『ズーガン』巫女のいらない町⑥
「どういった経緯で、移住を?」
「あぁ、そりゃあアレでさ。教祖様のお陰だ」
えっと、時系列がおかしいですね。ツルカさんの話では、デぃモヌの起こりは一月前だったはず……。デぃモヌ誕生より先に、教祖として移住の手伝いを?
「ディモヌの誕生は一月前と聞いたのですけど、皆さんはそれより前に教祖様とお会いになっていたのですか?」
アリスさんが自然な流れで聞いてくれました。しかし、お店の雰囲気が大きく変わってしまいます。アリスさんの手を握り、私の傍に寄ってもらいます。
「お嬢さん方、どういった方達で?」
店主さんが困っているだけだったのに対し、後ろから少しだけ不信感が生まれました。少し深く入りすぎたのでしょうか。
「私達は旅をしています。エセファとノイスに寄った際、ディモヌについて聞いた事をきっかけに興味を持ちました。教祖様と聞いて、気になってしまって……」
「……そ、そうか。すまねぇな」
「いえ。少し不躾すぎました。申し訳ございません」
アリスさんの丁寧な説明に、不信感が薄まりました。嘘は言っていません。私達が”巫女”という事を隠しているだけです。
「俺達の村が化け物にやられた時、まだ町や村を巡ってた教祖様が……いつか救いがあると、ノイスの傍に建ててくれたのがこの町でさ」
「他の村や集落からも集まってる。教祖様とディモヌ様は、俺達の救いだ」
ツルカさんの角が生える前から、準備を……? いえ、この様子では、詐欺を働こうとした訳ではなさそうです。純粋に、救おうとした……? 町で見た詐欺の手口からは想像出来ない程、丁寧で厚い対応です。
「教祖様と一緒に居た、誰だったか」
「イェルク様だよ。あの人はちょっとおかしかったけどな」
……? 思わず自分の耳を疑うくらい、さらりとある名前が出ました。
「イェルク、様?」
アリスさんにも聞こえたようです。思わぬ名前の登場に、私達は動きを止めてしまいます。
「おう。アルツィア様を信奉してんだと」
「教祖様も、元々はイェルク様と同じだったんだけどさ。救いの女神は他に居ると、天啓っていうのか? さすがは教祖様だよな」
そういえば、イぇルクは巡業していたはずです。神誕祭前も、どこかにでかけていました。アレは確か……北ではなかったでしょうか。待って下さい。教祖とイぇルクの繋がりがあるとすれば…………まだ、情報が足りません。
しかし、分かる事があります。この人達は、”巫女”と神さまを信仰する事はありません。この人達を救ったのは紛れも無く教祖とデぃモヌなのです。たった一回町を救っただけの”巫女”を、信じる事は……今更出来ないでしょう。
神さまに対する軽い口調と、イぇルクに対する嘲笑ともいえる発言。これらから読み取れるのは、それくらいのものです。
「あの人こそ、”巫女”って奴なんじゃないか?」
「男だぞ。それをいうなら……何だ?」
神に仕える者というのであれば、神父や神官といったところでしょう。
男で”巫女”どうこうと聞くと、ヨアセムやイぇルクを思い出します。私達が”巫女”ではないと暗に言われているので、そう感じるのでしょう。懐かしい感覚です。それも仕方ないと思えるのは、悲しい事です。何も出来なかった私への罰といったところです。
「他人を貶すな。教祖様も言ってるだろ」
「でもよ。巫女が何してくれたんだよ」
「イェルクも言ってたけどよ。小童なんだろ?」
「同じ神を信じてる人間にあそこまで言われてたんだぞ? ディモヌ様とは大違いって言って何が悪いんだ」
お酒の所為でしょうか。舌が回ってきたようです。不満となって、神さまと私達への悪口へとなっていきます。不満が出ると言う事は、それまでは信じていたという事です。それだけに、辛い。
「すんません。せっかく興味を持っていただけたってのに……」
「い、いえ。”巫女”が何もして来なかったのは、事実です」
「……」
アリスさんに、こんな事を言わせた人達を赦せないという気持ちが生まれます。しかし……何も言えません。私がいつも後悔している事を、アリスさんが声に出しただけです。それだけ、なんです。
「旅人でしたな。こちらでも飲んで、ゆっくりしてって下さい」
「……こちらは、どういった意図」
「ありがとうございます」
溜飲を下げるように、コップの水を飲もうとします。しかし何か、変な匂いが……? これは、水じゃ……ないですね……。
「リ、リッカさま。それは駄目です」
「ぅ……」
匂いに気付いた事と、アリスさんに止められたお陰で、何とか飲まずに済みました。もしジュースみたいなお酒だったら、飲んでいたでしょう……。
頭がぐるぐるします。かろうじて自分を保てていますけど……。神誕祭最終日、意識が途切れて……その後正気に戻った時のような、気持ちの悪さです……。記憶が飛ばない程度と理解出来るくらいには、正気なのが……救いですね。
「あぁ……大変です……。酒気に中てられて……。何故お酒何て出したんですか?」
「警戒されてると思ったんで……交流の一環として」
「……私達は警戒なんてしていません。未成年というのも本当です。お酒を飲めないというのは、年齢もそうですけど、お酒にとことん弱いからです」
「え、あ……すんません……」
アリスさんが捲くし立てるように、店主さんの勘違いを咎めます。どうやら、私達が飲まなかったのは……回りの人達を警戒していたから、と思われたようです……。だからって、黙ってお酒を出すって……その方が信頼をなくしますよ……。
「お代はここに置いておきます。それと、更にいくつか質問します。何も疑問を持たず、答えてください」
「へ? あ、いや……はい。すんません……」
先程の、訳のわからない勘違いをしてしまう店主さんでも……アリスさんが怒っているのは分かるみたいです。
アリスさんの腕の中でぐったりしている私を庇うように抱きかかえたアリスさんが、店主さんに必要事項を尋ねていきます。
「黒髪で小柄の異国の方を見ませんでしたか。一目見て美人と言える方です」
「そんな人は、あんたら以外には来た事も……」
「お世辞は必要ありません」
「あ、はい……」
(お世辞じゃないんだが……怒ったこの人怖ぇ……)
アリスさんの腕の中が気持ち良いです。脳の奥まで届いた酒気の所為か、より強く、アリスさんが近く見えます。
「子供達が行方不明になったりはしていませんか。旅の途中、いくつかの町でそういった事件が起きていました」
「この町にゃ、そういった事は……」
「ありがとうございました」
お釣りを受け取ることもなく、アリスさんがお酒を受け取り、私に持たせました。そしてその私をお姫様抱っこし、お店を後にしたのです。目立たない活動なんて、私達の目立つ髪色では無理です。それを抜きにしても、私達の今の姿は……超がつくほど、目立ちますね……。
私が動けなくなったので、一旦船に戻ります。
「あのお店は信用出来ません。一度船に戻り、水を飲みましょう」
「ぅ、うん……」
流石に、店主さんが可哀相とは思います。でも、アリスさんの怒りは尤もで、私の為に怒ってくれています。正直店主さんへの同情は、この状況を作り出してくれたからと……凄く、不純な理由からです。また私の内緒事が増えてしまいました。こんな黒い感謝、アリスさんに知られるのは嫌です。
「全く……今回は飲む前で良かったですけど……もし飲んでいたらと思うと……」
「ごめぇんね」
少し落ち着いてきてはいます。でも、ちょっと間延びしたような声になっているようです。匂いだけで、ここまでとは、私は本当に弱いのですね。それとも、純米酒が強力だったのでしょうか。匂いを深く嗅いだからでしょうか……。
「リッカさまが謝る事では……」
「気付くの、遅れぇちゃったからゃ」
色々と考え事をしていたからでしょう。悪い人ではないとはいえ、警戒が足りませんでした。悪気の無いただの厚意だったので、意識の外でした。
「これからは、お店で出されたものであっても確認が必要かもしれません」
「流石にぃ……ぃやでも……それくらい、要るかもぉ?」
外食自体、控えた方が良いかもしれませんね。シーアさんの楽しみの一つなので、完全に止める事は無理そうです。でも、確認は必要になってきたのかもしれません。女王の妹と”巫女”、狙う価値のある存在です。気をつけないと。
「重く、なゃい?」
酒瓶二つも乗っかっています。更に……舌が回らず、体も脱力気味の私は、更に重く感じるのではないでしょうか。
「羽の様なリッカさまが、今は小鳥くらいです」
羽に対して小鳥では、かなり重くなっています。
「自分でぇ、歩く?」
「リッカさまが腕の中に居ると、より強く実感できます。このままが良いですっ」
絶対に離さないと、力を込められてしまいました。あぁ……密着度が増して、私も離れたくないという気持ちが強く……。思わず酒瓶を投げ捨てて、アリスさんの首に手を回したくなりました。
でも、この酒瓶のお陰で、アリスさんは私を強く感じてくれています。投げ捨てるのはまだ、早いです。アリスさんに汗が滲んだら、躊躇無く投げます。結構頑丈な瓶です。丁寧に投げれば、割れないかもしれませんから。
私のおでこに頬擦りしながら、アリスさんが目を細めました。
「もう少し、頑張って下さいね」
「ぅん」
少し瞼が閉じそうになっていた私に、アリスさんの優しい声が降り注ぎます。まだ寝るわけにはいきません。やることはまだ、あります。