巫女の居ない王都⑦
「だ、誰だ……? 化け物は…………ッ!?」
困惑するディルクは、体を縦に両断されたマリスタザリアが写った。
「次か」
目の前から黒髪の男が消える。”疾風”による移動だ。ディルクは咄嗟に身構えてしまう。
「グオ゛オ゛――――」
喜々として叫んでいたマリスタザリアの声が、消えた。そして弛緩した空気がその場に流れ始めたのだ。
「大丈夫か!?」
「あ、あんたら持ち場は!?」
王国兵達がディルク達の元にやってきた。その兵士達は、北門や東門予定地を守っていた者達だ。持ち場を離れて何をしているのかという声音で、ディルクが尋ねる。
「そこの男が、化け物を簡単に殺しちまったよ……」
大きな剣を振るい血を飛ばし、鞘に収めた男を全員が見ている。魔法ではなく、剣による討伐。そんな事が出来る男を、兵もディルクも知らない。
「あ、あんた……誰だ?」
「俺か? 俺は――ライゼルト・レイメイってんだ。ライゼで良い。そういうあんさんは?」
カカカッと特徴的な、豪快な笑い声で登場した男こそ、後に英雄と呼ばれるライゼルトだった。
マリスタザリアの死体処理が終わり、ライゼルトはギルドに招待された。
「一つ聞きてぇんだが」
「ん、あぁ。何でも聞いてくれ」
「ウィンツェッツって名前の子供見とらんか?」
「覚えがないな……特徴はあるのか?」
「俺と同じ服装に剣だ。どれくらい成長しとるか分からんが、でっかくなっとるはずだ」
「やっぱりないな。すまねぇ」
「いや、良いんだ」
ライゼルトはウィンツェッツを探しているようだ。ウィンツェッツが十歳の時に分かれてからずっと、国中を探しながら王都までやってきたのだ。
「あんた、強いんだな」
「まぁな。あんさんも頑張りゃ強くなれるぞ」
「いや、俺には……」
ライゼルトの様に出来るとは思えないディルクは言いよどんでしまう。しかし、その目に向上心を見て取ったライゼルトは勧誘を諦めない。
「そうか? 才能のない俺でも出来たんだ。あんさんでも出来るぞ」
「あ、あんたに才能がない……?」
「あぁ。親父に良く言われた。お前に才能はねぇが根性だけはあるってな」
カカカッと笑うライゼルトに、ディルクは心を開いていく。豪快ながらも、繊細な心の持ち主だと感じた。自信のないディルクを勇気付けてくれている事が証拠だろう。
「暫く滞在するのか?」
「どうするか迷っとる。ここに滞在した方が会えるとは思っとるが……いかんせん、あの馬鹿は生き方を知らん」
恐らく先程言っていたウィンツェッツの事だと思ったディルクは、「力になれないか?」と声をかけた。
「何か心当たりが?」
「故郷を目指しとるんだろうが、その故郷が分からん。とりあえずでかい街は巡ったんだが」
「故郷か……。ギルドでも捜索しようか」
「いや。まぁ……何だ。喧嘩別れっつーのか。会って何がしたいのか、自分でも分からん」
腕を組み唸るライゼルトに、ディルクは噴出してしまう。
「す、すまねぇ」
「笑われるのも無理ねぇな」
肩を竦めて頬杖をつくライゼルトの隣には剣がおいてある。マリスタザリアを両断した物だ。
「凄い剣なんだな。何の魔法がついてるんだ?」
「”精錬”と”雷”だけだ。剣術って言ってな。これを広める旅でもあんだ」
「ケンジュツ、か」
「興味あるか?」
「あるにはあるが、練習する暇がないな」
ディルクは防衛班の長だ。この後も補修作業や城壁作成の指揮を執らなければいけない。
後々リツカの登場でディルクのやる気に火がつくのだが、この時はまだ退け腰だった。ライゼルトの腕前だから出来る物という思いが強いのだ。
「お待たせしてしまいました」
「あぁ、アンネさん後は頼んだ」
「はい。初めまして。アンネリス・ドレーゼです。どうぞ、アンネとお呼び下さい」
「――――」
「ライゼさん? どうしたんで……」
首を傾げて、何が起きているか分からないアンネリスと違い、ディルクは気付いた。ライゼルトはアンネリスに――――見惚れていた事に。
「は、はじめ、まして。ライゼルト・レィメェです」
女性と話すのは初めてではない。トゥリアに居た時や、街へ出かけた時等、ライゼルトは女性に囲まれたし、それを上手くあしらっても居た。だが、本気の一目惚れはこれが初めてなのだ。
「あー……大丈夫か……?」
「あ、あぁ。おう」
このままではまともに話せないのではないか? と、ディルクが心配そうに声をかける。本当はもう少しディルクに居て欲しいと思っているライゼルトだが、ディルクが忙しい事も分かっている。ライゼルトは人の機微に敏感だ。見栄を張って断ったが、アンネリスと二人きりで何を話すべきか、ライゼルトには分からない。
(いつも通りで、良いんだよな。落ち着け。最初が、肝心だろ)
「美人さんだな。俺のこともライゼで良い。お互い何も知らんし、この後お茶でも」
一度咳払いしたライゼルトは一転して、落ち着いた雰囲気でアンネリスをお茶に誘う。アンネリスも落ち着いているように見えて緊張していたから、ライゼルトが気を遣った形だ。
(ライゼさんそりゃあ……)
ディルクが額に手を当てそうになるのを必死に堪える。他人が聞けば軽薄とも取れる言葉だ。アンネリスは、堅物とまでは行かないが生真面目だ。仕事中に、しかも初対面の人間相手にお茶を誘ってきたライゼルトを少し半目で見ている。
「まだ仕事中ですので」
「そ、そうか」
予定とは大きく違ったが、アンネリスの緊張は解けたようだ。ライゼルトの真っ直ぐ伸びていた背が丸くなり、泰然自若といった姿は見る影も無くなったが。
「それじゃ、俺は東門予定地に行くんで」
「ディルクさん。陛下がお呼びです。先にそちらへお願いします」
「分かった。ライゼさんまた後ほど」
ディルクが立ち上がり、ライゼに一礼する。命の恩人でもあり、街を救ってくれた頼もしき新人だ。きっと良い冒険者になってくれるだろう。
「あぁ。街の案内とか頼む。それと、さんはいらん。大体同じくらいの年齢だろ」
「そ、そうか? 分かった。街の案内はアンネさんがするから、酒場にでも連れて行くよ」
「……待て、今何か」
「そんじゃ、後でな。ライゼ」
「ま、待て!」
ライゼルトの制止を聞かずに、ディルクがギルドを去る。ディルクなりに気を遣ったようだが、ライゼルトの顔は見る見る青くなっていった。
(ふ、二人きりってだけでも……街を歩くだと……!? って、俺は何を焦っとるんだ……? 女と街を歩くなんざいつも――)
混乱した頭のまま、ライゼルトはアンネリスを見る。いつも通り歩くだけと思っていた考えは一瞬で霧散し、ライゼルトは遂に……思考を止めてしまった。
だからだろう。アンネリスの頬が少し赤くなっていた事に、気付かなかったのだ。
王宮に着いたディルクをコルメンスが出迎えた。
「ディルク。教会ではありがとう。住民達も感謝していたよ」
「滅相もねぇってもんです。俺は何も出来なかった」
もし側近の一人でも居れば、ディルクの言動に叱責が跳んだ事だろう。しかし側近は今、ライゼルトの所にいる。それにもし仮に居たとしても、コルメンスとディルクの仲は知っている。革命の時からの付き合いで、コルメンスはディルクを頼っていたから。
「それで、助けてくれた旅人さんは」
「根っからの善人って感じで。報酬の催促どころか、そういった素振すら見せない。当然の権利を行使せずに、むしろ自身の技術を布教したいと」
「ふむ。僕も会ってみたくなったよ」
「アンネさんが街を案内するんで、最後はここに来てもらったらどうですか」
「そうだね。お願いしてみよう」
コルメンスもライゼルトに興味が出てきたようだ。マリスタザリアが跋扈するこの国で、無償の人助けをしてくれた。そしてこれからも、街に滞在して助けてくれるという。感謝してもしきれない程だ。
「本題に入ろう。ゲルハルト様から連絡があってね。時期に巫女様がこの街に来るかもしれないとの事だ」
「何、ですと?」
”巫女”が森から出る。その異常性にディルクが戦慄する。世界で起きている異変が関係しているのは間違いない。
「まだ掛かるようだが、準備は早いほうが良い」
「すぐに城壁と門の製作。防衛班の再編成って話ですね」
「あぁ。頼むよ」
「分かりました。すぐに取り掛かりますんで」
ディルクが王宮を後にする。コルメンスはそれを見送り、”神林”がある南に目を向けた。
(旅人。ライゼルトさん、か)
執務室に戻り、書類をいくつか仕上げていく。それは、選任冒険者についての物だった。
(何れ”巫女”様がやってくる。そうなった時、ライゼルトさんにも――)
王都……いや、世界初の選任冒険者選出試験が始まろうとしていた。