『ノイス』続・北部の大市⑥
「決まりましたカ」
「はい。机と椅子もある程度見ておきました。シーアさんの意見も下さい」
私が、アリスさんに夢中で見る為の覚悟を決めている間に、シーアさんが帰って来ました。いつの間にか、他の所を見ていたようです。
「食事用ですシ、持ち運びに便利な軽量型が良いですネ。折り畳めテ、広い奴が好ましいでス」
「こちらとこちらがそれに当たります」
私が妄想している間に、アリスさんはしっかりと決めていたようです。アリスさんも夢中で選んだりしたのでしょうか。もしそうなら……見逃した……? この、私が……?
(理由は分かりませんけど、リツカお姉さんがまた落ち込んで……? いつもの発作でしょうか。巫女さんが微笑ましそうに見てますし、発作ですね)
何でしょう。シーアさんがジト目で私を見て……?
「巫女さン」
「はい」
「リツカお姉さン。どんどん酷くなってませんカ」
「……そうでしょうか」
「巫女さんが過保護すぎるからでス」
「つい……」
「甘やかすのも程ほどにしないト、エリスさんに報告出来ないでス」
私の所為……ですよね。アリスさんがシーアさんに説教を……。何故怒られているか分からない以上、止めようがありません……。
「……」
肩が落ちてしまいます。まるで、二人で怒られているような状態です。実際私が怒られているのでしょうけど、アリスさんまでとばっちりを……。申し訳なさ過ぎて言葉が出てきません。
「シーアさんその辺りで……。リッカさままで……」
「そうやって甘やかすからでス。ちゃんと言い聞かせないト、リツカお姉さん無防備すぎまス」
「そ、その辺りは気をつけて……っ」
「だからリツカお姉さんの表情が緩みっぱなしになるんでス。見られないようにしててモ、雰囲気が柔らかくなりすぎて視線が増えますヨ」
「う……」
ひょ、表情……? 緩んでいるという自覚はありますけど、今は緩んでませんよね……。頬を触って確かめるように、押したり引っ張ったりしても問題ないように感じます。
「……」
「巫女さン」
「は、はい……」
「リツカお姉さんもこの際聞いておいて下さイ」
「う……はい……」
「最近街中であっても無用心に触れ合いすぎでス。気配感知や視線制御なんか出来るからといっテ、余りにも無用心でス」
シーアさんの公開説教を受けています。回りからの視線を少し感じますし、お店の中だと声も聞こえているはずです。何故怒られているのか、私はいまいち理解できていません。ただ、アリスさんは思い当たる節があるらしく俯いています。シーアさんの言う通りにするか、強行するか迷っているみたいです。
「私としてモ、お二人がジロジロ見られるのは不快なんでス。もう少し落ち着きを取り戻して欲しい物でス」
「今の状況がすでに……」
「何か言いましたカ」
「う……何でもないよ……」
「触れ合うなとは言いませんかラ、人の少ないところでお願いしまス。お店の中なんて論外でス」
「はい……善処します……」
ア、アリスさんと触れ合うなという話でしょうか……。絶対無理です。
(リツカお姉さんは分かってませんね。これ)
(リッカさま……私も我慢出来るかどうか……)
(シーアさんも心配してくれてるんだから……本当に、善処しないと……)
アリスさんに頼りきりな事は気になっていましたし……このあたりで自分を見直す良いきっかけかもしれません。改善出来るかは、分かりませんけど。私の生きがいなんです。アリスさんの笑顔、体温、感触に想い。私はいつでも触れ合いたいんです。
「無理とは分かってますけどネ。エリスさんから任された身でス。一言申しておかないと格好が付きませン」
シーアさんは私達の事を良く知っています。多分、私達の次に私達を知っています。だから私達はシーアさんを頼ってしまうのでしょうね。
「ごめん……」
「申し訳ございません……」
「まァ、お二人を周囲の人間に観察されるのが嫌っていうのくらいハ、覚えておいて下さイ」
「うん……」
「はい……」
シーアさんが、私達を姉と慕ってくれているのは知っています。姉が変な目で見られるのが嫌という心理、理解出来ないわけではありません。しっかり肝に銘じます。
確かに……道端で急に悶える私は、変人のそれでしょうからね……。
「買う物は決まりましタ。リツカお姉さんが運びますカ?」
「大きな台車があれば出来るけど、用意には時間がかかるよね」
「台車の用意だけをお願いしましょう」
この量の家具です。船に運ぶだけでも時間がかかりすぎます。台車だけ借りて、折を見て私が運んだ方が良さそうです。用意するまでの間に、自分達の用事を終わらせましょう。
「ではサボリさんを呼び戻すとしましょウ」
「その間、店主さんに聞いてみよっか」
「そうですね。ディモヌはここでも有名なはずです」
昨日の出来事で分かった事として、この街では”巫女”への憎悪等はないようです。友好的なのはマリスタザリアの件があったからでしょう。それまでは、見世物と大差ありませんでした。
「ここが総本山、だよね」
「そうだと思います。ですけど、傭兵や戦士が多いこの街に危機感はありません。ディモヌも効果を持たないのでしょう」
つまり教祖は、他で巻き上げたお金を、何らかの形でこの街にもたらしている可能性があります。そうでないと詐欺集団が好き勝手出来るはずが……いえ、他人が何をしても興味が無い? 他人に無関心な人が多いのは、この世界の常です。
それと……危機感がないとはいえ、昨日の大軍を見たら流石に……”巫女”を崇めるようになるという事ですか。現金といえばそうなのでしょう。でもこれこそが、信頼を勝ち取るという事です。不満はありません。
「それなら、教えてもらえそうかな?」
「どうでしょう……。何か、おかしい気がします」
やはり、アリスさんも同じ想いのようです。何か違和感を感じています。
「実際、巫女さん達が忘れるくらイ、この街ではディモヌの話がなかったんですよネ」
そうです。”巫女”とは相容れぬ存在であるデぃモヌの総本山に、私達が来たのです。何かしらの話があっても良いはず……。それが無いという事自体、おかしい。
「聞きましょウ。それが一番でス」
店主さんなら答えてくれるのでしょうか。シーアさんが聞く為にカウンターに向かっています。
「少しお聞きしたい事があるのですけど」
「何でしょう!」
「ディモヌを崇める宗教が、この辺りにはあるそうですね」
「ッ!?」
元気一杯に、何でも答えるといった表情だった店主さんでしたけど、デぃモヌと聞くと表情が変わりました。コミカルな表情のようで、そうですね……「やっべぇ」みたいな?
「違うんすよ巫女様方! あんた達を信じてない訳じゃ!」
どうやらデぃモヌを信奉している人達に、私達が怒っていると思われているようです。自分達を信じない人達だからといって、私達は怒ったりしないのですけどね……。
「いえ、私達は怒っている訳では」
「確かに昨日の事が起こるまでは、何もしない神様と巫女様なんて何の役に立つんだとか思ってたが! い、今は違う!」
気が動転しているみたいです。昨日の事を出されるのは、余り良い気持ちにはなれません。何しろあれは、私達の所為だと思うので。
「ですから、怒っている訳では」
「所詮偽者は偽者って事か……ディモヌも何もしてくれねぇ……! 傭兵達だって、あんな大軍には何も出来やしないしな! 結局、あんた達の方がやっぱりすげぇよ!」
流石にそろそろ怒りそうです。考えは人それぞれで、私達が王都周辺以外に何もしてこなかったのは事実です。でも、偽者も本物もありません。
デぃモヌであるツルカさんにはツルカさんの想いがありました。ツルカさんの存在が、この辺りのマリスタザリアを抑えていたのは本当の話です。それってつまり、デぃモヌも本物って事で良いんじゃないでしょうか。
「話を聞いて下さイ。家具全部燃やしますヨ」
「す、すんません!」
「まァ、それは冗談ですけド」
シーアさんの、少し過激な発言のお陰で漸く話が出来そうです。