『ズーガン』巫女のいらない町
「ズーガンですカ。最近出来たんでしょうネ」
「ノイス周辺は全部そうなのかな」
「ですネ。たダ、クロードのお馬鹿が報告を怠っていたようなのデ、数年前からある町もあるみたいですけド」
北を任された、共和国から派遣されたクロードですけど……仕事を一切せずに贅の限りを尽くしていたようです。それは……住民から嫌われて当然ですね。
「ズーガンの他は、フェルトにボフ、ミュルハデアル、グラハですね」
「困りましたネ。予定よりずっと多いでス」
「”巫女”としてやれる事も少なくなってきたし、私が余計な事さえしなければ然程時間はかからないだろうけど」
ここで問題になるのが、教祖の部屋から持ってきた地図でしょうか。シーアさんが書き込んだ地図と合わせると、先ほどアリスさんが上げた町にもしっかりマークがついています。
「ズーガンは二重の丸ですか」
「エセフぁだけは星印?」
「オルデクとメルクはペケ印ですけド、トゥリアは二重の丸ですネ。ゾォリは三角でス」
「ノイスはただの丸で、エアラゲとキールは三角」
今まで行った所や次の目的地から見えてくるもの、ですか。フぇルト、ボフ、ミゅルハデアル、グラハは丸と三角で半々です。
「教祖の部屋にあったから、まさかとは思ってたけど」
「信仰の度合いですね」
「度合いですカ」
「二重丸が最も信仰心の高い町で、バツ印が信仰を得られなかった町として考えると、しっくりきます」
トぅリアの二重丸と、オルデク、メルクのペケ。これだけでも、脳裏に過ぎっていました。布教の成果が書かれているのだと。
「エセファの星は、ディモヌ……ツルカさんですね」
「そうだね」
「三角はどう見るべきでしょウ」
「途中なのか、押せばいけるって感じなのか、かな?」
「恐らく、そうだと思います。布教の途中、もしくは迷っている町なのでしょう」
キールは当然、”巫女”を信じていないでしょう。同様にデぃモヌも信じてはいません。でも、マリスタザリアに対する恐怖心を煽ればデぃモヌへと入信しそうです。
ゾぉリが三角なのは、私達を信じてくれている人が少なからず居たからです。それでも押されたら……。
「オルデクは無宗教って感じでしたネ」
「うん。今は違うと、思いたいけど」
出来れば、私達を信じて欲しいなって思います。……って、陣取りゲームじゃないんですから、張り合う必要はありません。私達への信心がなくても、私達の献身は変わらないのです。
「メルクは、ルイースヒぇンさんが居るからだね」
「”巫女”を排出した町ですから、ルイースヒぇンさんがあの調子であっても、他の宗教に靡く事はないでしょうね」
ルイースヒぇンさんに、元”巫女”としての振舞いを求めた町民達です。今更改宗なんてしないと、思います。
それにしても……。
「こうやって印をつけることに、意味はあるのかな」
「ディモヌ派は、自身の宗教が詐欺だと分かっています。そうなると、このマークが示すのは……」
「線引き、かな?」
「はい」
王都近郊はもはや、デぃモヌに染まる事はありません。そんな中に飛び込んでも、せっかく育て上げた宗教が潰される可能性があります。それを推し量るためのラインを測っているのかもしれません。
「線引きと考えるト、やはりオルデク、メルクが肝ですネ」
「うん。この二つが折れない限り、南下出来ない」
メルクは元”巫女”が居る。そしてオルデクは北部で最も人の出入りが激しい町です。ここを無視して南下は出来ません。オルデクで不信感が募れば、近場の儲け場であるオルデクで働いているエセフぁの住民も、疑問を持つかもしれません。
「デぃモヌが広まるにしても、北部ですね。実際オルデクより上でバツ印がある町がありません」
ただの宗教には必要ない分布図です。しかし、やっているのが詐欺なら必要でしょう。大事にせず、静かに侵食していくように幅を広げる。王都に知られる事なく、北部全体が侵食されていたかもしれません。
そうなった時、手遅れかもしれないのです。もしかしたら……宗教を理由に王国内が北部と南部で裂ける。最悪戦争です。
「そっか、クロードがこれを黙認、もしくは奨励してたのは……」
「王国の力を削ぐという目的もあったのかもしれません」
そして、裂けた王国北部を……共和国が吸収するという考えだったのでしょうか。それが元老院の考え? 考えすぎかもしれませんけど……兎に角。
「コルメンスさんに報告かな」
「その事なんですけどネ。やっぱり”伝言”は無理みたいデ、手紙でしか連絡が取れないみたいでス。落窪について警鐘を鳴らすついでに聞いてきましタ」
シーアさんはやはり、仕事が早いです。地図を埋めるついでに、必要な事をしてくれていたようです。
「手紙にこの事を書き加えますカ?」
「んー……憶測でしかないし、クロードは失脚してるから……」
「ディモヌ教祖も、戦争まで発展する事を望んでいないはずです。元老院への警戒強化と、ディモヌの詐欺行為についての報告に抑えるのが良いかと思います」
「うん。それと……デぃモヌについては、様子見って伝えて欲しいな。住民たちの心の支えになってるのは間違いないからね……」
「分かりましタ。投函してきますネ。次、いつ出せるか分からないですシ」
「うん」
シーアさんが船から飛び出し、手紙を出しに行きました。この世界の郵便ですか。やはり魔法なのでしょうか?
「”転移”を使っての郵便ですね。大きな街にある郵便局に送って、どんどん遠くへ飛ばしていきます。ここから王都まで、半日かからず到着するはずです」
仕分けをする時間を考えても、速達です。一日あれば王国のどこであっても届くという事らしいです。
「”伝言”は、伝言紙ないと出来ないもんね」
「はい。何より写真や書類、仕送りなども出来ますから」
「重くても大丈夫なんだ」
「別途料金がかかるそうですけど、最大で……この船の冷蔵庫内全部くらいならいけたはずです」
「凄い……。それが一日で……」
「ただし、料金は跳ね上がりますね。そこまで大掛かりになると、百万を越えるのではないでしょうか……」
値段の高さが、流通を滞らせているようです。この魔法郵便があっても新鮮なお魚が内陸部にまで来ないのは、そういったコスト面の問題が大きいのでしょう。毎回百万のお金を出して、新鮮なお魚を内陸部まで運んでも……元を取れません。元を取れるのがゾルゲという事ですね。
「郵便局も、儲けがいるもんね」
大きな街にいれば問題ありませんけど、そこから小さい町に運ぶとなったら、少し危険が付き纏います。多分そこにも、追加料金がかかるのでしょう。
「民営ですので、王都からの支援金も出ません……。この辺りの整備も進めば、もっと流通が捗るのでしょうけど」
「やらないといけない事が、多いからね。既に機能してる郵便よりも、道の整備とか安全確保とか……」
王国の現状を憂い、チラリと地図を見ました。すると、シーアさんの方に、名前のない町が一つ書かれていました。
「何だろう」
「名前の無い町、ですか」
場所にして、ノイスの北西約……百三十キロ程でしょうか。名前ありの町を回った後に、そこへ向かう事になりそうです。行った町で、他の町を地図に書き込めなかったら、ですけど。
「ぅ」
「リッカさま?」
自分の服を少し嗅いでみます。やはり……匂いが移っていました。いつもはアリスさんの香りを強く感じるのに……。
「お風呂に入りますか?」
「そう、だね。シーアさんが帰ってきたら、ちょっと時間貰おっか」
この後すぐに移動出来ます。少しくらい……あ。
(花屋、忘れてた)
もっと早くに、匂いで関連付けていれば……。視覚に寄り過ぎていました。花の楽しみ方は匂いもあるのに……不覚です。
とはいえ、時間がありません。教祖に地図の事を知られると、私たちの存在に気付くかもしれません。
ズーガンには郵便がないと思います。何かを報せたい信徒の一人が、教祖が伝言紙を忘れているからと地図を探していました。もし郵便があれば、郵便の方が安全で早いのに、です。だからズーガンに郵便はありません。すぐに情報が伝わる事はないです。でも、私達が出遅れたら……先を越されるかも。そうなった時、雲隠れなんてされたら話を聞けないのです。
(花屋は、諦めよう)
私の所為で時間がありません。これ以上我侭はなしです。