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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
47日目、巫女とは、なのです
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『ズーガン』巫女のいらない町⑦



「お前が余計な事するから……」


 リツカ達が出て行った後の酒場は静かなものだった。イェルクに関しての昔話で盛り上がっていたが、全員どこか残念そうにしている。


「お前等だって、もっと話したかっただろうが!?」

「だからって酒飲めないって言った人達に出すか?」

「酒以外知らねぇんだからしょうがねぇだろ!?」


 酒に携わってきた店主にとって、コミュニケーションの全てが酒を使ってだった。だから、未成年というのが嘘と思った店主が、リツカとアルレスィアの緊張を解すために酒を選んだのも納得出来る。


 実際の二人は緊張も警戒も何もなく、イェルクの事とこの町の成り立ちにしか興味がなかったのだが。


「奥さんが可哀相だわ」

「今関係ねぇだろう!」


 喧嘩に発展しそうな空気が流れる。気分良く飲み、絶世の美女の来店で盛り上がっていたのに、店主の余計な事で怒らせた上に出て行ってしまった。客達の悲しみはもはや慟哭であり、暴動が起きそうな程だ。


「何事ですかな」


 アルレスィアとリツカが出て行ってから数分後、黒衣の男が酒場に入ってきた。その男が入店すると、巫女二人が入ってきた時と同様に静かになる。しかしそれは、あまりの美しさに言葉を失ったという訳ではない。酒場にあるのは、崇敬だけだ。


「このような場所に……どうされましたか」

「いつもとは違う怒声が聞こえたもので。何事かと」

「こ……これは、失礼を……。少々言い争いをしてしまいました」


 店主が恭しく頭を下げる。それを鷹揚に止めた黒衣の男は、カウンターの席に座った。


「問題ないのであれば良いのです。水をいただけますかな」

「はい。水、ですね」


 一つの瓶からグラスに注ぎ、男の前に差し出す。


「どうぞ」


 男の前に差し出した店主は、くるりと振り返りグラスを磨き始めた。まるで、「私は見ていない」と言わんばかりに、一心不乱だ。


「ありがとう。ところで、何故言い争いになったのですかな?」

「はい……。先程、旅の女性……いえ少女二人がやってきまして……」


 店主が後ろを向いたまま説明をする。目を合わせないという失礼を働いているが、それが当たり前という雰囲気が、酒場には満ちている。


「と、いう事です」


 店主が説明を終える。それに黒衣の男は、しばらく考え始めた。


「まさか、いや……合うか。一度会いたいと思っていた」

「はい?」

「いえ。今も町に?」

「どうでしょう……。教祖様とディモヌ様が気になっていたようなので、まだ滞在するのではないかと」

「そうですか。ありがとう」

 

 男が()を飲み干し、店を後にする。その男の目には、愉悦が交じっていた。




「おヤ、どうしましタ」


 船に戻ると、船底を見ていたシーアさんとばったり出会いました。


「実は」


 アリスさんが説明をしてくれています。私はというと、アリスさんにお姫様抱っこされたまま、酒瓶を抱き締めています。こんな硬いのではなく、アリスさんを抱き締めたいのですけど、今は出来ません。


「舞踏会の時みたいにならなくて良かったでス」

「本当です」

(すっごく怒ってます。店主の人はさぞ、生きた心地がしなかったでしょうね)


 抱かかえられている私を、シーアさんがぴょんぴょんと跳ねながら見ています。顔色を見ているのか、アリスさんに抱えられている私の緩みきった表情を見ようとしているのか、迷いどころですね。


「活動できそうですカ?」

「水を飲んで、”治癒”をかければ何とか出来ると思います。本当は休んでもらいたいですけど、教祖に聞きたい事がありますから」

 

 今日中に教祖に聞かないと、明日には居ないかもしれません。イぇルクとの関係。何が起きたのか。デぃモヌの誕生と真意。私達が思っている、只のお金儲けという話より……複雑みたいです。


「詳しくは、夕食の際に」

「分かりましタ。そうそウ、秘境の料理店はありそうですカ?」

「あっても、入らないかもしれません」

「ト、言うト」

「リッカさまがお酒を盛られました。今後は外食も控えた方が良いかと」

「……薬物調査の魔法を覚えますかラ、どうか考え直してくださイ」


 シーアさんが本気の懇願を、しています。やっぱり、楽しみを取られるのは辛いようです。私だって、唯一の楽しみを取られたらやっぱり……抜け殻になっちゃいます。


「アリスしゃん……」

「……仕方ありませんね」

「ありがとうございまス」


 ほっと、シーアさんが息を吐きました。旅の為ならある程度寛容的なシーアさんですけど、こればっかりはどうしても、譲れないようです。


「あ? もう戻ってきたのか」

「こちらでよろしいですか」


 レイメイさんが船の中から工具と木材を持ち出してきました。木材が必要な箇所があったのでしょうか。

 とりあえず、酒瓶を渡します。


「あぁ」

(何でコイツは抱えられてんだ……まぁ、いつもん事か)


 普通に受け取り、そのまま舷梯横に置いて作業に入りました。純米酒は常温保存で良いのでしょうか。一応今日は寒いので、そのまま置いていても問題ないとは思いますけど。


「もう出れるんか」

「後は教祖の問題だけです。素通り出来る状況ではなくなりました」


 因縁のある相手、イぇルクの話題が出たのです。無視は出来ません。


「こっちもまだかかるしな」

「食べ物屋はなさそうな雰囲気ですネ」

「多分、あるんじゃないかな」


 酒場があって、食事処がないって事はないはずです。お米と麦がこんなにもあるのですから、それらを使った物を作っていると思います。


「お願いしまス」

「う、うん」


 私達だけじゃなくて、シーアさんも気をつけて欲しいと思います。アリスさんも一緒に行くので大丈夫とは思いますけど……自衛は必要です。


「どうやって教祖を探すんでス?」


 水を飲んで一息つきます。


「教会があると思うから、そこに」

「町の奥に大きな建物が見えました。まずはそこを目指すつもりです。人に尋ねるのは悪手ですから」


 情報を集めながら探すのが定石です。でも、探そうとすればするほど、教祖が逃げるかもしれません。この町で教祖は神さまと同等の扱い。守る為に遠ざける手段を講じられるかも。具体的には、嘘をつかれたりです。


(アリスさんが居るから、嘘は通じないけど)


 嘘をつかれるという事は警戒されているという事です。会える確立が下がります。あくまで偶々見つけたという形にしたい。住民に尋ねるのは避けた方がいいですね。ここに居ると分かって動いているとバレます。


「まァ、夜更けまでに戻ってくださイ。今日はこの町で終わりですシ」


 この町で終わりだからこそ、完全に終わらせて戻ります。


「リッカさま。いけますか?」

「うん。呂律も、戻ってきたよ」


 頭のぐるぐるもなくなりました。動けます。危ないところでした。このまま本気で酔ってしまったら、どんな状態になったか分かりません。記憶が飛んだ時も、気が気ではなかったのです。感情が大きくなりやすい状態になる。それが、お酒の魔力なのでしょう。


「何だこりゃ」


 レイメイさんがお酒を開けていました。私達とシーアさんが話していたから、手持ち無沙汰だったのでしょう。


「米酒。お米で作ったお酒です」

「ほう。味は?」


 興味を持ったみたいです。果実酒や麦芽系のお酒ばっかりでしたからね。


「えっと、透き通るような喉ごしで、程よい辛味と甘味を併せ持った、十五度前後のお酒、だったかな」


 父が言っていた事です。私の酒癖が母似とは知らなかったでしょうから、いつか一緒に飲みたいと思っていたのかもしれません。その夢は、果たせそうにありませんけど。というより、何で味を気にしてるんです? 刀用なんじゃ。


「ウォッカとは何が違ぇんだ」

「……さぁ?」


 原料は分かりませんし、味の違いなんて知るはずがありません。ウィスキーとの差ならば、父が言っていましたね。やはり、舌触りと味、匂いが違うとの事です。ウォッカもそうなんじゃないですか?


「酒場があるので、時間があったらどうぞ」

「急ぐか」

「現金すぎまス」


 レイメイさんが急ピッチで整備を開始しました。


「私達の時間は然程かからないでしょうけど」

「その時は私が連れ戻しますヨ」


 酒場を楽しみにしていますけど、きっと飲む暇なんてないです。


 地図に二重丸が書かれている町が、こんなにも宗教にどっぷりとは思いませんでした。今此処で取り上げてしまうと、本当に暴動が……。悪意ももちろん増加するでしょう。教祖とは話を聞くだけに……本当に、なってしまいました。


 なので、口喧嘩すらしませんよ。どういった宗教なのか、見極めるだけです。



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