『ズーガン』巫女のいらない町④
「結局、予定通りに出来ませんでしたネ。紹介された食事処は夕方からでしたシ」
「昨日のうちにしておくべき事柄が多すぎました」
「考える事も多かったから……」
記憶力は良い方だと思っていましたけど、やる事が多すぎると優先順位が低い方から忘れてしまいます。シーアさんはしっかり、やるべき事をやれたようですから、私が特別ズボラなのかもしれません。
「お酒にしろ食事処にしロ、秘境的な所に美味しい所があるものでス」
知る人ぞ知る美食店とか、ロマンですね。旅の醍醐味というやつです。
「致命的な忘れ物はないのでス。気にするだけ損ですヨ」
シーアさんの精神性はもはや、十二歳のそれではありません。食事処に行く予定があり、それをふいにしてしまったというのに……。頭が下がります。
「分かりましたカ。サボリさン」
「……」
(誰が最年長なのか、分からなくなっちゃったよ)
(私達が自分だけを見ていた時、シーアさんはエルさんの付き添いで色々見てきていますから)
人生経験が違いすぎますね。私が自分の事で迷ったり悩んだり、無気力になったりしている時、シーアさんは色々な場所で世界に目を向けていたのです。アリスさんですら……世界の危機を知っていたといっても、集落での修行と勉強が主でした。どうしても、精神的に差があります。
「まァ、予定より町が多くなりそうですかラ、ズーガンも手早くお願いしまス」
「うん。余計な事は、しないよ」
「私も、気をつけておきます」
シーアさんの温情に甘える形ですけど、やるべき事はやらせてもらいます。深く関わる事が出来ないのなら、そこで諦める準備もあります。大丈夫です。
「秘境の食事処があったら呼んで下さイ。駆けつけまス」
「う、うん」
割り切れって考えられる性格のシーアさんですけど、やはり未練はあるようです。美味しそうな食事処があったら、シーアさんを呼びましょう。
「乾燥野菜結構食べたみたいだけど、お腹壊さないようにね」
(バレてしまってます)
「お腹を壊した事無いので大丈夫でス」
「乾物は油断すると、壊してしまいますよ」
「そうなんでス?」
「ばかすか食べられそうだったが」
そう見えて、というものです。乾物の注意書きには大抵書かれているのです。食べ過ぎに注意と。あれは見た目と、食べた瞬間の満腹感とは別なのです。
「野菜って水分の塊みたいなところあるから、その水分が戻ってくると一気に……」
「……まさカ」
「飲み物を飲んでしまうと、膨れますね」
普段の満腹感とは違うと思います。私はなった事ありませんけど、体験談によると……お腹を内側から抉じ開けられそうな痛みが襲うとの事です。
「結構食ってたよな」
「……」
シーアさんなら大丈夫だろうとは思ってますけど、アリスさんに薬を準備してもらっていた方が良いかもしれません。
調理前の乾物をぽりぽりと食べたのは、初めてなのではないでしょうか。冷蔵庫を魔法で作り出せる世界なので、生鮮物も四,五日くらいは保ちます。シーアさんは上流家庭に所属しています。乾物をそのまま食べるという経験がなかったはずです。
「サボリさン、”風”代わりまス」
「あ? あぁ」
魔法を使って、お腹を空かせる作戦のようです。ただの運動よりずっと疲れて、エネルギーを使いますからね。
「せっかくお店見つけても、今のままだと余り? 食べられないだろうし」
「人並み以上に食べる事は出来ないと思います」
今の状態でも、私より食べます。
「つぅか。食う量増えてねぇか」
「成長期ですシ」
「この調子で食べていくと、レイメイさんくらいの身長になるのかな」
食べる量と身長には何の因果関係もありません。でも、シーアさんは大きくなりそうです。
「サボリさんより大きくなりますヨ」
「……」
レイメイさんが想像しています。高身長のシーアさんはカッコ良さそうですね。
「女王は、お前ぇがでかくなるのを望んでねぇんじゃねぇか」
エルさんが、シーアさんの成長を喜ばないなんて事はないと思いますけど。というより、心配するのはそこなんですね。
「おやおヤ。負けるのが怖いんですカ? リツカお姉さんお墨付きのビビリさンには、成長した私が恐ろしいみたいですネ」
「いや、今みてぇに頭撫でたりとかよ。膝の上に乗っけたりできねぇだろ」
説明の必要があったとはいえ、レイメイさんからそんな事を言われると何というか、数歩下がってしまいます。
アリスさんの手を引いて下がろうとしたのですけど、アリスさんも同時に私と下がろうとしたのか、大した力を必要とせずに下がれました。もちろん、シーアさんは私達の後ろに隠れるくらい下がってます。
「気持ち悪いでス」
「女王がだよ。俺じゃねぇ」
「……」
「……」
「お前等も何か言えよ。何だその目」
エルさんなら、シーアさんにそうしたいって思っていると思います。それが出来なくなる、高身長のシーアさんに寂しい表情を見せることもあるでしょう。でもそれは、成長を喜ぶ複雑な親心ではないでしょうか。きっと最終的には喜びますよ。
「その時は、シーアさんがエルさんを乗せたら良いんじゃないかな」
「エ」
「そうですね。きっと喜びますよ」
「……そうでしょうカ」
シーアさんが満更でもない表情で、か細い声でもじもじしています。
「シーアさんからしてもらう事全部、エルさんなら喜びそうだけどね」
「私もそう思います」
「悪戯もでしょうカ」
「んー……程度によりけり?」
「やりすぎなければ、じゃれ合いってだけです」
レイメイさんの疑問も分からないでもありませんけど、レイメイさんは無視しておきます。身長の差程度で揺らぐ絆な訳ないのです。余計なお世話、ですね。
「サボリさん以上に大きくなるとは言いましたけド」
何故か私達を見ながら、シーアさんが残念そうにしています。
「私も大きくならないのでしょうカ」
「個人差はあるだろうけど」
十二歳という年齢を考えると、シーアさんは少し低い気がします。カルラさんも小柄でしたね。リタさんやラヘルさん、ロミーさんは順当に成長したって感じです。ロミーさんはスタイル良かったので、この世界の女性が低身長って訳ではないです。
「私の成長は、止まってるかも」
「……私も、止まってますね」
(巫女さんは大きくなっている気がするんですけど、サボリさんが居る所ですし、触れないようにしましょう)
筋肉も一向につきません。気候等の環境面が大きく作用して成長なんてことも……。これはずっと引き摺りますね。胸の差で、アリスさんより幼く小さく見えるのです。アリスさんに似合う王子様になるには、少しでも高くなりたいのですけど……。
「私がリツカお姉さん達と同じ身長で止まってしまったラ、ずっと子ども扱いされそうでス」
「結構子ども扱いされないよ?」
最初アリスさんに会った時、私より二つ上くらいって思ってしまったくらいですし。
「コイツは今が真盛だろ」
「また失礼な事を……。シーアさんに蹴られますよ」
「自分でもそう思ってますシ、無視して良いでス」
蹴られると思って構えていたレイメイさんですけど、見事に空かされました。滑稽さすら感じさせる程です。成程……こういった弄りパターンもあるのですね。受け流し?
「今のまま身長だけ伸びる感じじゃないかト」
茶目っ気のあるお姉さんといった感じになるのでしょうか。細身なのに大食いというギャップもあります。
「どんな大人になりたいとかある?」
「お姉ちゃんみたいになりたいですけド、サボリさんみたいにならないなら特にないでス」
「無視するか貶すかどっちかにしろ」
「じゃあとことん貶す方向デ」
「根に持ってんじゃねぇか」
今が真盛と言われた事、気にしていたみたいです。人間は諦めなければ成長出来ます。今が最高潮と言われるのは良い気分ではないでしょう。特にレイメイさんの言葉には、嘲笑が含まれていましたからね……。
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