巫女の居ない王都⑪
港に着いたカルラ達を、広大な海が出迎えた。
「わー……」
「クランナは初めてなの?」
「はい。街から出るのも、今日が初めてです」
自分が行商だからこそ、外に出す事に抵抗がある。それなのに何故今日は外に出ることが出来たかだが、クランナの母はむしろ外に出て色々な見聞を広めて欲しいと思っている。マリスタザリアは確かに恐ろしいが、ディルク達が居れば安心という事で許可を貰ったのだ。鬼の居ぬ間にではないが、父が行商に出ているから出来た事だ。
「この海の向こうに皇国があるの」
「どんな、国なんですか?」
「残念だけど、余り話せないの」
クランナの質問に答えてあげたいが、カルラにそれは出来なかった。
「守秘義務ですね」
「なの。皇姫に課せられた枷なの」
これを話す事自体がグレーなのだが、カルラの行為を密告するような者はここに居ない。皇国からついてきてくれた者達も、カルラこそが皇女に相応しいと思っている。足を引っ張るような事はしない。
「でもいつか、招待してあげるの。わらわが皇姫になったら、王国との交流ももっと出来るの」
事も無げに言うため、クランナの質問をはぐらかしたのかと思った。しかし、それは本気なんだと――全員が分かった。
「さて、何が起きたの?」
「発端は、ここにマリスタザリアが出た事から始まったんです」
「あの時は死ぬかと……」
カルラは冒険者達に、ここで起きた事を聞く。
「あの」
「どうしたの?」
「俺達が知ってるの、断片的な物だけなんですけど……」
「それで良いの」
カルラがアンネリスを見る。残りの詳細は、アンネリスが話すようだ。
「マリスタザリアに殺されそうになった俺たちの前に、リツカ様が来てくれたんです」
「見事でしたよ。突きと斬撃っていうんですか?」
「手も足も出なかったアレが、一瞬ですよ」
「そこでも怪我はしちまいましたが……」
(また何か、リツカの心に問題があったみたいなの。でもそれで渋るなら、西と牧場でも渋るはずなの)
ここまでは普通の任務だ。カルラでも、アンネリスが何故ここまで渋るのか分かってない。
「斃すまでは良かったんですが……」
「その後何故か、アルレスィア様が怒って……」
「なの?」
(アルレスィアが怒るの? 確かにリツカの為なら何だってするだろうけど……怒るの?)
諭したり、励ましたり、喜んだり悲しんだり。アルレスィアはリツカの為なら色々な表情と言葉を見せる。しかし、怒るというのは想像出来ない。
「ライゼさんとリツカ様の会話から考えるに、自分を蔑ろにしすぎって感じだったと思うんですけど……」
「だよな……。アルレスィア様に守らせなかった、だっけ」
「そうそう。アルレスィア様の気持ちを蔑ろにしてるって」
「なるほどなの」
カルラが何度も頷く。
(リツカの事だから、アルレスィアが戦う事を善しとしなかったの。それでライゼルトは、アルレスィアの気持ちも酌むようにリツカを諭したみたいなの)
自分本位だったリツカが、アルレスィアの気持ちを酌むようになったきっかけという事だろう。カルラは大まかに理解した。
「ライゼが……えっと」
「リツカ様と決闘を始めまして」
カルラが首を傾げる。
「勝敗はライゼの勝利でした」
「ライゼさん。リツカ様にあんな酷い事を……」
「多分、リツカ様の落ち込んだ表情なんて、俺等くらいしか見てないっすよ……!」
(それはないの)
アルレスィアはリツカの全てを知り、そしてアルレスィアだけが独占している何かがあるとカルラは思っている。落ち込んだ表情など、二人きりのときはいつも見ているのでは? とカルラは目を閉じる。
「理由は何なの?」
「さっき言った、アルレスィア様の事です」
「ただその後、ライゼがリツカ様の事を話しまして」
「気の抜き方がどうこう……。リツカ様はただの女の子だとか、何とか……」
「……? そんな普通の事が、どうしたの?」
当たり前の事で驚いている冒険者達をカルラが半目で見ている。カルラから見たリツカの総評としては、どこにでも居る普通の子だ。特別な力と容姿で勘違いされるが。
「いやぁ……俺達リツカ様の事、超人か何かだと……」
「ライゼに言われるまで、本物の天使様か何かだと思ってまして……」
「リツカ様もアルレスィア様も、普通の女の子なんだなぁって」
(お馬鹿ばっかりなの)
カルラが首を横に振る。男達が見ているのは結局、リツカ達の容姿だ。カルラが知りたい事はそこではない。
「アンネリス」
「はい。リツカ様はライゼ様と決闘後、アルレスィア様と仲直りしています。しかしそれについては……報告にありません」
「二人だけの秘密って事なの」
「はい」
情報が少ないので、カルラでも予想がつかない。それでもカルラは考えてみる。リタとクランナも考えているようで、頭を捻っていた。
「何だろう?」
「まず、リツカ様とアルレスィア様が仲違いするっていうのが……想像出来ません……」
「だよね……」
リツカとアルレスィアが喧嘩するなど、アンネリスですら想像出来ない。仲が良くなる為に、喧嘩の一つや二つを乗り越えお互いを知っていく。しかし二人は、喧嘩をするまでもなくお互いを知っているのだ。喧嘩をするとは思えなかった。
(リツカを守りたいアルレスィアと、それをさせなかったリツカ。それに気付いたリツカが取る行動と今、なの。多分リツカはアルレスィアの参戦を認め、謝ったはずなの。そこにどんな会話があったか気になるけど、二人の秘密なら仕方ないの。この事を知ってるだけでも、二人を焚きつけるくらいは出来るの)
ある程度予測をつけ、カルラは扇子で隠した表情を緩める。楽しみはどんどん増え、再会への想いを募らせていく。
「貴方達が聞いた、リツカの向こうの生活ってどんなのなの?」
二人でも、喧嘩をする事があると知ったカルラは、次を尋ねる。リツカの向こうでの生活だ。
「男を完全に排除した生活、だったよな」
「そうそう。女の子だけの学校とか、母親が男を絶対に近づけなかったとか」
「男に対して極端というか……お近づきになんて絶対に……」
(初めからそんな機会はないの。というより、そこしか覚えてないの? 他の話はしてないの?)
相変わらず、男が関わった話しかしない冒険者達に、カルラがため息をつく。カルラの望み通りの話が出来なかったと感じた冒険者達は、オロオロと次の話を思い出すために必死で頭を回している。しかしどうしても、きょとんとしたリツカの顔とか仲睦まじいリツカとアルレスィアがチラついて思い出せない。
「た、確か……十歳か何歳かまで、母親同伴でしか外に出た事がないとか……」
「過保護な母親なの」
「しかし、リツカ様は、言い辛いですが……」
「うん……」
アンネリスとリタが苦笑いを浮かべる。分かっていないのは、クランナだけだ。
「男性という物を少し理解しきれてないと言いますか……」
「ズレてる?」
「ですね……」
強い警戒心を持っているのは分かるが、どこか中途半端だ。極端でもある。元々はそういう性格ではなかった。どこか抜けている所はあるが、正しい距離感で居たはずだ。しかし”巫女”という使命に目覚めたリツカは、男を無碍に出来なくなった。その結果リツカは、どこかズレてしまったのだろう。
「リツカ様の母君が感じていた不安も、尤もだと」
「男の人達を警戒してたそうですけど……どこか不用意みたいな」
「アルレスィアが無事なら自分は二の次なの」
そしてアルレスィアの存在が、更に複雑化させる。自分は大丈夫という確信から、アルレスィアを優先させるのだ。アルレスィアの方が自衛に適していると理解しながら、リツカ自身で何とかしたいという想いがある。
「何度言っても、そればっかりはどうにも……」
「アルレスィアも苦労してるの」
アルレスィアはアルレスィアで、リツカの想いが最優先だ。リツカに守られて嬉しいという面もある。どうしても、リツカの男との接し方を制御出来ないでいる。
「他はないの?」
「アルレスィア様が過保護って事くらい? でしょうか……」
「それは知ってるの」
アルレスィアの過保護っぷりは、十花以上だ。十花は母親なので、いつかは娘離れしなければいけないと理解している。性教育等はしっかりと施すつもりだった。だがアルレスィアは……完全に遠ざけたいと思っている。
「リツカとアルレスィアは本当に……面白いの」
「私はハラハラしっぱなしです……」
「私と会う前にそんな事が……。リツカさん無茶しすぎ……!」
クランナとリタも、リツカのどこかズレた性格を心配している。基本的にまともなだけに、際だってしまうのだ。そしてリツカに隠れているが、アルレスィアもどこか危うい。アルレスィアの過保護に上限はない。ライゼルトやレティシアが、リツカよりもアルレスィアの方に気を配る程だ。
アルレスィアを放って置くと、リツカは一生今のままだろう。そしてリツカを変える事を赦さない。誰かが無理にでも変えようとすれば、実力行使に出かねないとライゼルトは考えていた。レティシアはそこまで危険視していないが、リツカの成長にはアルレスィアを変えるしかないと思っている。