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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
47日目、巫女とは、なのです
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巫女の居ない王都⑨


 

 一通り街を案内した後、武器屋へと向かう。


「ここか」

「はい」


 ライゼルトがわざわざ声を出して確認したのは、その店が余りにもボロボロだったからだ。


(大方、化け物退治すら出来ん剣なんざいらんってところか)

「入って良いか?」

「どうぞ」


 アンネリスが扉を開け、ライゼルトが中に入っていく。中には二,三人の男達が屯していた。


「何だ? あんた」

「冷やかしか?」


 女連れで入ってきたライゼルトに向けられる視線は僻んでる。その女がアンネリスなのも、拍車をかけたようだ。


「あんたあれか。剣士様とかいう」

「ライゼルトだ。鍛治場もあんのか?」

「あぁ? 何だ急に」


 もはや売り物などなく、柄の悪い冒険者もどき達の溜り場になってしまっている。包丁等もボロしかない。


「こいつの整備には鍛治場が要る。借りるぞ」

「チッ……勝手にしな。どうせ客なんか来ねぇからな」

「だろうな。こんなボロじゃ、来ても意味ねぇだろうしな」

「あぁ!?」

「ラ、ライゼ様……っ」


 ライゼルトの胸倉を掴んだ店主に対し、ライゼルトはアンネリスを手で制する。ここで近づいては、アンネリスも危険だからだ。


「何だ。怒れるんか」

「だったら何だ? 俺を馬鹿にしてんのか!?」

「しとらん。怒るくれぇに誇りが残ってんなら、ちゃんと整備くらいしとけ」

「……ッ!!」


 怯むどころか説教するライゼルトに、店主と男達は攻撃を仕掛けようとした。しかし、ライゼルトの言葉は何故か、心に染みた。


「剣なんざあっても、使う奴が居ねぇ……」

「それは否定しねぇが」


 ライゼルトも、唯一の剣士としてここに居る。剣が不要という現実は分かっているのだ。


「でもな。これ程便利な物はねぇ。誰でも斬れる武器なんざ、魔法にはねぇからな」

「だがよ……」

「まずは物がねぇことにはな。次来る時までに綺麗にしとけよ」

「は? ちょ、ちょっと待てお前!」


 カカカッと笑いながら、アンネリスを伴ってライゼルトが出て行く。


「あの野朗……言いたい事だけ言っていきやがって……」

「誰でも使える、切れる道具か」

「でも、こんな鈍らじゃ葉っぱも切れねぇよ」

「誰が鈍らだこの野朗! 見てろよ!? アイツのより良いの造ってやっからよ!!」


 鍛冶場に篭り始めた店主に、柄の悪い二人は肩を竦める。溜り場がなくなりそうだと感じた二人は、街に戻り仕事を探し始めた。



「冷や冷やしましたよ……」

「すまんすまん。不貞腐れた馬鹿が気になってな」


 ギルドには戻らず、大通りを歩くアンネリスとライゼルト。何処に向かうかは分からないが、アンネリスと歩けるのは嬉しいのだろう。ライゼルトから尋ねる事はなかった。


「これから、ある方に会ってもらいます」

「ある方?」


 その言葉で、ライゼルトはすぐに思い浮かべた。


「するってぇと、向かってんのは」

「王宮です」


 アンネリスと一緒に居る為、門を素通りする。


(いくら何でも無警戒すぎねぇか?)

「これ持っとれ」

「え? うわッ!?」


 自主的に剣を門番に預け、ライゼルトが中に入っていく。いくら住民を救ったとはいえ、出自不明の旅人である事に変わりは無いのだ。


「そこまで、していただく必要は……」

「けじめだ」


 軽薄そうに見えて、どこか真面目。そういったギャップがアンネリスの頬を少し熱くさせる。


「大丈夫か?」

「は、はい」

(気丈に振舞っとるが、化け物がこうも大量発生しとったら安心出来んよな)


 旅をしていたが、ここまで多くのマリスタザリアに攻め入られていた所はなかった。それなりに対策を取ろうとしているが、毎日の様に襲ってくるマリスタザリアに手も足も出ない。多大な犠牲を払いながら、凌いでいるという状況だ。


「……」


 ライゼルトは考えている。


「ライゼ様、こちらです」

「あぁ」


 答えを出したライゼルトは、執務室へと入っていった。



 玉座など無い、ただの部屋。大量の書類と仕事机、休憩用の椅子と机があるだけの質素な物だ。


「先程はありがとうございました」

「いや。偶々通りがかっただけなんで、気にせんでください」


 畏まった風の言葉遣いで、頭を下げる。最低限の礼を尽くしているライゼルトに、アンネリスはほっと胸を下ろした。


「そう畏まらないで下さい」

「そ、そうか? 慣れん事だから、助かるが……」

「えぇ、普段通りでお願いします」


 ライゼルトは正直、面食らっていた。コルメンスの事は知っている。革命軍と共和国の助けをもって、邪知暴虐の限りを尽くしていた前王国政権を覆した男という。しかし目の前の男はどうみても、そんな豪腕を見せた男には見えない。


「王様というのがどういう物なのか、今でも良く分からなくて」


 顔には出していないが、ライゼルトが何を思っているか感じ取ったのだろう。コルメンスが気恥ずかしそうにしている。


「俺は今のあんさんの方が、好感が持てるが」

「そうですか? ありがとうございます。どうぞ」


 国民を救ってくれたライゼルトに、コルメンスは大きな感謝を持っている。それとは別に、もう一つの考えも。


「早速で恐縮ですが」

「その前に、俺から良いか?」

「はい」


 コルメンスの言葉を止め、ライゼルトから話す。


「俺には目的がいくつかある。はぐれた息子探しと剣術の布教だ」


 目の前で困っている人間を助けるのは目的ではなく、ライゼルトが生きる意味だ。それを実現するにはどうしても、一人では無理だ。だからこそ、自分で自分を守る術を与えたい。


 そしてウィンツェッツは、ライゼルトを継ぐ者だ。才能はライゼルトの遥か上にある。後は問題を解決するだけなのだが、当の本人と出会えない事には進まない。


「では、この街には」


 コルメンスの嘆願は初めから覆されてしまった。少しだけ落ち込みながらも、コルメンスの頭は次の予定に向かっている。しかしそれも、無駄に終わる。


「この街に残りたいと思ってる」

「え?」


 予想に反し、ライゼルトは街に滞在すると言ってきた。コルメンスがチラリとアンネリスを見ると、同様の驚きを見せている。そういった話はしていなかったようだ。


「そ、それはどういう。息子さん探しや布教ならば……」

「確かに。一つに留まるのは得策とは言えん」


 ライゼルトは腕を組み目を閉じる。


「では――」

「だから、息子探しを代わりにしてくれ」


 ライゼルトから更に、思わぬ提案がされる。


「それは、構いませんが……」

「剣術の布教にしても、大きな都市で広めてからの方が良い。下地があるのとないのとじゃ、あった方が良いからな」


 道場を開きたいのだろう。いわば、レイメイ流として世界に発信したい。しかしその為には門下生が欲しいところだ。本家、総本山ともいえる、絶対の場所が。


「息子探しの件と布教。それを請け負って欲しい」


 コルメンスにとって、願っても無い事だった。剣術というのを直接見たわけではないが、ライゼルトの口ぶりから誰でも使える物であることがわかる。そして、それの教えが広まれば助かる命は多い。


 息子探しも、特徴は多いらしく苦労はしなさそうだ。滞在してくれるのなら、何だってするつもりでいたコルメンスにとって、その条件は条件とはいえないものだった。


 しかし、コルメンスはその言葉をぐっと飲み込む。エルヴィエールも言っていた事だ。自身にとって破格とも言える条件に喜ぶのは、相手に隙を見せる行為だ。そこから何が起こるか分からない。最後まで気を抜くべからず、と。


 ライゼルトは信用出来る人間だ。人付き合いが苦手で、心を開き辛いアンネリスが、すでに……こんなにも、ライゼルトの滞在に喜んでいる。そんなライゼルトに対し、こんな感情を出すのは失礼だが……コルメンスは王なのだ。国民のために、自身の体裁に拘ってはいけない立場にいる。


 コルメンスはライゼルトに感謝しつつ、王として、ライゼルトに更なるお願いをする事にした。滞在し、技術を広めてくれるだけでもコルメンスは喜ぶところだが、今の王都には……それだけでは足りないのだ。コルメンスは心を鬼にして、ライゼルトへ用意していた話を持ちかける。



ブクマありがとうございます!

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