二人の王国生活③
武器屋の扉をくぐると屈強な男の人たちが居ました。
魔法がある世界であっても武器は必要です。魔法は確かに強力で便利ですけれど、戦いにおいては手数が物を言います。
想い、言葉を発し、発動。この一連の流れが、一瞬を争う戦いでは不利であり、一人で戦う者たちは近接武器の必要に否応なく気づきます。
近接の中に魔法を織り交ぜる。これがこの世界での戦いの基本であり、剣を扱うことができる人たちは皆、剣や槍、斧を持つ……はずなのです。
そんな、筋力が必要な武器。それを扱う店に、その場に居る男たちの影に完全に隠れてしまいそうな女の子が入ってくれば、それはもう――目立ちます。
「お嬢ちゃん、ここに花は売ってないぞ」
店員には見えない、腰には私の剣より二周りは大きい剣を携えた男が私に声をかけてきます。
私に花は似合わないでしょう。好きですけどね? それはもう大好きなお花です。花屋があるのなら、そちらに行きたいくらいです。
「知っています」
そっけなく私は応えます。そんな大剣を腰に差している割には、随分と綺麗な鞘と柄ではありませんか。私より掌が柔らかいのでは?
この後アリスさんと生鮮市場にいくんですから、手早く私の用事は済ませます。明からに馬鹿にされましたけれど、言い合いをする程子供ではありません。
このお店を見た限り、刀に似たようなものはありません。私の中に微かに焦りが生まれてしまいます。
(やっぱり、神さまの言ったとおり……。どうしよう)
王国の大通り、そこに構えられるほどの店です。ここになければ、恐らくもう……。
(作ってもらうしか、ないのかなぁ)
私は回りの大男達の視線を無視して、思案します。
「どうです? リッカさま。ありましたか?」
この鉄と汗の暴力渦巻く男の場に、一陣の突風が吹き荒れるかのごとく空気が、花畑へと一変します。
店内の不穏な空気が霧散した気がしました。
「ダメだね。やっぱり作ってもらうしかないみたい」
アリスさんに事情を説明して、もう少し待ってもらうようにお願いします。
「ちょっと、店主さんに聞いてみるね」
店の奥で怪訝な顔をしている店主さんに話しかけます。
「ごめんください。少しお願いがあるんですけど」
先ほどの男と違って、客とは認識してくれているのか、一応話しは聞いてくれます。
この際、日本刀じゃなくてもいいので、神さまが用意してくれた木刀に似せた武器を。その形さえあれば、なんとか作ってもらえるかもしれません。
「この木刀……木剣のような形の剣ないですか」
店主に見せるようにして差し出します。店主は初めて見る形の木剣に興味をもっているようでしたが、すぐに首を横に振りました。
「ないね。見たことすらない」
恐らく、作ろうとすら思ってないのでしょう。興味をなくしたようです。
「作って欲しいとお願いしたら、やっていただけますか?」
それでも聞きます。必要なのです。
「そこらへんの剣でいいじゃないか。何よりその腰の剣、かなりのモノだ。なんで欲しがる?」
「叩き潰すための剣じゃなくて、斬る為の剣がほしいんです」
ご尤もです。でも必要なのです。
これはオルテさんもそうでしたけれど、この世界の人は剣を強化して、耐久も切れ味も上げた状態で使います。
そして、剣を振るうのは屈強な男が主。オルテさんと何度か切り結びましたけれど、技術はありませんでした。筋力と魔法に任せて、無理やり斬っています。
技術がなくとも、人体であれば豆腐を切るような代物です。それを振り回せるだけで、人にとっては脅威なのです。
でも、私にはそうするだけの元の筋力がなさすぎます。ただの”強化”では、長期戦になってしまうのです。最初の様な爆発力がなければ、体への負担が大きすぎます。
その証拠にあの時、二戦目の際……敵はまだ息がありました。アレだけの深手をおわせたにも関わらず、です。
欲しいのは、この木刀を柄にした、刀。オルイグナス、全力発動の”強化”で斬る。反撃を許さないように、一撃で仕留めるための斬れる武器が欲しいんです。
「あぁん? うちの剣じゃ斬れないってか?」
その剣で斬る事が出来ているのは、魔法のお陰です。魔法なしでのこの世界の剣では、かすり傷しかつけれないほど切れ味は悪いのです。正直、目の端に見えている包丁を持った方が良いかもしれません。
(価値観の差もあるだろうけど、私みたいな女の子が戦うのもありえないよね)
「いえ、ありがとうございました」
私は頭を下げ、その場を離れます。最初はお客として見て貰えていましたけれど、もうお話を聞いて貰えそうにありません。
私は、腰の剣を見ます。
(この剣を研いだらいける……?)
いえ、無理でしょう。なにより私は素人、刃が薄くなるだけで終わるかもしれません。元の剣が持つ強度すら失っては、いよいよ手詰まりになってしまいます。
店を後にする私たちの後ろ姿を、眺める男がいましたけれど――私は、気づかない振りをして店を後にしました。これでも結構、焦っているのです。
「ごめんね、アリスさん。時間無駄にしちゃった」
収穫はありませんでしたけれど、鍛冶屋では無理なのがわかりました。あの包丁だけは別物だったような気がします。あれを作った人に接触出来ないでしょうか……。
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「じゃあ、生鮮市場のほうにいこうか」
アリスさんのはにかむ顔を見ながら、私は提案します。
「はいっ!」
アリスさんの笑顔が花咲きました。何とか、早く……斬れる武器が必要です。この笑顔を守るには、それしかありません。
「待てよ、嬢ちゃん」
私に花屋じゃないと言った男が声をかけてきました。この人が見てたのかな? 鋭さが違いますけれど……。
「俺たちの剣がきれねぇとか訳のわからんこと言いやがって」
どうやら、私の一言が波乱を呼んでしまったようです。私みたいな小娘が好き勝手言えば、そうなりますよね。
焦りすぎて、言葉を端折りすぎました。ごめんなさい。
「ごめんなさい。その剣で人なら問題なく斬れるでしょうけど。私は人を斬る為に、武器を求めているわけではないのです」
こう言いたかったのです。
「あぁ? 人じゃないなら何斬るってんだ」
アリスさんを見て、言ってもいいのか確認します。頷いたので、説明します。
「マリスタザリア、動物の化け物たちです」
「あの化け物でも斬れるだろうが!」
私の目的は殺人ではありません。今までのままならこの剣でもよかったでしょうけど。
「あなた達のように屈強な人なら問題ないでしょうし、一、二体くらいまでなら私でも斬れます。でも私たちはこれから、一、二体じゃ済まない戦いをすることになるので、より斬れる武器がいるのです」
男の剣幕に周囲が何事かと止まり始めました。こんな往来で喧嘩なんて、したくありません。ただでさえ私は悪目立ちして――。
「お前みたいな、嬢ちゃんに何ができるってんだよ」
この場を丸く治める為に謝り倒そうかと思っていた矢先、明らかに嘲笑を含んだ声音で私を挑発してきました。
たしかに、ただの小娘ですけれど…………私は、遊びで剣をとったわけではないのです。だから――と、言い返そうと思ったとき、私の前にアリスさんが立ちました。
「この方は、私と同じく”巫女”として、我らが神、アルツィア様より”お役目”を賜った、私の大切なパートナーです。これ以上この方を侮辱するのは、私が許しません」
静かな怒りを露にアリスさんが、男を睨み付けます。周囲がどよめき、男に非難の視線が刺さりました。
「近々、陛下より私たちが遣わされた理由が発表されます。どうぞご確認くださいませ」
アリスさんの言葉で、その場は収まりました。
「……ごめん、アリスさん。ちょっと、頭に血が上ってたよ」
あのままだと、きっと喧嘩に発展していたでしょう。私はそのつもりで言い返す気で居ました。
「私も、怒っていました」
アリスさんが俯いています。
「私は、我慢できなかったのです」
俯いています、けれど……その瞳には、怒りが見えます。
「私は知っています。リッカさまが……っ私のために、私達のために剣をとってくれたこと、更に力をつけようとしていることを」
アリスさんの顔に影がおちます。
「それを、あのように……知ろうともせず否定するかのような言動に、我慢できなかったのです」
私のために、アリスさんが怒ってくれました。私はそれだけで……。
「アリスさん」
私は立ち止まって、アリスさんに声をかけます。
「アリスさんが、知っていてくれるから……それだけで、頑張れるよ」
笑顔で言おう。アリスさんを怒らせたのは、紛れも無く私です。
「だから、私を見ていて? 強くなるから」
もう、アリスさんにこんな顔はさせません。私は成長しなければいけません。子供のままでは、ダメです。
「――はい。私も強く」
二人で、強くなっていこう。
「それにしても、リッカさまはその……」
言いたいことはわかりますよ。アリスさん。
「いやぁ、私から、暴力を振るったことはないんだよ……?」
人助け以外で、吹っかけたこともありません。ただ、今回は……。私は――。
「うぅ……ごめんなさい。以後気をつけます」
肩を落として謝ります。
「いえ、私も怒ってしまったのですから……」
アリスさんがあんな風に怒るとは思ってませんでした。
「アリスさんも、怒ったりするの?」
「いえ、他人に怒りをぶつけたのは、初めてです……。アルツィアさまとお父様には、何度か怒りましたが」
今回が特別のようです。ゲルハルトさまに怒ったのは、私も見ましたね。それにしても……一体何をしたの、神さま。帰ったら話すまで離さない。
「本当に、我慢できないほど……怒ってしまったのです」
アリスさんも肩を落としてしまいます。
あの男性には悪いですけれど、あんなに挑発してくるようなことだったのでしょうか。私には、過剰な反応だったように思えます。
「……じゃあ、おあいこ。だね」
「……はい、おあいこ。です」
小さく、ふふ、と笑いあい。先ほどまでの空気はどこかへ行ってしまいました。
「生鮮市場いこっか」
「はい、いきましょう」
そろそろ行かないと、なくなっちゃうかもしれません。どんな魚が、ありますかねぇ。
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