巫女の居ない王都⑨
一通り街を案内した後、武器屋へと向かう。
「ここか」
「はい」
ライゼルトがわざわざ声を出して確認したのは、その店が余りにもボロボロだったからだ。
(大方、化け物退治すら出来ん剣なんざいらんってところか)
「入って良いか?」
「どうぞ」
アンネリスが扉を開け、ライゼルトが中に入っていく。中には二,三人の男達が屯していた。
「何だ? あんた」
「冷やかしか?」
女連れで入ってきたライゼルトに向けられる視線は僻んでる。その女がアンネリスなのも、拍車をかけたようだ。
「あんたあれか。剣士様とかいう」
「ライゼルトだ。鍛治場もあんのか?」
「あぁ? 何だ急に」
もはや売り物などなく、柄の悪い冒険者もどき達の溜り場になってしまっている。包丁等もボロしかない。
「こいつの整備には鍛治場が要る。借りるぞ」
「チッ……勝手にしな。どうせ客なんか来ねぇからな」
「だろうな。こんなボロじゃ、来ても意味ねぇだろうしな」
「あぁ!?」
「ラ、ライゼ様……っ」
ライゼルトの胸倉を掴んだ店主に対し、ライゼルトはアンネリスを手で制する。ここで近づいては、アンネリスも危険だからだ。
「何だ。怒れるんか」
「だったら何だ? 俺を馬鹿にしてんのか!?」
「しとらん。怒るくれぇに誇りが残ってんなら、ちゃんと整備くらいしとけ」
「……ッ!!」
怯むどころか説教するライゼルトに、店主と男達は攻撃を仕掛けようとした。しかし、ライゼルトの言葉は何故か、心に染みた。
「剣なんざあっても、使う奴が居ねぇ……」
「それは否定しねぇが」
ライゼルトも、唯一の剣士としてここに居る。剣が不要という現実は分かっているのだ。
「でもな。これ程便利な物はねぇ。誰でも斬れる武器なんざ、魔法にはねぇからな」
「だがよ……」
「まずは物がねぇことにはな。次来る時までに綺麗にしとけよ」
「は? ちょ、ちょっと待てお前!」
カカカッと笑いながら、アンネリスを伴ってライゼルトが出て行く。
「あの野朗……言いたい事だけ言っていきやがって……」
「誰でも使える、切れる道具か」
「でも、こんな鈍らじゃ葉っぱも切れねぇよ」
「誰が鈍らだこの野朗! 見てろよ!? アイツのより良いの造ってやっからよ!!」
鍛冶場に篭り始めた店主に、柄の悪い二人は肩を竦める。溜り場がなくなりそうだと感じた二人は、街に戻り仕事を探し始めた。
「冷や冷やしましたよ……」
「すまんすまん。不貞腐れた馬鹿が気になってな」
ギルドには戻らず、大通りを歩くアンネリスとライゼルト。何処に向かうかは分からないが、アンネリスと歩けるのは嬉しいのだろう。ライゼルトから尋ねる事はなかった。
「これから、ある方に会ってもらいます」
「ある方?」
その言葉で、ライゼルトはすぐに思い浮かべた。
「するってぇと、向かってんのは」
「王宮です」
アンネリスと一緒に居る為、門を素通りする。
(いくら何でも無警戒すぎねぇか?)
「これ持っとれ」
「え? うわッ!?」
自主的に剣を門番に預け、ライゼルトが中に入っていく。いくら住民を救ったとはいえ、出自不明の旅人である事に変わりは無いのだ。
「そこまで、していただく必要は……」
「けじめだ」
軽薄そうに見えて、どこか真面目。そういったギャップがアンネリスの頬を少し熱くさせる。
「大丈夫か?」
「は、はい」
(気丈に振舞っとるが、化け物がこうも大量発生しとったら安心出来んよな)
旅をしていたが、ここまで多くのマリスタザリアに攻め入られていた所はなかった。それなりに対策を取ろうとしているが、毎日の様に襲ってくるマリスタザリアに手も足も出ない。多大な犠牲を払いながら、凌いでいるという状況だ。
「……」
ライゼルトは考えている。
「ライゼ様、こちらです」
「あぁ」
答えを出したライゼルトは、執務室へと入っていった。
玉座など無い、ただの部屋。大量の書類と仕事机、休憩用の椅子と机があるだけの質素な物だ。
「先程はありがとうございました」
「いや。偶々通りがかっただけなんで、気にせんでください」
畏まった風の言葉遣いで、頭を下げる。最低限の礼を尽くしているライゼルトに、アンネリスはほっと胸を下ろした。
「そう畏まらないで下さい」
「そ、そうか? 慣れん事だから、助かるが……」
「えぇ、普段通りでお願いします」
ライゼルトは正直、面食らっていた。コルメンスの事は知っている。革命軍と共和国の助けをもって、邪知暴虐の限りを尽くしていた前王国政権を覆した男という。しかし目の前の男はどうみても、そんな豪腕を見せた男には見えない。
「王様というのがどういう物なのか、今でも良く分からなくて」
顔には出していないが、ライゼルトが何を思っているか感じ取ったのだろう。コルメンスが気恥ずかしそうにしている。
「俺は今のあんさんの方が、好感が持てるが」
「そうですか? ありがとうございます。どうぞ」
国民を救ってくれたライゼルトに、コルメンスは大きな感謝を持っている。それとは別に、もう一つの考えも。
「早速で恐縮ですが」
「その前に、俺から良いか?」
「はい」
コルメンスの言葉を止め、ライゼルトから話す。
「俺には目的がいくつかある。はぐれた息子探しと剣術の布教だ」
目の前で困っている人間を助けるのは目的ではなく、ライゼルトが生きる意味だ。それを実現するにはどうしても、一人では無理だ。だからこそ、自分で自分を守る術を与えたい。
そしてウィンツェッツは、ライゼルトを継ぐ者だ。才能はライゼルトの遥か上にある。後は問題を解決するだけなのだが、当の本人と出会えない事には進まない。
「では、この街には」
コルメンスの嘆願は初めから覆されてしまった。少しだけ落ち込みながらも、コルメンスの頭は次の予定に向かっている。しかしそれも、無駄に終わる。
「この街に残りたいと思ってる」
「え?」
予想に反し、ライゼルトは街に滞在すると言ってきた。コルメンスがチラリとアンネリスを見ると、同様の驚きを見せている。そういった話はしていなかったようだ。
「そ、それはどういう。息子さん探しや布教ならば……」
「確かに。一つに留まるのは得策とは言えん」
ライゼルトは腕を組み目を閉じる。
「では――」
「だから、息子探しを代わりにしてくれ」
ライゼルトから更に、思わぬ提案がされる。
「それは、構いませんが……」
「剣術の布教にしても、大きな都市で広めてからの方が良い。下地があるのとないのとじゃ、あった方が良いからな」
道場を開きたいのだろう。いわば、レイメイ流として世界に発信したい。しかしその為には門下生が欲しいところだ。本家、総本山ともいえる、絶対の場所が。
「息子探しの件と布教。それを請け負って欲しい」
コルメンスにとって、願っても無い事だった。剣術というのを直接見たわけではないが、ライゼルトの口ぶりから誰でも使える物であることがわかる。そして、それの教えが広まれば助かる命は多い。
息子探しも、特徴は多いらしく苦労はしなさそうだ。滞在してくれるのなら、何だってするつもりでいたコルメンスにとって、その条件は条件とはいえないものだった。
しかし、コルメンスはその言葉をぐっと飲み込む。エルヴィエールも言っていた事だ。自身にとって破格とも言える条件に喜ぶのは、相手に隙を見せる行為だ。そこから何が起こるか分からない。最後まで気を抜くべからず、と。
ライゼルトは信用出来る人間だ。人付き合いが苦手で、心を開き辛いアンネリスが、すでに……こんなにも、ライゼルトの滞在に喜んでいる。そんなライゼルトに対し、こんな感情を出すのは失礼だが……コルメンスは王なのだ。国民のために、自身の体裁に拘ってはいけない立場にいる。
コルメンスはライゼルトに感謝しつつ、王として、ライゼルトに更なるお願いをする事にした。滞在し、技術を広めてくれるだけでもコルメンスは喜ぶところだが、今の王都には……それだけでは足りないのだ。コルメンスは心を鬼にして、ライゼルトへ用意していた話を持ちかける。
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