『ノイス』続・北部の大市⑩
「シーアさんはズーガンを知りませんでした。隠しているという北東の町はズーガンで間違いないようです」
「そうなると、私達が聞いても教えて貰えないよね……」
「そうなりますね……。教祖がそこへ出かけているのなら、尚更」
何とかしてズーガンには行っておきたいです。教祖の件もそうですけど、町自体に興味があります。教祖が出向いている事から、エセフぁやトぅリアと同程度の信仰を集めているはずです。ツルカさんなら何か知っていたかもしれませんけど……連絡手段なんてありません。
「教会の中になら地図があるかな?」
「教祖が布教活動する為の、移動用ですね。探してみましょう」
「うん。今なら裏口から入れそう」
少しばかり、手段を選んでいられません。忍び込みます。
「本日の行事を終了する」
丁度集会が終わったようです。あんなにお金が……。頭を抱えそうです。本人達は満足そうな顔をしていますけど、そのお金はどうやって稼いだんですか? ツルカさんの言葉からして、真っ当な稼ぎ方ではありません。体と心を犠牲にして稼いだ、魂のお金じゃないんですか……?
「教主様。メルクの元巫女についてですが……」
「どうした?」
ルイースヒぇンさん……?
「よろしいのですか……?」
「王都に近い場所では、まだまだ巫女が幅を効かせている様子。その所為でディモヌの威光が思うように届かないと……」
「元巫女は気にしなくて良い。隠居の精神病患者だ」
酷い言われようです。巫女になったが為に人生を狂わされたルイースヒぇンさんがまた、巫女というだけで狙われそうになっていたとは。デぃモヌとして排除する気はないようなので安心でしょうけど……。
しかし、この人達はどうやら……メルク付近から来たようです。どこからでしょう。デぃモヌの影なんてありませんでした。もしかして……東? メルクより東には行ってませんから、そちらの人かもしれません。
「巫女には関わらないように」
「はぁ……。分かりました……」
「ディモヌの教えが世界に浸透すれば、世界は平和になる。貴方達も布教に努めるように」
俗に言う、マルチ商法でしょうか。信徒自身が布教活動をするようです。
(リッカさま。そろそろ)
(うん。教祖の部屋は……奥かな)
私達に関わらないようにしているって話でしたけど、話くらいは出来ますよね。私達を貶めてデぃモヌという宗教を立ち上げた人です。お互い言いたい事はあるはずです。
教祖の部屋に……鍵はかかっていませんね。大事な物はないという事でしょう。この教会内に人は三人です。気をつけておきます。
部屋の中に隠れられる場所は、クローゼットくらいですね。窓から飛び出る事も出来そうです。
「教祖の部屋で間違いなさそう」
「物音に注意して探しましょう」
「礼拝堂に二人、この部屋の二つ左隣に一人だよ」
「分かりました」
地図ならば、文字が読めなくても問題ありません。私が本棚、アリスさんが机です。
「これ、エッボが持ってた本と一緒だ」
「夜影の国、ですか」
「こっちはちゃんと、順番通り」
「隠し扉がある様子はありませんね。名簿や帳簿が置かれています」
夜影の国、ですか。文字が読めるようになったら見てみましょう。アリスさんは合わなかったそうです。幼少の頃に殺人を経験し、人を数字で表す主人公。全十五巻。小説としては長い方です。今は……関係ないですね。
「ん。こっちに気配が向かってる」
真っ直ぐこっちに来ています。新しい気配ではないので、教祖ではありません。
「窓から――」
「こちらです」
アリスさんに手を引かれて、クローゼットに入りました。牧師の服のような、黒を基調としたローブのような服が並んでいます。当然ですけど、司祭イぇルクとは違う服です。デぃモヌ用に作ったのでしょう。
「ここに……?」
「…………時間が、ありません。入りましょう」
少し長く躊躇したアリスさんに腕を引かれ、中に入ります。洗濯はしてるのでしょうけど、良い匂いはしません。香水、ですよね。嫌いな匂いです。
「外から見ると大きかったけど……」
「少し、狭いですね」
お風呂に入った時やベッドに入った時、アリスさんとこれくらい密着しています。全身包み込まれたような感覚です。でも、こういった場所での密着は別物ですね。フロンさんの楽屋以来ですか。
男性の香水って、女性のとは違うんですね。何と言うか……油っこい?
デぃモヌ教祖の香水は鼻を突きますけど……アリスさんが私の胸付近に頬擦りしています。背中を撫でられています。私の足の間に入ったアリスさんの体がもぞりと動き、きゅっと力が込められています。
「まさか伝言紙をお忘れになるとは……人にはあれ程口煩い癖に……」
外から愚痴が聞こえます。どうやら、教祖は伝言紙を忘れたようです。そしてそれを届けるつもりみたいです。これは、チャンスです。
(アリスさん)
(名残惜しいですけど……)
私も名残惜しいです。もっとアリスさんに、私を預けたい。でも、地図を手に入れるチャンスです。
「確かここに……これだ」
(今……!)
カサカサと紙を扱う音が聞こえています。伝言紙よりも硬く大きい紙です。
「何だ……?」
クローゼットを開け放ち、男の注意を向けます。こちらに近づいてきたら、一撃で昏倒させましょう。気付かれず、迅速に。地図を奪ったら離れます。
「誰か居るのか……? まさか巫女……」
思ったより勘が鋭い……。
「巫女が忍び込む訳ないか。こそ泥か」
(……)
(……)
巫女は確かに清廉潔白であるべきなのでしょう。でも、私達も人間ですし、目的の為に無茶をする必要だってあります。……所詮言い訳ですね。
「……」
「――っ!!」
「へ? グッ……」
飛び出し、当身で意識を刈り取ります。
(少し見られたけど、誤魔化せるかな)
「地図はありました。”転写”してすぐに離れましょう」
「うん」
手荒な真似をしてしまいましたけど、詐欺集団に同情は出来ません。
「シーアさんのと合わせて、この周辺は網羅出来そうかな」
「一度シーアさんと合流しますか?」
「そうだね。妙なマークも気になるし」
地図に書かれているいくつかのマークは一体なんでしょう。チェックマークと丸、三角に星……。考えるのはシーアさんと合流してからですね。教会から離れるのが先です。
「伝言紙を持ってないっていうのは良い情報だったね」
「地図の紛失を、教祖がすぐに知る事はなさそうです。用意が出来次第ズーガンへ向かいましょう」
「うん。町の様子見と教祖の話を聞きに行こう」
教会の窓から飛び出し、シーアさんとの合流地点に向かいます。私達待ちのようです。レイメイさんの買い物は終わったのでしょうか。もう少し時間がかかると見込んでいたのですけどね……。シーアさんが手伝ったとしても早いです。必要な物は昨日買えたので、乾物等の保存出来る物を頼んだのですけど……まさか、ですよね。
「……」
「半分といったところでしょうか」
「あ? 一月は保つはずだが」
船に戻った私達の前に、買い足した食材が並んでいます。栄養バランスが少し悪いですね。どうしてお肉ばかりなのでしょう。
「昨日購入出来た物の中に、乾燥させたお野菜がありませんでしたか?」
「お湯で戻せる奴だね。少し買い足そうか」
ドライベジタブルという奴でしょうか。栄養や味が凝縮されて美味しいと聞きます。新鮮な、シャキシャキとしたお野菜も好きですけど……生鮮野菜は日持ちしません。
「サボリさん行って来て下さイ」
「お前ぇもこれで良いつったじゃねぇか……」
「この船の台所事情は巫女さんにお任せしてるんですかラ、巫女さんが足りないといえばその通りにするんでス。栄養失調なんて陥った日には眼も当てられませン」
「お前が、栄養失調?」
「……」
シーアさんが無言でノーモーションで蹴りを入れました。凄いですね。私でも掠ってしまいそうな見事な動きでした。
「本当の事だろうが……」
「本音で言えば失礼にならないとでも思ってるんでス?」
私も、シーアさんは栄養失調にはならないだろうなぁって思いました。レイメイさんと違って、大食いどうこうではなく食べる物の栄養バランスの観点からです。
「私達は地図を確認しますかラ、その間に買ってきてくださイ」
「何が要る」
「お店に並んでいる物を端から端まで一種ずつ、十日を目安にお願いします」
「あぁ」
栄養が偏ってはいけませんから、全種買います。さて……地図を確認していましょう。王都製の地図より町や村が多いようです。見逃さないように注意します。