『ズーガン』巫女のいらない町⑧
酒場の人達が出てくるまでに町を見て回りましょう。私達がデぃモヌを気にしていると言い触らされる前に探し当てます。
「じゃあ教会に――」
「急げ急げぇ……!」
一人の男の子が、必死な形相で走っています。一瞬、声をかけるか迷いました。先程言ったように、目立たぬように教祖を見つけ出さなければいけません。しかしここで、明らかに困っている男の子を無視して良いのでしょうか。
「どうしたの?」
「え!? ……わぁ」
急いでいたようなので、単刀直入に事情を尋ねたのですけど……男の子は吃驚してしまったのか、止まってしまいました。
「えっと、何かあったの?」
「あっ! ご、ごめんなさい! 急いでるので!」
知らない人間に止められても、話す訳ありませんね。頼りになる人の方に行くに決まっています。
「少し、様子を見ますか?」
「んー」
しっかり体と感知が上手く機能するかの確認も兼ねて、教会と思われる建物の気配を探ります。
「教会に余り人が居ないね」
「そうなりますと、教会に教祖は居ないかもしれません」
「かなぁ。普段はノイスに居るはずの教祖がこの町に居たら、見ようと思って集まるはずだし」
普段から様子見にやって来ていても、教祖をあれ程崇めていました。教会にあれくらいの集合人数のはずがありません。
「男の子の方も気になるから、少し様子見しよっか」
「分かりました。どうやら酒場に入っていったようなので、外から様子を見ましょう」
「うん」
私が感知している間、男の子の動向を確認してくれていたようです。酒場という事は、父親に用でしょうか。
「どこ――! 分からな――!?」
何か言い合った後、男の子含め全員が立ち上がりました。統率が取れていると思ってしまうくらい、一斉に動いています。何事でしょう。
「早く教祖様を見つけねぇと……」
「来る者拒まずだけどさぁ。流石に薬物中毒者はなぁ」
「教祖様に聞かれたら叱られっぞ」
幾つかの班に別れ、町の中を散り散りになっていきます。少し聞こえた会話から考えると……教祖を見つけに行くようです。後、薬物中毒者がどうこう?
「どこについて行くべきでしょう……」
「んー。現場に行くのが一番かな。男の子について行こ?」
「はいっ」
流石に全部を見れません。最終的にはその、薬物中毒者の元に行くはずです。その現場に行きましょう。
「リッカさま」
「うん。薬物、だね」
薬物といえばって話です。アイフぉーリ。北部にもあったのですか。
「エッボを潰した責任を果たそう」
アイフぉーリには因縁があります。フロンさんも、残ってたら安心して眠れないでしょうからね。
現場は、そこそこ荒れていました。アイフぉーリを飲んだのでしょう。気が大きくなり、無敵感に支配されるんでしたっけ。フロンさんは大人しい方だったんですね。あれでも、エレンさんが別人と称する程に変わっていましたけれど……。この薬物中毒者は酷い。物が散乱し、家の壁が凹み、窓は割れ、破片が当たったのか怪我人まで。
「あ……さっきのお姉ちゃん達……」
「こういう事だったんだ?」
「ご、ごめんなさい。急ぎだったから……」
「確かに、これは酷いね」
まだ暴れていて、このままでは被害が大きい。怪我人も増えそうです。
「正気じゃないよ、ね」
「はい。やってよいかと」
「少し下がっていてください。無力化を優先させます」
「え? 危ないよ!」
怪我人を増やす前に縛っておきます。教祖の対応を見る機会ではあったのでしょうけど、安全優先。
「何が教祖だァ!? この町も薄っぺらい連帯感が気持ち悪ぃってんだよ……! お前等全員頭おかしいんじゃねぇか!? 馬鹿正直にあんな金払いやがってよぉ!!」
デぃモヌに払っているお金に不満があるようです。アイフぉーリの使用はそれが理由ではないでしょうけどね。この人……飲んでいるのは、アイフぉーリだけではないですね。お酒の匂いもします。さっき酒場で嗅いだからでしょう。少し気分が悪いです。
「そこまで」
一足で中毒者の後ろに回ります。その際、転がっていた椅子を立てておきました。後で役立ちます。
「あ!?」
(あれ……あのお姉ちゃん、いつの間に……あんなところに……)
後ろから急に声をかけられたからか、腕が裏拳のように伸びてきました。理性を失った獣、声のするほうに攻撃をしかけてくるのは分かっています。適当な紐は手錠代わりとして、一束常に持っています。
腕を避け、勢いを殺さず足を蹴る。そして、宙に浮いた中毒者の腕を掴み引きます。立てておいた椅子に座らせるように落として、縛るだけ。簡単です。制圧完了。
「……はあ?」
自分に何が起きたか分かっていない中毒者と野次馬の唖然とした表情を受けながら、私は男から離れます。
「リッカさま。お怪我はありませんか?」
「大丈夫。怪我人の方は?」
「頭を打った方には検査が必要になりますけど、今の所問題はありません」
怪我人の介抱は、アリスさんがしてくれていました。ガラスで切った人や椅子等で頭や体を打たれた人、突き飛ばされたのか腰を痛めた方。色々居ますけど、アリスさんの”治癒”なら問題ありません。
「待てよこの!! 何した……!? 何だこれ離れねぇ!!」
(あのお姉ちゃんがしたのかな……聞いてみたいけど、声かけ辛い……)
離れないように結びました。当然です。余り動くと、擦り切れますよ。結構細い糸です。力が入れられないように、後ろ手にして親指同士と肘同士を、椅子と結びました。これを無理やり解けるのは、ライゼさんくらいです。
治療を終えたアリスさんと一緒に、中毒者を観察します。
「どう?」
「間違いなく、アイフォーリです。フロレンティーナさんと同様の反応があります」
止めるのが難しい薬です。どうやって治すか、この人の家族と話した方が……いえ、こんな薬に頼るくらいですし、ご家族は居ないのでしょうか。
「この人の家知りませんか?」
質問に答えが返ってきません。怪しまれましたね、これは……。
「え、えっと! その人新しく来た人だから……」
「この人がやってる薬を回収したいんだけど、知ってる人居ないかな?」
あの時の男の子が答えてくれましたけど、場所は分からないようです。知っている人も居ない、と首を横に振っています。
「回収して、どうするんだ」
「強力な多幸感を与える薬です。その代わり、強い依存性と薬を止めた際に起こる離脱症状に苦しめられます」
この人は多幸感よりも、強い不満を抱いていました。感情の昂ぶりだけはあったので、ここまで狂暴になったのです。こんな性格では、依存症と離脱症状が起きた時どこまで荒れるか。
「回収してどうするも何も、処分します。旅の目的の一つですから」
「この薬の副作用は、まだ解明されていません。依存症と離脱症状だけではないかもしれないのです。無くなるのを待っているわけにはいきません」
「見つけ次第回収、処分と命令を受けています」
研究用の錠剤は回収済みです。症例としてこの人の記録はしますけど、錠剤はいりません。
「命令って……」
「王国選任冒険者です。コルメンス陛下より命を受け、北部を担当しています」
「陛下のだって?」
正直、”巫女”以上に良い印象はないでしょう。北部は割を食ってしまっている地区です。ノイスの件もありますし、権力者は教祖以外嫌われてるかも、ですね。それでも”巫女”よりは……選任冒険者の方が協力してもらえるはずです。
「今更王国の使者なんて……」
「まぁまぁ。皆さん」
「! きょ、教祖様!」
(あれ? 大暴れしてるんじゃなかったのか?)
住民全員が一斉に後ろを向き、頭を下げています。私達への不信感より、信仰が上回ったのですね。
「どうも。臨時の責任者を務めています。フゼイヒと申します」
……偽名を使う事に躊躇いはありますけど、今”巫女”とバレる可能性を増やす訳にはいきません。
「トオカです」
「エルタナスィアと申します」
咄嗟に偽名を思いつかなかった私達は、お互い母親の名前を使う事にしました。
「ほう」
教祖、フゼイヒさんはニタリと笑みを浮かべました。住民に気付かれないように、一瞬だけですけど。
(気付かれています)
(そうだね……。でも、”巫女”ってバラさないって事は)
(私達に用事があるみたいです)
ここは、教祖の動きを待ちましょう。
「どうぞ。そちらのザロモンさんの家にも案内しましょう」
「……ありがとうございます」
一体あの笑みにどんな意味があったかは分かりません。警戒を強め、後をついて行きます。