『ノイス』続・北部の大市⑦
「それで、デぃモヌの本部があると聞いたんですけど」
「……すまねぇ。巫女様達には感謝してるし、アルツィア様への信仰も完全に無くなった訳じゃない……。でも、ディモヌも必要なんだよ……! 言えねぇ!」
「先程ディモヌへの不満を口にしましたね」
「……」
「信徒以外にも、何か恩赦があるという事ですか」
不満があるのに守っています。やはり恩赦があるのです。金銭?
「潰しに来た訳ではありません。詐欺を止めに来ただけです」
「……お代はいらないんで、帰っちゃくれませんかね」
駄目みたいですね。
「お代はここに置いておきます。台車だけお願いできますか」
「……へい」
この調子だと、レイメイさんの方も苦戦してそうですね。こうなったら、街を歩き回るしかありません。
「…………ここから真北に」
店主さんが、ぼそりと話し始めました。
「でかい施設が、ある。特に何をする訳でもなく、邪魔なんだ」
真北に施設ですか。
「街の外からの客は良く入っていくが……まぁ、そうだな。まるで教会だったな」
独り言を終えた店主さんは、台車を用意しに外へ出て行ってしまいました。
「素直じゃないですネ」
「街で話を数件聞いて、真北に向かいましょう」
「うん。誰から聞いたか分からないようにしないとね」
出来るだけ、たまたま見つけた風にしましょう。せっかく教えてくれたんですから迷惑をかけないようにしないと。
「私は予定通り地図埋めに行きまス。運搬はお任せしても良いですかネ」
「うん。聞いて回るついでに運んでおくよ」
すでに目的地は分かりました。偽装工作をしながら運ぶ暇が出来たのですから、運んでおきましょう。
「台車の用意出来ましたよ。巫女様方」
「ありがとうございました。迷惑がかからないようにします」
「さて……何の事でしょう」
この街は普通に生活が出来ているように見えます。昨日の話をそのまま受け取るならば、金銭面での余裕はしっかりと取れているはずです。そうだとしたら、金銭の恩赦は減っても良いでしょう。
ノイス以外の街に居る信者達は、苦しみながらもデぃモヌから離れられません。それは恐怖による束縛です。心から余裕を取り除く事で、宗教から離れられなくするのです。もし金銭面が楽になれば、心に余裕が生まれます。そしてその余裕は、宗教への執着心を薄くさせるのかもしれません。
実際、マリスタザリアへの恐怖心を持っているノイスの人達ですけど、デぃモヌへの信仰心は低いみたいです。前町長であるクロードという男が好き勝手やっていた時でも、前町長に呆れながらも余裕と活気はありました。傭兵や防衛線も機能してましたから、デぃモヌに頼る必要がありません。デぃモヌを庇っていたのは、見返りが大きかったのでしょう。
詐欺宗教でなくなれば、口封じの必要がないので見返りもなくなります。しかし、本当にそれで……良いのでしょうか。詐欺で集めたお金の使い道が分かりません。もし、マリスタザリア討伐隊に使われているとしたら……? 詐欺がなくなり、それらを維持できなくなれば、宗教として成り立たなくなるかもしれないのです。
「まずは、話を聞くだけにしよっか」
「はい。ですけど……」
「うん。見誤らない、よ」
見誤ればツルカさんだけでなく、他の町まで……危険に曝されます。対応を誤る事は出来ません。本当に必要な、無理な集金であったのなら、何もせずに行く選択もありますね……。
「おい。見つからねぇぞ」
「もう見つけたので大丈夫です」
「……そうかよ。そんじゃ買い物に行くからな」
「お願いします」
戻ってくるなり、レイメイさんが荒れていました。聞き込みの中で何かあったのでしょうか。私達に起きた事と同様ならば……聞いても聞いても、なしの礫だったのでしょう。
「チビはもう行ったんか」
「はい。私達は家具を船に運びます」
「分ぁった。そんじゃな」
レイメイさんが市場に向かって歩き出そうとしました。それを見た店主さんが、また一言。
「男が運ばないのか」
「……」
「巫女様に運ばせるつもりか」
「……」
レイメイさんに聞かせるように、呟き続けています。
「だらしない男だな。でかい図体してる癖に」
「喧嘩売ってんのか? お前はコイツの怪力を知ら」
「レイメイさん」
アリスさんがぴしゃりと止めました。止めてくれてありがとう。このままだとこの街で、定着してしまいます。レイメイさんは言い方が悪すぎなんですよ。怪力って何ですか。魔法のお陰ですよ、魔法の。
「私が魔法を使って運びますから、大丈夫です」
「ですが……重いですよ。鏡もありますし」
雑な扱いが出来ない家具ですから、慎重になるのは分かります。でも大丈夫です。
「そこの貧弱で無神経な人より丁寧に運べますから」
「おい……」
「それもそうか……鏡が割れたらいけねぇや」
「そうです。この人だと割ってしまいます」
「……」
台車に運んで、しっかりと固定します。結び方はしっかり覚えています。父の荷造りを見ていましたし、キャンプなんかで役に立つからと教えられました。思えば、街の外に興味を向けて欲しかったのでしょう。
「それでは、ありがとうございました」
「またのお越しを」
店主さんに頭を下げ、お店を後にします。
「……」
「どうしました」
レイメイさんがじっと睨んできています。
「お前等と居ると碌な事にならねぇ」
「何です。急に」
さっきの事でしょうか。
「元はと言えば、レイメイさんが私を怪力呼ばわりするからです」
「そっちもだがそっちじゃねぇ」
「では何ですか」
やけに愚痴じみています。聞き込みで何かあったのでしょうか。
「教会の位置と教祖の事を聞いて回ったが、あいつら二言目には俺が巫女と旅して羨ましいだの何だのと……挙句に教会の事は知らねぇの一点張りだ。散々嫉妬だ何だとしておきながらだぞ。それを五回六回と繰り返してみろ。うぜぇ事この上ねぇ」
どうやら溜め込んでましたね。普段からの、シーアさんや私達とのいざこざも原因かもしれません。レイメイさんにも気を配った方が良いでしょうか。大人だからと、我慢を要求しすぎたようです。
「大体羨ましいとかあいつ等想像力なさすぎだろ」
「”巫女”という物をしっかり理解していれば、船内がどういう状況なのか分かりそうですけど、残念ながらここでは余り理解してもらえていません」
”巫女”なのですから、男との接触を絶っています。一緒に旅をする以上、そこには最大限気を配っているのです。
「レイメイさんも本来ならご遠慮いただきたかったんですけどね。碌な事にならないと言うのであれば、今からでも遅くありませんよ」
「ぬかせ。ここで俺が降りて困るのはお前の赤いのだろうが」
「べ、別に私のと……っ!! と、とにかく、愚痴は構いませんけど、それを私達の所為にするのは間違っています」
アリスさんとレイメイさんの言い合い。なんかモヤモヤします。台車を慎重に運ぶ為に両手が埋まっていて、アリスさんの注意を向ける術がありません。
「そりゃそうだが」
「話は終わりです。リッカさま。すぐに船に戻りましょう」
「え。あ……うん」
まだレイメイさんは何か言いたげみたいですけど、アリスさんが切り上げました。ここで愚痴を聞き続けても良かったのですけど、私のモヤモヤが消えていきます。このまま身を任せましょう。アリスさんと二人きりです。
「それでは、お願いします」
「はぁ……。連中も、お前等くらい分かり易けりゃ世話ねぇんだが」
やけに大きいため息を吐かれてしまいましたけど、レイメイさんの溜飲も下がったようです。
「私達、分かり易いですか?」
「少なくともな」
「この前、私の話が回りくどいって」
「……行動の話だ」
そんなに分かり易いですかね。まぁ、レイメイさんも他の人よりは私達を見てますしね……。人の機微に気付けるようになって良かったと、師匠代理として思うべきでしょうか。