睨まれるというか、リツカさんは困惑していたような……?」
「そうですね。どうしたら良いか分からないといった表情が多かったと記憶しています」
(リツカはズレてるの。きっとその辺が関係してるの)
カルラ自身の嘘偽りの無い真っ直ぐで飾らない告白すらも、リツカのズレた思考で失敗に終わった経験をしている。その事に対して、アルレスィアも理解を示していた。同様の経験があるのではないか? と、カルラは考える。
(リツカはもしかして……なの)
カルラがある事に思い当たる。そんな事はないだろうと思いながらも、核心に近いものを感じているようだ。
(流石に無いと思いたいの)
首を静かに振りカルラは、目を伏せた。
「そういえば私も、睨まれたわね。アルレスィアから」
「先輩は二人から睨まれてるじゃないですか」
「今は嫉妬の話だもの。そういう話ならアルレスィアからだけよ」
フロレンティーナも思い出したようだ。
「二人との喧嘩話で、フロレンティーナに勝てる人間は居ないの」
「お褒めに預かり光栄よ」
褒めていないというカルラの視線に気付いても、フロレンティーナの悪い笑みは消えない。裁判が思い通りにいかなかった為、機嫌が悪いのだ。
「それで、何したの?」
「握手中に手を引いて、近くで顔を見ようとしただけよ。引っ張れなくて失敗しちゃったけど」
肩を竦めるフロレンティーナを、他の者達が苦笑いで見ている。
「そんな事しようとしたの、フロレンティーナだけだと思うの」
カルラの言葉に、全員が静かに頷いた。
「も、申し訳ございません……」
エーレントラウトが必死に頭を下げているのを見たからだろう、フロレンティーナは少しばつの悪い表情に変わった。反省しているようだ。
反省はしていても、発言の訂正はしない。
”巫女”の所為で変な仕事をエッボから言い渡され、機嫌が悪かったのは事実だ。その事で”巫女”に危害を加えようとした事も話している。それでも、リツカから受けた言葉や恩情は忘れていない。
フロレンティーナとしては、軽口なのだ。リツカとアルレスィアがこの場に居れば、その時の話で冗談を言い合った事だろう。
「力持ちよねぇ。あの子」
「リツカ様は、魔法を使わなければそんなに力は出なかったはずです」
「そうなの?」
「本人曰く、素の状態ではロミィにも勝てないだろうと」
「何で私が例えなんだい?」
力比べの対象として、何故自分が出てきたのか分からないロミルダと他の者達。しかしリタだけは、何となく納得していた。今居る面々で、一番力があるのはロミルダだろうから。
「一度頭を揺らされた時に、力を量ったと」
「ああ……」
「人の事は言えないけど、貴女も結構な事してるのね」
「仕事をサボって雑談に耽っていたからねぇ。店長としちゃ、放っておけないよ」
フロレンティーナのため息に、ロミルダが笑いながら答える。息抜きの為にやっていた花屋の仕事だけど、仕事は仕事だ。その時リツカが雑談する事になったのは、アンネリスとライゼルトの所為だったからだろう。アンネリスも申し訳なさそうな声音になっている。
「お母さん、あれやったんだ……」
リタが思い出し、数歩ロミルダから離れていく。
「なの?」
「ロミィさんは……お仕置きする時頭を掴んで……凄く揺らしてくる……」
「凄く、なの?」
「凄く……。受けたリタは一時間くらい……横にならないといけない……くらい……」
「……なの」
ラヘルから説明を受けたカルラも、少し下がってしまう。
リタが一時間動けなくなった事もさることながら、怪我をしても眉一つ動かさなかったリツカが、まるでトラウマかの如く例えに上げたという事実。その事がカルラを恐れさせたようだ。冗談二割、本気八割といったカルラの様子に、ロミルダの顔は引き攣ってしまった。