『ノイス』続・北部の大市⑤
火照った顔のまま街に下ります。予定が少し狂ってしまいましたけど、レイメイさん以外の三人で家具屋に向かいます。木目調のシックな家具を求めて、買い物です。
「ごめんください」
予定通り、開けてくれていたようです。教会の事も、日常会話の中で聞いてみましょう。
「い、いらっしゃいませ!」
(強面の男が来るって聞いてたんだけど、まさかご本人が!)
「すみません。開けてもらって」
「いえいえ! 普段からこの時間には開けてますから、気にしないで下さい!」
(開けてないって言ってましたよネ。気持ちを酌んでくれみたいな視線を私に向けてますけどそレ、お二人にバレてますヨ)
本来は開けていないようです。しかし、正午近い時間に開けていないって……最初から予約制なのでしょうか。家具に関しては、咄嗟に欲しいってなる事は少ないでしょうし。新調したい時期って、季節の変わり目が多いですよね。その時期だけはしっかり開けているとか? 想像するだけ無意味というやつでしょうか。
「早速ですけど、見ても良いですか?」
「はい。どうぞ! よければ案内を――」
「こっちですヨ。巫女さン、リツカお姉さン」
「うん」
シーアさんの案内を受け、お店の奥へと向かいます。シーアさんは昨日の内に見ていたのでしょう。目的の物を見繕ってくれていたようです。
(下心丸出しの店主に案内なんてさせられませン)
「机と椅子と化粧台でしたネ」
「うん」
お皿なんかは昨日買えたんですよね。少し派手目でしたけど、一緒に購入出来た食器棚とは合っていました。問題は、部屋に合う家具です。
「木目調の物は、余りありませんね……」
「派手目の物が多いね」
少し、残念です。寒色と暖色が多く、予想通りポップな色合いですね。レイメイさんに頼んでいたらこれらを買っていたのでしょう。この色合いが悪い訳ではありません。ただ、個人的な趣味です。木そのままの色が好きってだけなのです。
「この中から選ぶしかありませんネ」
少ないですけど、木目調の物はあります。ですけど、船に乗るような小型の物ではありません。家に置くような、それこそ嫁入り道具になりそうな家具です。何より大きな鏡付きは色つきばかりです。
「化粧台は、女の子らしい色っていうか……そういうのが多いね」
「机や椅子は木目調の物を買えそうですね」
「姿見も要りますカ?」
姿見も、くすんでいたから捨てたんでしたね。化粧台の鏡は小さくても良いでしょうか。それならば、小さい木目調の物でも良いです。
「姿見も必要かな?」
「服装には気を使いますから、あった方が嬉しいですね」
これで木目調で揃えられそうですね。部屋の色彩が鮮やかならば、こういったカラフルな物でも良いのかもしれませんけど、壁紙やカーペットの無い部屋ですから。
「でハ、どれにしましょウ」
「木目と言っても色々ありますよからね」
切り出し方で表情を大きく変えます。真っ直ぐだったり波紋状だったりです。三種あるうち、今回は直線が一つに混ざっているものが一つ、波紋が主な物が一つといった感じです。
「ここは真っ直ぐの物で……せっかくだから年輪を感じさせるこっちを……? こっちは節が……生き節も味があって……むぅ」
どれも良い木です。その木を斬っている事に、少しだけ悲しい気持ちになりますけれど……肌触りもスベスベで、柔らかさを感じる程です。
「時間がかかりそうですネ。自分の物を見繕って置きまス」
「私はしばらく眺めています」
「家具を――じゃないですネ」
「さて……何の事でしょう。あ、今の表情……」
(こうなるって分かってたかラ、店主を連れて来なかった訳ですけど……っテ、今なら撮れますネ)
目に見えないところまで、丁寧な仕上がりです。色を塗る必要なんてどこにもないのに、どうして色つきばかりなのでしょう。需要があるからでしょうか。木はそのままが良いのに……。
自然を考えれば木製が良いに決まっています。しかしそれには、木を切らなければいけません。私にとっては……葛藤というものです。人の手で手入れをする事で、森はより綺麗に、息吹を感じさせてくれます。しかし、色を塗ったこれは、もったいないと感じてしまう。我侭というか、捻くれ者というか……。
だからといって、プラスチック製を善しとはしません。便利なのは承知していますけど、自然にはちょっと……毒です。こちらにはプラスチック製品がないので今の所問題ありませんけど、こちらの世界にもそういった便利グッズが出来る日が来るかもしれません。魔法と機械という絶対的な違いはあれど、人は変わりませんから。
(私が時代を進めたくない理由って、結局自分本位だなぁ)
自然が穢されるかもって思ってる。だから情報を渡さないようにしてる。これが正しい事なのか、私には分かりません。世界を変えるかもしれない情報なのです。教えない方が良いに決まって……。
「リッカさま」
「はわっ」
ずっと木目をなぞりながら、考え事をしていたようです。人から見えないようにアリスさんが私を隠してくれていましたけど、恥ずかしい状態であったのは間違いありません。呆然としながら家具を撫で続ける女。不審者すぎて、私でも近づくのを躊躇います。
「あ、ありがとう。アリスさん」
「いえ。そちらが気に入ったのですか?」
「うん。やっぱり、年輪が見えた方が良いかなって」
波紋状の物にしました。無意識化で撫で続けていたのです。これが良いと私の中のセンサーが働いたのでしょう。
「羨ま―――しも、撫で――」
微笑みながらアリスさんが、声になっていない程小さい声で何かを言いました。つい、口に出てしまったといった感じです。
「姿見もこちらの方が良さそうですね」
アリスさんが指を差してくれたのは、同じく波紋が出来ていました。材質や形からみて、同じ木です。何より年輪の形が似ている。一本の木から作られたものなのでしょうか。セットで揃えたいですね。
「良いね。この二つで良いかな?」
「もちろんです」
完全に私の独断になってしまいました。アリスさんの意見も聞いて――。
「この札を貼っておくと予約って事になるみたいです」
「あ」
ペタリと、アリスさんが早々に貼ってしまいました。これで良かったのでしょうか。
「机と椅子は、私が決めても良いですか?」
「うん。部屋の家具は、あれで良かったの?」
机や椅子は、甲板での食事用です。アリスさんが決める事に異論があるはずがありません。アリスさんが決めてくれた物こそ、私にとって珠玉の一品なのですから。
しかし、一番見ることになる化粧台や姿見が……私の一存で良いのでしょうか。
「リッカさまが決めてくれた物ですから」
ニコリと微笑んだアリスさんの背に、丁度太陽の光が当たりました。逆光ですけど、しっかりと見えます。天使の降臨って、きっとこの事です。それに……嬉しい言葉もいただけました。
「机と椅子、どんな物にしましょう?」
「ふふっ……アリスさんが決めて良いんだよ?」
「そうでした。夢中で選ぶリッカさまが余りにも可愛かったので、もう一度見たくなってしまいました」
「そ、そんなに?」
「はい」
自身の頬に手を当て、アリスさんがくすくすと笑います。少し、妖艶です。ドキドキしてしまいます。というより、しっぱなしなのです。
「お願いを使ってもう一度見たいくらいです」
「む……夢中で見るなら、アリスさんが良いっ」
「ひゃい……っ!?」
思わず、率直な意見を言ってしまいました。でも事実です。綺麗な木をしっかりと使って造られた家具をを見るのは楽しいものです。でも、アリスさんの方が見たいに決まっています。お願いを使うのなら、是非そちらに。
「ひゃ、ひゃぅ……」
「……ぅ」
「ぁ……」
一度口を出てしまった言葉を、戻す事は出来ません。しかしこれは……この沈黙は心臓に悪いです。二重の意味で、悪いです。
「船に戻るまでに……他のお願いが出来なければ……っ」
「――うんっ!」
晴れやかな顔で、私は頷きました。他のお願いに、今日の分を使って欲しいとは思っています。でも夢中になって良いと言われてみたいという気も……。
こういった大義名分? がないと、私はどこか……前に歩き出せないのです。こんな自分の性分が、恨めしかったり。