『ノイス』続・北部の大市④
「ここ以外もあるの?」
「いくつかありますが……それを全て追うとなると一日二日程度では……」
「今回はこれが限界っぽいの」
「次がありますよ!」
「王都もまだ、回ってない所がありますから」
他の所を巡りたかったカルラだが、時間が足りずに断念した。どうやら今日出立する予定に、変更はないようだ。
リタとクランナも感じ取ったのだろう。別れを惜しむような声音で次の約束をしている。
「今夜出るの」
「分かりました。補給の方はお任せ下さい。カルラ様は是非、最後まで王都を楽しんでいただければ幸いです」
「ありがとうなの」
アンネリスがカルラ達の船への補給を買って出る。すぐに王都へ、食料と日用品を集めるように指示が出された。
「案内は任せて!」
「お昼は、あそこにしませんか?」
「そうだね。やっぱりあそこだね」
「なの?」
リタとクランナの提案に、カルラは首を傾げるも、二人は教えてくれない。その時までの秘密という事だろう。
「戻りますかい?」
「そうするの」
もう一度海を眺めたカルラは、そっと目を閉じる。想うのは、故郷だ。
(今日は、あの日なの)
カルラの表情は暗い。国で起きている何かが気になっているようだ。
「……?」
「どうなさいました?」
「あの丘は」
カルラが見ていたのは、港の横にある丘だ。アンネリスやリタ達も視線を追うが、普通の丘にしか見えない。
「丘がどうしたの?」
(あそこからなら、見れるかもとか思っちゃったの。そんなわけないのに……なの)
カルラが再び船に戻る足を進める。自分のやるべき事を終えるまでは戻らないと決めているカルラは、もう振り向かない。例え……故郷の事が気になって、毎晩夢に見ていようとも。
「リツカとアルレスィアが睦言を交わすには、丁度良いと思っただけなの」
「睦言……!?」
「睦……?」
少女にとっては、これ以上の話題はないだろう。色めき立ち、どういった会話や触れ合いがあったのかで盛り上がっている。
「きっとアルレスィアからなの」
「リツカ様じゃないですか?」
「私もリツカさんだったと思う!」
「リツカはきっとヘタレになっちゃうの」
リツカとアルレスィアの事をより深く知った三人は、どちらが告白するのかを話している。アルレスィアが聞いたら、慌てて止めそうな会話だ。それでもカルラは率先して話す。リツカの事も、アルレスィアの事も、カルラは好きだ。だけど今回の話を聞く前から、二人の相手は二人しか居ないと思っている。二人の幸せが、カルラにとっての一番だ。
「くしゅんっ」
「リッカさま。大丈夫ですか?」
「う、うん。久しぶりに……噂でくしゃみしたかも……」
このくしゃみは、風邪とか寒気とかではないです。完全に風の噂を感じたものです。間違いありません。
「どなたによる噂でしょう……」
「カルラさんじゃないですカ。王都に居る頃ですシ」
その可能性が高いです。何しろ悪寒ではなかったのですから。元々私は、こういった事でくしゃみをしません。その私がするという事は、余程強い感情を含んだ物に違いないです。エリスさんやリタさん達という可能性もありますけど、直近で私の噂をしそうなのはカルラさんくらいです。
「それでしたら、シーアさんもくしゃみをしていないとおかしいです」
「……カルラさんならリツカお姉さんの事も好」
「……」
「この話は止めておきましょウ」
「はい」
「うん……?」
アリスさんとシーアさんが、お互い何かを言いあって会話を止めてしまいました。
「そろそろ街に戻れまス。予定通りで良いですネ」
「うん。アリスさんと私が教会探し、シーアさんが地図埋め、レイメイさんが買い物の続きかな」
「異論ありません」
「あぁ」
せっかく、教会に行く機会を頂けたのです。解決させたいところですが……最低限でも、良しとします。最低限とは、教祖の男に釘を刺すこと。詐欺紛いの集金、お布施、販売を止めます。
「とりあえず北東の町から聞いて回りまス。終わった方は一度連絡の後、北西方面の情報をお願いしまス」
「うん」
北西は進行方向ですから、進めば見つけられる可能性はあります。しかし、ノイスから北東に行くかどうかは町があるかどうかです。ノイス自体が北部の端の方なのです。もし町がなければ北か北東を目指したい所なのです。
「時間をかけるつもりはありません。ディモヌを神の使いと崇め、人々の心に安寧をもたらしているのは事実なのです。行動を改めさせるくらいしか……私達には出来ませんから」
「根本的な問題を解決しないと、その宗教は止められないからね……」
マリスタザリアと貧困です。心の支えと、傭兵システムによる実務的な支え。今の世界に必要な物を的確に揃えています。ディモヌ……ツルカさんという旗も居るのです。いかにも宗教的な話でしたが、角と怒りを繋げたのは良い一手だったと思います。向こうの世界でも、角は怒りの象徴であるところがあります。主に鬼の所為ですが……。
不安に押し潰されそうだった人々の心に、スルリと入り込んだのでしょう。そしてすかさず、傭兵等を使っての守護。確実に信じますし、頼りにします。
「金銭問題とマリスタザリア。どっちも今の私達には何も出来ないから」
「はい……。今この宗教を潰すと、荒れます。せめて料金の引き下げや、必要のない壺の販売を止める事が出来れば良いのですけど……」
「まァ、難しいでしょうネ」
シーアさんの言うとおり、最低限すら出来ないかもしれません。それでも、何も言わずに素通りは出来ません。無理なお布施や傭兵代の所為で、無茶な仕事をしているとツルカさんは言っていました。値段がもっと安くなれば、もっと豊かな生活が出来るはずです。ただ……今でも、エセフぁの人たちの幸福度は高かったんですよね。
「無駄と分かっててやんのか」
「無駄かどうかは、やってみないと分かりません」
難しいってだけです。
「買う物は何だ」
「まずは、予約していた家具屋で新調して欲しいけど」
レイメイさんが家具を買う事に際して、問題が一つ程。
「お願いですから、普通のを買って下さい」
「あ?」
「奇抜な物とか、変な配色の物とかは止めてください」
レイメイさんなら大丈夫とは思いますけど、適当で良いと言ってしまうと……本当に適当に買って来そうで不安です。木材の色そのままであっても、部屋に合うか分からないのです。本当は色を合わせて買いたい所ですけど、この際変な色でなければ問題ないと思います。
「別に何だって良いだろ」
シックな色合いに、ポップ調の物を置くのは難しいです。出来ない事はないのでしょうけど、それには色をしっかりと見ないといけません。お洒落に気を配るタイプではないですけど、部屋を見るたびに変な家具があると……気持ちが落ち込みそうです。
「木目のある家具が良いです。変に色の塗られていない、木本来の良さが出た物が」
「木の良さなんか分からん」
困りました。木の温もりは必要です。
「家具屋はお前等が行け」
「予約してたのに、遅れたら申し訳ないです」
自分で行くのが一番ですけど、時間は有限とは私の言葉です。
「でハ、教会探しの時間を交代しましょウ」
「なるほど。私達が家具を買う間、レイメイさんが教会と教祖を探すのですね」
「はイ。家具を買い終わるカ、教会を探し終えるまでが刻限でス」
「それで良い」
言ってしまえば教会探しも自分事です。家具の事も、我侭でしかありません。レイメイさんの手を煩わせてまで拘る事なのでしょうか。
「やっぱり、レイメイさんが適当に――」
「私も、余り派手な家具は嫌です」
「漸く家具を置ける場所が出来たんでス。私も拘りたいでス」
アリスさんとシーアさんに、気を使って貰った気がします。
「女ってのは……変なとこに拘りやがる」
女ってのはって言われるのは、癪ですね。家具への拘りに性別は関係ないと思います。
「レイメイさんも、ライゼさんと同じ服でずっと居るじゃないですか。成長したんですから、別の服に替えても良かったでしょう」
「……」
サイズが合わなくなったはずです。それをわざわざ新調してまで着ているじゃないですか。
「そういえばそうですよネ」
「余程気に入ったのでしょう」
気に入った服をずっと着たいというのは分かります。私も、アリスさん製の服をずっと着ていたいですから。
「好きなんですネ。お師匠さんの事」
「言い方を考えろチビガキ……」
「……?」
あれ? なんで私、顔を赤くしているのでしょう。何かに気付いたかのように、脳髄と体の奥底から熱が溢れてきます。ん……? んん……?
「……」
「二人は二人デ、何故赤くなってるんでス」
「え?」
「そ、それは。お気になさらず」
アリスさんも……。私また、何か変な事を言っちゃったのでしょうか。ま……街も見えてきました、し……考えるのは後にします。