巫女の居ない王都⑩
「では、私のお願いも聞いて下さいますか」
「何でも言ってくれ」
「この街に滞在し、最初の選任冒険者となって欲しい」
「選任冒険者?」
「はい」
ライゼルトは……コルメンスの目に、確かな光を見た。その光はまさに、革命軍の長コルメンスの目であり、ライゼルトを持ってして感嘆の声を上げるほどの力強さだった。
「そりゃ、一体何だ?」
「私の勅命で動く冒険者としています。そしてその本分は、化け物の退治です」
「ほう。報酬は冒険者とは違うって事だな?」
命を懸けるのだ、そして選任という身分。ただの報酬ではないだろうとライゼルトは踏む。
「はい。基本給として三十六万ゼルを予定しています。治療費や武器等の整備費、薬代は補助金として出すつもりです」
「命を懸けるには、少ねぇな」
「そうだったようです。その条件で既に公募を何度か行いましたが、一人も集まりませんでした……」
冒険者の給与は少ない。せいぜい十六万ゼルと任務の成功報酬の二割程だ。王国の財政に余裕は無いが、少しばかり足元を見すぎているとライゼルトは感じた。
「なので、一体十万ゼルを成功報酬として出します」
「どんな化け物でも十万か」
「はい。大型小型関係なくです。そして、住民達が受けた危険度から評価を行い、基本給に追加して給料を上げます」
「それだと、小型ばかりを斃す奴が出るが」
「構いません」
「それはどういった理由だ?」
一体十万は破格だ。小型でも良いなら、誰でも志願しそうなものだとライゼルトは考える。ホルスターン等のマリスタザリアならともかく、小型のマリスタザリアならばチームでかかれば斃せるだろう。
そんな簡単な条件で良いのか? とライゼルトはコルメンスの真意を探る。
「戦いの中で、絶対はないからです」
「ほう」
コルメンスの言葉に、ライゼルトは再び唸る。ただの旗持ちではなかったようだ。しっかりと戦士としての心得がある。
「王都は今、小型だけと戦っていられる状況ではありません。確実にその時は来ます」
「ああ」
「小型だけと戦うのは無理です。何より、査定はしっかりと行います。冒険者の命も懸かっていますが、何より国民の命が懸かっている」
コルメンスの覚悟を見て、ライゼルトはカカカッと自嘲気味に笑う。
「あんさんの、アンタの事を見誤っていた。謝る」
「え?」
「王様にしちゃ、なよなよしとると思った」
「はは……良く、言われます」
歯に衣着せぬ言葉に、コルメンスも自嘲気味に笑い出す。変に濁されるより、余程気持ちが良い評価だった。
「だが、アンタは王様だ。良いだろう。なってやる。選任冒険者」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。任せろ」
こうして、世界初の選任冒険者が生まれた。三度行われた選任公募を越え、漸く生まれた一人だ。
「明日、選任公募をしようと思っています。ライゼルトさんには」
「ライゼで良い」
「はい。ライゼさんには、試験官も務めて欲しいのです」
「試験をやるのか」
「はい。最低限の実力は欲しい」
「道理だな。分かった」
「それと、もうニ、三、付け加えて欲しいもんがある」
「それは、何でしょう」
「チームでの参加を認める事。王からの勅命には絶対服従だ」
「そ、それは……」
コルメンスが死ねと言えば、死ぬという事だ。それは直接的な死だけではない。マリスタザリアとの強制戦闘も、死に繋がる。それを条項に入れろというのだ。
「もし、王都に大量の化け物が出た時、逃げる奴を選任にはしたくねぇ。逃げたら罰を与える」
コルメンスを試すような目で、ライゼルトが見る。それは最後の試験だ。コルメンスの覚悟が本物かどうか、見極める。
「……分かりました」
「辛い役目だろうが。任せたぞ」
「もちろんです」
コルメンスは本物だ。国民の為に、戦士を斬り捨てる覚悟を見せた。だからこそ戦士として志願してくる者には、相応の恩赦を与える。その代わり命は、国民の為に使ってもらう。
「チームでの参加を認めるのは、どういった?」
「個人で殺せる程弱くねぇ。俺ならまだしも、他の連中が個人でやれるのは少ないだろう」
「確かに……」
「情報では、個人で化け物を退治出来たのはライゼ様だけです」
そっとライゼルトの後ろに立っていたアンネリスだが、ほっと一息ついて資料を捲りだす。今まで、コルメンスとライゼルトの雰囲気に圧倒されていたのだ。
「盾と治療役、拘束役と攻撃役だ。兵士と防衛班にも伝えといてくれ」
「分かりました。すぐに編成しなおします」
コルメンスが頷くと同時に、アンネリスがディルクへ連絡をする。
(アンネちゃん、有能だな。この王様が側近にする訳だ)
「編成中は穴が空くだろうからな。見張りだけ残しておいてくれ。俺が出る」
「よろしいのですか?」
「この街が今日から俺の寝床だ。しっかり守ってやる」
執務室から出て行くライゼルトの背中は、頼もしい物だ。コルメンスの尊敬と憧憬が含まれた視線を受けながら、ライゼルトは出撃した。
この後、ライゼルト手動で王国の防衛は大きく変わっていく。リツカ達が来るまでの間、王都の民が笑顔で居られたのは間違いなく――ライゼルトのお陰だ。
英雄。国民全員が文句なく称する男は、その称号に驕る事無く……王都の民に愛されていた――。
時は戻り、カルラの飛行船へと移る。
「一度見ておきたかったの」
「見れますぜ。きっと」
カルラの言葉に、ディルクが力強く答える。
「そ、そうですよ! リツカさんとアルレスィアさんが約束してくれたんですから! ね!?」
「はい。絶対に連れ戻すって、言ってました」
リタとクランナは、その場で約束を聞いている。アンネリスが何をしてしまったのかも知っている。だけど、アンネリスを責められない。二人も失くしたくない者達が居るから、気持ちが分かるのだ。
「二人がした約束なら、間違いないの」
「……はい。ライゼ様は絶対に、戻ってきます」
カルラにじっと見られながら、アンネリスが頷く。それをみて、カルラも頬を綻ばせる。
「さぁ、行くの」
「飛行船、初めてです」
「お、落ちたりしない?」
「空を飛ぶマリスタザリアが出たら分からないの」
「え゛!?」
扇子で口元を隠したカルラの言葉に、リタとクランナが震える。
「安心するの。予備のバルーンもあるし、ディルクが居るの。不時着時の安全確保も完備されてるの」
「しっかり守りますんで、ご安心を」
アンネリスと一緒に、ディルクもライゼルトを思い出していたのだろう。ライゼルトの守るという言葉は重かった。
(最期まで……いや、最期じゃねぇか。散々人に死ぬなと言って置きながら、自分が先に死ぬわけがねぇ。約束もあるしな)
ディルクはまだ、剣術を習っていない。レイメイ流の三番弟子は自分だと、ディルクは周囲の警戒に気合を入れた。
(お前の代わりに、守ってやるよ)
船には国賓と、ライゼルトが守りたかった国民、そして……ライゼルトの最愛の人間が居る。
「港ではどんな事が起きたの?」
「……その事です、が」
アンネリスがディルクのチームの者達を見る。
「一応俺達も関係者だったりするんですよね」
「役得というか何というか、リツカ様の向こうでの生活を聞けたり」
カルラが冒険者達に半目を向ける。冒険者達が隠そうとしているのに気付いたのだろう。アンネリスが迷っている以上、冒険者達が勝手に話すわけにはいかないと、口を噤む。
「何を聞いたの?」
「えっと」
「個人情報……」
「貴方達が知ってるのなら、リツカは知られても問題ないって思ってたはずなの。言うの」
「はい……」
カルラに押し切られる形で、冒険者達は話す事になった。港までは十分とかからない為、話を纏める時間には少し短いかもしれない。あの日見たことは色々と、衝撃が強かったから――。