『ズーガン』巫女のいらない町②
「……リッ」
「お待たせしましタ」
「おかえり」
「おかえり、なさい」
アリスさんが少し落ち込んでいたような……。ほんの一瞬でしたけど、間違いありません。
「シーアさん。少し、お風呂に入って良いですか?」
「構いませんヨ。サボリさんが戻ってきたらすぐ出発で良いですよネ」
「はい。お願いします」
聞こうと思いましたけど、次の行動に移ってしまいました。問題、なかったのでしょうか……。
「何かあったんでス?」
「教祖の部屋に忍び込んだ際、クローゼットに隠れる必要がありまして」
「成程。匂いが移りましたカ」
「はい。リッカさまの苦手な匂いみたいですから」
「分かりましタ。でも――」
アリスさんの、いつも通りの姿です。とりあえず今は、お風呂を済ませましょう。シーアさんが何故か私を見てニヤリとしているのも、気になりますから。
「”拒絶”でちょちょいのちょいではないでしょうカ」
「……」
アリスさんが頬を赤らめ、俯いてしまいました。私もちょっと、熱くなってきます。私も”拒絶”で良いと思いはしました。私には全く関係の無い、教祖の匂いなんです。私ではないのでアリスさんも拒絶出来ます。でも私は、何も言いませんでした。
「どうしてでス?」
シーアさんは分かってて聞いています。カルラさんと出会ってからでしょうか。再びシーアさんの悪戯が復活したのは。それは、嬉しいとは思います。シーアさんに負担をかけすぎて、悪戯をする暇すら与えられなかったのだと思っていましたから。でも、やっぱり恥ずかしいものですね。
「……リッカさまと入りたいからです」
「ア、アリスさん……!?」
まさか、単刀直入に言うなんて……。少し身体が熱くなるくらいだった私の羞恥が、頂点に……。
(素直に言われるのが一番対応し辛いです。でも、それは今までの私です。今こそお姉ちゃん、エリスさん、カルラさんの領域へ!)
いつもならそこで話を終えていたシーアさん。でもやはり、カルラさんから何か影響を受けたのでしょう。終わりませんでした。
「防音は余り出来ていないのデ、気をつけて下さいネ」
「ふぇ……!?」
アリスさんの真っ赤な顔が、更に赤く。湯気が出そうです。音を、気をつけるんですか? 水の音以外はしませんけど……。会話はもちろんあるので、どこに敵が居るか分からないという事でしょうか。でも……それなら私はいつも気をつけているので、シーアさんがわざわざ言うような事はしませんね。
「えっと」
「意味はですネ」
「ま、っままま待って下さい!」
(そろそろ止めておきましょウ。ご飯抜きなんて困りまス)
「サボリさんが食材を運んでくるのデ、それだけは本当に気をつけて下さいヨ」
「……はい」
えっと……シーアさんの、勝ち? でしょうか。レイメイさんがすぐそこまで戻ってきていますし、今のアリスさんを独占する為に浴室へ急ぎましょう。こんなにしおらしいアリスさん、私以外に見せたくありません。
そのアリスさんを呼び起こしたのがシーアさんというのが、私の心を少しだけ嫉妬に染めます。悪戯でシーアさんには勝てないので……仕方ないのですけどね……? アリスさんの全て、私の手で導きたい。そんな黒い独占欲に蓋をするように……私は浴室の扉をパタンと閉じました。
「大丈夫?」
「は……ひゃい……」
私を強く意識しているような……? それは、いつもそうなのですけど……今回の意識といつもの意識。どこか、違います。
「今更かもしれないけど……何か、落ち込んでたみたいだけど」
意識している事と落ち込んでいる事、どちらも気になりますけど……アリスさんが落ち込むのは、嫌です。
「リッカさまを、花屋に連れて行きたかったのですけど……間に合いませんでした……」
アリスさんは、私の為に……。
「私が覚えていれば、少しでも時間が取れたのですけど……」
アリスさんに心労をかけまいと誓った矢先に、アリスさんを落ち込ませてしまいました。
「私の我侭だったから、花屋は良いんだ」
「し、しかし……リッカさま、あんなに楽しみにして……」
花屋は久しぶりですから、確かに楽しみではありました。でも、それはやっぱり、アリスさんと楽しく見たいっていう感じなのです。
「それに、私はこの世界で一番のお花を毎日見てるから」
「え……?」
少し、詩的すぎたでしょうか。頬が熱くなってしまいます。
「ここに、居るよ」
花を愛でるように、耳を撫で、首に触れ、香りを嗅ぐ為にアリスさんの頭に顔を近づけます。
「花屋は、気になってただけだから」
どんな花があるか気になっただけです。道端で見つけられるかもしれないのです。花屋がノイスだけと決まった訳でもありませんし、そんな些細な事でアリスさんに落ち込んで欲しくありません。
私にとっての一輪花。唯一無二の大切なお花。アリスさんの笑顔が花咲けば、そこが私にとってのお花屋さんです。
「やっぱり……防音に力を入れないと……」
「うん?」
「い、いえ。何でも、ありません」
アリスさんが私にすっと近寄り、頬擦りします。もっと、撫でて欲しいと懇願するかのようです。
「リッカさまの花が私ならば……やはりリッカさまは、私の太陽です」
植物は……日光が無ければ育ちません。
「私を、照らし続けてください……」
「うん。アリスさんだけの、太陽」
移動まで時間があります。もう少し、このまま居られそうです。隙を見つけて、アリスさんとの一時を過ごす。私にとってこの時間の方がずっと……大切です。
リツカお姉さんに抱き締められて、巫女さんの顔が見えなくなりました。リツカお姉さんの可愛らしい独占欲です。
浴室の鍵を確認して、サボリさんが食材を運び入れる準備を始めるとしましょう。
(巫女さんに勝てました。よくて引き分けが最高戦績だっただけに嬉しいですね。あれ以上やれば食事に関わるので踏み込めませんでしたけど、それくらいが丁度良いです)
リツカお姉さんには伝わらなかったので、運もありました。巫女さんとリツカお姉さんはお互いを援護しあうので難しいんです。リツカお姉さんが集中している時か、知らない時でないと。
(まァ、それすら難しいんですけどネ。巫女さんの事となるとアルツィア様も吃驚の反応ですから)
「あいつ等は」
いつの間に甲板に上がっていたのでしょう。サボリさんが帰っていました。鍵を先にかけておいて良かったです。船室に入られてからでは遅かったので。
「お風呂でス」
「またかよ……」
「女性の身嗜みでス」
またかよ、という程入ってる訳じゃありませんし。時間に余裕がある時に必要だから入るってだけじゃないですか。
「教祖の部屋に忍び込んだ際、教祖の香水の匂いが移ったそうでス」
「忍び込む……?」
「まァ、気にしてはいけませんヨ」
理由があっても犯罪ですけど、所謂調査の一環という奴です。お二人がそういった行動を取ったと言う事は、完全に詐欺集団みたいですしね。
「匂いくれぇ良いだろ」
「忍び込んだってバレるじゃないですカ。これから張本人に会いに行くんですヨ」
匂いって結構分かります。教祖が普段から使っている香水でしょうけど、それが他人から匂ってきたら、勘の良い人なら気付きます。結構切れ者みたいですし、注意した方が良いでしょう。あくまで、偶々という体で行きます。
「食材を運びますかラ、サボリさんは出発してくださイ。ここでス」
乾燥しているからでしょうか。量の割には軽く、幅を取りませんね。この、大根のチップスなんてそのまま食べられそうです。
「あぁ」
「間違えないようにしてくださいヨ。方向を間違えるト、そのまま東へ出ますからネ」
「今まで誰が舵を握ってきたと思ってやがる」
「リツカお姉さんのドジと違っテ、サボリさんのやらかしは致命的なのが多いんですヨ」
お風呂場からくしゅんっと、微かにくしゃみが聞こえました。ただの寒気と思ってくれれば良いのですけど、リツカお姉さんの噂センサーも優秀ですからね。そ知らぬ顔で居ないと。
「むぐ。とにかく、早く行って下さイ」
「あぁ……って、何食って」
「でハ、後はお願いしまス」
思った通り、大根チップスおいしいです。甘い? 砂糖の甘さじゃないです。リツカお姉さんに後で聞いてみましょう。