『ノイス』続・北部の大市⑨
思考の渦に邪魔をされてしまったり、色々ありましたけど……漸く、家具を船に運び入れました。
「偽装工作し忘れたから、蛇行しながら聞き込みしよっか」
「はい。最終地点である真北へ行きましょう」
聞き込みをしながら、北に一直線ではなく蛇行しながら向かいます。家具屋さんに迷惑はかけることは出来ません。恩赦を免除されるだけならまだしも、村八分なんてあってはありません。
「……」
「どうしたの?」
アリスさんが、少し残念そうにしています。
「いえ…………行きましょう」
「うん……?」
疑問より、行動です。アリスさんは何か心残りがあるようですけど、私は私の行動を止めません。アリスさんも……躊躇う私を見たくないはずです。
本当は先程の衝動のままに、アリスさんとの一時を過ごしたかったのですけど……今ではありません。今日の行程が終わった後であれば、いくらでも時間を作れます。
デぃモヌに関して調べているのを知られたのでしょう。先程より視線が減りました。目を合わせようとしてくれません。一応、声をかけてみます。
「すみません」
「さ……さて、今日の仕入れに……」
暇そうに店番をしている人に声をかけたのですけど、逃げるように離れていきました。
「すみません」
「……」
今度は無視されてしまいました。
一体、どれ程の恩赦なのでしょう。お礼に、あんなに大量の食材や家具をくれようとしていた方達です。お金の問題ではないというのでしょうか。市場の人達全員のお礼だったとしても、教会からの恩赦程度で……ここまで露骨な口封じをされるとは思えません。根本が間違っていたのでしょうか。
「お金じゃないのかな」
「防衛費を全額負担……いえ、もし負担だけでなく、全てを牛耳っていたとしたらどうでしょう」
「全て……守るのも見捨てるのも自由、って事かな」
「皆さんの少量の恐怖心は、そういった理由があるのかもしれません」
全ての住民にお金を渡すより、ずっと効果的ですね。マリスタザリアに対する問題は、どこでも同じです。
「詐欺でお金を集めてまで、マリスタザリアから人々を守る力を整えているって事なら……話を聞くだけにしようと思ってたんだけど」
「良い人とは、私には思えません」
「だよね……」
善悪抜きに、傭兵ビジネスと思えば良いのでしょう。実際に救われる命は多いのです。私達にある選択肢は……このまま目を瞑るか、改善を要求するかです。
目を瞑るのが一番楽です。それに……改善要求をして、変わるか分からないのです。変わらないだけならまだしも、悪化するかもしれません。私達に教会を教えてしまったとバレた場合、連帯責任となるかもしれません。再度防衛してもらう為に、何を要求されるか……。
「難しいなぁ……」
ただ、詐欺を止めてもらいたかっただけなのですけど……。こんな時頭を空っぽにして、自分の想うままに行動出来たら……。でも、考えなしのお馬鹿にはなりたくありません。想いと現実の狭間。そこにあるはずの僅かな光明を掴み取るのは、難しいです。
「ここで考えても、答えは出ません。外から様子を窺ってみましょう」
躊躇を思いっきりしている私に、アリスさんが手を差し伸べてくれます。
「今までが上手く行き過ぎていましたからね……気を引き締めましょう」
勇気付けられ、前に進むきっかけをくれます。
「予定通り、早速調査開始ですっ」
「――うんっ」
教祖の人となりを知ってから考えても遅くないです。アリスさんがくれたチャンスを無駄にしないために、全力で調べます。
気配を隠し、教会を見張ります。ここに向かう途中、船に乗った数十人の集団を確認しています。きっと信徒です。同じ服を着ていました。
「今日は、礼拝ってところかな」
「教会の中に教祖が見当たりません。それに……礼拝ならば、ツルカさんの方に行くはずです」
「そうなると……嫌な感じだね。集金か、変な壺の販売か」
先入観を持ちたくありませんけど、礼拝ならばツルカさんの方に行くというアリスさんの言葉は正しいです。教祖らしき人も居ませんし、ここに来た理由は別でしょう。
「ここは、良い時期であったと思いましょう」
「うん。観察してみよっか」
どういった意図での販売なのか、それが分かるかもしれません。余りにも悪質なら、止めた方が……。でも、それが支えとなってしまっていたら……? それを判断するための、観察です。
「会話を聞く事は出来ますか?」
「”強化”すれば、聞こえるはずだよ」
すぐさま行動に移し、”強化”します。耳を済ませると、先ず始めに隣にいるアリスさんの呼吸音と鼓動が……って、違います。この音に集中しだしたら抜け出せません。すぐに教会内に意識を向けます。
「どうですか?」
「ひゃうっ」
「も、申し訳ございません……」
意識をアリスさんから教会内に向ける、ほんの一瞬。そこで、アリスさんの声が私の耳を撫でる様に叩きました。思わず声が出てしまうくらい、私の体の中に電気が走ったような……。
「だ、大丈夫」
「はい……」
「っと……会話、聞こえてきたよ」
アリスさんの手を握って、教会内の会話を復唱します。
「本日は……布教活動費の為に、お布施を願いたい」
信徒達の反応は従順です。すぐにでもお布施が始まるでしょう。
「教祖様は、本日はどちらに」
信徒の一人が、教祖の所在を気にしています。
「ズーガンに、出向いている」
「ズーガン……町の名でしょうか」
「そうみたい。そこに居るみたいだから、教祖の事を伏せて場所を聞いてみよう」
「はい」
問い正す機会は、まだ失われていません。
「お布施の値段……って、値段設定あるの……?」
教祖の代理人が、お布施の等級のようなものを話し始めました。特典が違うとかなんとか。完全に詐欺宗教ですね。
「最低十万、上限なし」
「……特典は何でしょう。傭兵代が必要なくなるとかでしょうか」
「傭兵代三割引きだって。五十万払って」
「免除にならないのですか……」
「ならないみたい。三割で打ち止め」
ノイスは補助金があるけど、他の町は……。魔法の効果を高める訓練所とか、必要ですね。自衛出来る位に魔法を高めなければ、このビジネスを止める手段がありません。
「やっぱり、値段だけでも下げさせないと……」
「その為にはやはり、教祖に会う必要があります。ズーガンという町について情報を集めましょう。まずはシーアさん達に一度連絡して、書き込んだ地図にあるかどうかの確認をします」
「うん。私はもう少し教会内の会話を聞いておくよ」
「はい」
お布施の次は、デぃモヌグッズの販売みたいです。ツルカさんを模した人形にコップ、水晶……良く分からない造形をした壺。七万……? え、買うの? ツルカさんの人形は確かに良く出来ています。デフォルメされているので、マスコットのようです。角がキャラクター性を上げているのでしょう。
(あぁ、そんなに払って……)
止める……? いえ、ここで動いてしまうと……ズーガンについて聞けなくなります。でも、その為に……身銭を切っている人達を見過ごすの、は――。
「――」
「――! ――」
止めようと思っていた私の方が、止まってしまいます。今教会内に居る人達の、何て必死な表情……。心の支えになっているようです。取り上げても、私達が護衛をしてやれる訳ではありません。私達が止めてしまう事で、今居る信徒達の町に……傭兵を派遣しなくなるかもしれません。
(はぁ……やっぱり、何も出来そうにないなぁ)
駄目なの、私は分かってたんじゃないでしょうか。レイメイさんやシーアさんの言うとおり、私達に出来る事はどんどん少なくなっています。今までだって、コルメンスさん達の助けがあってやっと、対応出来ていたのです。
(諦めたくはない……でも……)
隣で”伝言”をしているアリスさんを見ます。
(これ以上アリスさんの心労を増やせない)
やれる事をやって駄目なら、潔く諦めましょう。私も……大人に、ならないといけません。