『ズーガン』巫女のいらない町⑩
「上手く行っていました。しかしそれには限界があったのです」
「限界……」
言葉だけで導き、生きていける程……この世界は温くありません。
「マリスタザリアを斃す事が出来なければ生きていけない。お金が必要になったのです」
助け合いの限界。マリスタザリアとの戦闘は、普通の人には難しいです。
「急ぎ宗教を起こし、お布施を集めました。兵士を雇うためです」
この時点では、生きる為に必要な額を集め兵士を雇うためだったようです。これは詐欺ではありません。
「しかしそれは無理でした。無宗教だと言っている人間すら、アルツィア様と森から動けない”巫女”を信じる始末」
耳が痛いです。でも何度も言いますけど、本来は”神林”に居ないといけないのです。魔王討伐という最優先事項を片付ける為に、神さまはまた無理をしています。
「そんな時です。ツルカに出会ったのは」
ここから、何かが起こりそうです。降って沸いた機会。それに飛びついたと熱の篭った声で話しています。
「ツルカの角を見た時、いけると思った。マリスタザリアも何故か減っていた。急ぎツルカを使いディモヌを創り上げた」
戦争の時です。ツルカさんを利用して、宗教を起こす。この事に問題はありません。どんな集団でも、旗が必要なのです。ツルカさんはその旗です。
「最初から詐欺紛いの集金をしていた訳じゃないんですよ。始まりはツルカへの貢物。本当にマリスタザリアは減っていった事で、ツルカは本物となったのです」
ツルカさん本人は生きる為に、教祖に加担する事を選びました。そうさせたのはマリスタザリアです。北部の小さい町に生まれ、そして……両親をマリスタザリアに殺されたのです。
「そこから一気に、私の傍に居た信徒達が暴走した。ツルカの人形や過度なお布施と兵士貸出料。金は溜まったが、もはや始めの、人の為の宗教ではなくなっていたのです」
教祖の想いに反して、降って沸いた莫大なお金は志を共にしたはずの信徒を変えたようです。
「ただね。見たでしょう。私を崇める者達を」
まるで、信徒達の暴走を肯定するかのような声で、増長した発言をしました。信徒達は確かに、あなたとツルカさんを信奉しています。でも……そんなに、ドヤ顔になって私達に確認する事でしょうか。
「あれで私は――変わった。何しろ今では、私の想いによってツルカが力に目覚めたという噂まで流れている」
ノイスでは聞きませんでしたけど、ノイスの教会に訪れていた信徒達やこの町の人達は、そう言っているのかもしれません。
この人は、自分が神になったつもりで居るのです。
「自覚があるのです。私は金の亡者になった。神である私に貢ぐのは当然と考えるようになった。自分は尊大になったのです。今なら師の気持ちが分かる。彼も昔はそうだったんですからね」
イぇルクも、元”巫女”であるルイースヒぇンさんを使って、自身を肥大化させていたと聞いています。この人も、同じのようです。
「そして、この町も見たでしょう」
大体の状況は分かりました。当初の想いと違い、今では自分に酔っている。そして、暴走している信徒達を……止める事はない。
「住民に私とツルカは必要だ」
そうです。この町では”巫女”とバレれば確実に迫害を受ける。そう確信出来る言葉を受けています。ここに”巫女”はいらない……。必要なのは、デぃモヌです。
「これを止める事は、貴女方には出来ないはずだ。知っていますよ。悪意という物の発生条件」
分かっている上で……私達を呼び出したのですね。これを突きつける為でしょう。イぇルクと、死ぬ直前まで交流があったようです。アリスさんの事を聞いているはずです。
イぇルクから聞かされたアリスさんの性格。考えたくもないです。神さまをあんなにも間違えた解釈で信仰していた人が語ったアリスさんなんて、絶対に違います。
でも、この人にとってはイぇルクから聞いたアリスさん像が全て。その後情報収集をしたようですけど、主にマリスタザリア関係と、私についてだったはず。それらを鑑みるに、こういった詐欺行為を赦さない性格というのはバレています。
釘を刺さないと、何をされるか分からない。そう思われているのでしょう。ただ今回に関しては……釘を刺されずとも望み通りになりました。むしろお陰で、覚悟が決まったと言っても良いです。
「必要な事は理解しています」
「私達にあなたを止める権利も無ければ、咎める資格すらありません」
「どんな理由があろうとも、救ってこなかったことは事実です」
アリスさんと私の想いは同じです。この町に生きる人達への謝罪を言う事すら許されない身ではありますけど、しっかりと宣言します。
「ここでは何もしません」
「私達にはやるべき事があるので」
「ですから今は、ここはお任せします」
「絶対守ってくださいよ。その時が来るまで」
「ええ。そうでなければ、信仰は着いて来ません」
そういう事ではないのです。信仰、”巫女”、デぃモヌ、お金。そんなものはどうでも良い。重要なのは、あなたが守りたいと願った人々です。助け切ってもらいます。私達が”お役目”の全てを終え、コルメンスさん達と世界の安全を創れる段階に来るまで……絶対に犠牲を出さないで下さい。
その為なら「信仰の為」という大義名分も受け入れます。結果さえ、同じであれば。
「でも、あなたが放置している信徒の所為で」
「苦しんでいる人達が居る事は忘れないで下さい」
「それだけ言いに来たんです」
生活の困窮は何れ心を壊します。金銭問題も「信仰」に関わってくるでしょう。少しは考えてもらいたいので、これだけはしっかりと伝えます。
「それでは、用事が終わったので帰ります」
「最後に、この地図にない町があったら教えてください。後、この名無しの町も」
もう隠す事ではないので、マークつきの地図を見せます。
「忍び込んだのですかな?」
「緊急事態でしたので」
これで、ノイスの住民は大丈夫でしょう。誰も話さなかったから忍び込んだと思ってくれます。
「手癖の悪い方達だ。まぁ……良いでしょう。書き加える予定だった場所は二つ。そしてこの名無しについては、入国すら出来ませんでした」
「入、国?」
地図に、新に二つ書き加えられました。名無しの町より東側です。丁寧にマークまでくれました。片方は三角です。マデブルとミゅスですか。これで七つ分かりましたね。
「このマークは」
「星がディモヌの居場所です」
「二重丸が完全に信仰が浸透している場所、丸が後少し、三角が保留、バツが布教失敗といったところですか」
「……誰かに聞いたので?」
「こんなに大雑把な分類だと、誰でも分かります」
細かく分かれていたら分かりませんでした。しかし、今まで巡ってきた経験も合わされば、すぐに理解出来ました。
「それで、名無しの町に入国出来なかったというのは」
入国というのが分かりません。国があるんですか?
「言葉通りの意味です。そこには強固な門と門番が居り、入国させてもらえませんでした」
「昔からあるんですか?」
「いいえ、つい最近です。行っても無駄ですよ」
そう言われて――はいそうですか。なんて出来ません。行きます。
「ありがとうございました」
「……」
教祖が何か言いたげです。
「ツルカとは会ったんですよね」
「はい。私達と同じ嘆願をしたはずですけど」
「ええ、されましたよ。金額を下げて欲しいとね」
「それで、検討はしてくれましたか?」
「……良いでしょう。信徒を宥めるくらいは、検討します」
積極的に介入する気はないと。大方予想通りですけど、まだ思う所があるようです。それに賭けましょう。
「師もツルカも、貴女方の所為で変わったようだ」
「あなたも変わるべきではないでしょうか」
「冗談を。師と同じ事を言わないで頂きたい。最後に会った時も改心するよう言われましてね。手強く育った巫女に、変な子羊までついたと言って焦っていました」
子羊って私ですか。確かにイぇルクはそんな事を言っていましたけど。
「変わるべきなのは師とツルカだ。貴女方が放つ超常の気に中てられたようですが、私には効きません」
何の事を言っているのか、分かりません。
「ツルカさんは自身の行いと罪悪感の狭間に居ます。これ以上苦しめないようにしてください」
「あのまま放って置いても、貴方から離反なんてしませんよ」
「ええ。それは分かっていますよ。そうならないようにしている」
さらりとムカつく事を言いましたね。ツルカさんの弱味を握り締めているというのです。前言撤回して潰したくなります。だからもう、行きましょう。
「人として生まれて来なかった貴女方には、我々人間の苦労は理解出来ない」
無視して進む私達の背に、フゼイヒの声が投げ掛けられます。
「人の道は人だけで切り開く。超常の者は森に篭って祈り続けていなさい」
そう畏れずとも、魔王を討伐すれば願い通りになりますよ。




