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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
47日目、巫女とは、なのです
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巫女の居ない王都⑤



「だがリツカ様は……」

「はい」


 アンネリスの説明に、ディルクが言いよどむ。

 魔法には声が必要。その事に対して、ディルクが触れる。王都防衛、戦闘に際して、有力者には伝えて居る事がある。


「どうしたの?」

「いや……」


 ディルクは言って良い物か迷い、アンネリスを見ている。


「リツカ様は、言葉を使わずに魔法を行使出来ます」


 アンネリスが代わりに答える。想い、魔力を使い、言葉をもって発動する。魔法の絶対的な法則を無視している事に、リタ達が目を丸くさせる。


「これはアルレスィア様が、リツカ様が眠っている時に仰った事ですが……アルツィア様を超える程の想いがあってこそ、と」


 その際アルレスィアは、自身の無力感に苛まれていたのだろう。小声で「私は……足りていないのでしょうか……」と嘆いていた。


 個人的な考察だが、アルレスィアの魔法は、リツカのように瞬間的に必要な魔法ではない。その為言葉を必要としない魔法は必要ないのではないだろうか。その代わりと言ってはなんだが、アルレスィアは”治癒”を超えた”再生”を行使している。これがなければ、リツカは死んでいたのだ。


 本人には伝わっていないが、アルレスィアは充分に……足りている。


「言葉無しで……」

「巫女様方の見立てでは、魔王もこれが出来ます」


 驚愕するリタ達に対して更に、アンネリスが告げる。魔王を念頭に入れた場合、リツカの行為は無駄に終わるかもしれないと。

 

「それでも、魔法を奪うっていう発想はなかった。いよいよもって、剣や刀による物理攻撃っていうのが必要だと実感したんですよ」


 魔王だけは特別なのだろう。実際、マクゼルトの魔法は言葉を必要としているという報告が上がっている。声を奪う事で、ただでさえ強いマリスタザリアの勢いを削ぐことができる。



 牧場に到着した頃、酪農家達が集まっていた。アンネリスが事前に連絡していたのだろう。


「あの時の? やっぱりそうだったんですね」

「こ、こんにちは!」

「本日はお日柄も――!」


 カルラが来た時すれ違った者達だ。皇姫到着の報は届いているが、誰かまでは知らなかった。リツカ達で慣れている女性陣と違って、美人というだけでテンションが上がっている男達の熱気は凄い。女性陣に頬や耳を引っ張られて漸く落ち着きを取り戻す始末だ。


「リツカ達の武勇伝を聞きに来たの」

「沢山ありますよ。私達は、巫女様達に助けられてばっかりでしたから」

「そうですよ! 俺達の作ったお肉をおいしいと言ってくれまして!」

「皇姫様も是非! こちらを!」


 カルラ達にホルスターンを使ったサンドイッチやステーキが振舞われる。リツカの綻んだ表情を見ようとして作った物と同じものだ。


「わー。ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

「ありがとうなの」

(正直、余り入らないの)


 カルラは少食だ。大盤振る舞いされても、一切れずつしか食べる事が出来ない。


「リツカ様はここで、四回の戦闘を経験しています」

「四回もなの?」


 王国に着いて最初の戦闘。刀を手に入れてから、戦争中、戦後だ。


「全部経験したのは」

「俺と」

「私です」


 二人が前に出てくる。男性と女性、どちらも若い。リツカ達もこの二人を目印にして、牧場の人間と認識している程だ。


「最初は、リツカ様とアルレスィア様が選任の試験としてこちらに出向いた時です」

「血塗れの時か?」

「あの時は驚いたなぁ」

「私、血塗れのお姉さんって呼んじゃいました」


 もはや伝説的な話なのだろう。牧場で選任試験というだけで全員が首を縦に振っている。


「血塗れって不穏なの」


 カルラが少しだけ体を引いている。


「選任冒険者を選出する際、テストとしてマリスタザリアもしくは大型獣の駆除をお願いしました」

「リツカとアルレスィアも受けたの?」

「はい。陛下はそのまま選任にと仰られていたのですが、信用は勝ち取るものと」

「そん時は、実力が未知数でしたんで」


 リツカがこの場に居れば、こう言っただろう。「いきなりやってきた私を信用しろというのが無理だから、せめて試験はしっかり受けないといけない」と。


「シーアとサボリも受けたの?」

「レティシア様は、共和国からここに向かう途中に討伐していたので免除となっています。到着後すぐに任務をやっていただきました」

「ツェッツは普通に受けたな。リツカ様達から見れば未熟でも、十二分に強かった」


 選任の試験は変わらない。マリスタザリアをチームであっても斃しきれるかどうかだ。リツカとアルレスィアは選任を何でも屋と思ってしまっているが、本来はマリスタザリア専門の冒険者だ。斃せるのならば、本来は誰でもなれる。人間性も重視するようになったのは、悪意による豹変が問題となっていたからにすぎない。


「血塗れって返り血なの?」

「それはー……」

「怪我を、したんですよね?」


 リタも、この事は人伝にしか知らない。クランナも、血塗れの姿を見ただけだ。


「はい。マリスタザリアと悪意感染者が同時に出現したので、リツカ様とアルレスィア様は二手に別れました。リツカ様が悪意感染者に対処している間、アルレスィア様がマリスタザリアから酪農家の皆さんを守っていたのです」

「その通りです。私達を守る為に最前線に立っていました」


 アンネリスの確認に、酪農家達は頷く。あの時を思い出ししみじみと話していた。恐怖よりも、その時の光景やその後の出来事が印象的すぎるのだ。


「それがまさか、あんな事に……」

「リツカ様は大丈夫だろうか。また背負い込んでるんじゃ……」

「なの?」


 酪農家達が何かを話している。どうやらリツカ達に関係している事らしいが、詳細を聞く前にアンネリスが更に状況を話し始めた。


「アルレスィア様の盾を壊そうとしていたマリスタザリアに激昂したリツカ様は、マリスタザリアを投げ飛ばし地面に叩き付けました。その際、肩を大きく怪我したのです」

「血塗れって、リツカの血なの?」

「はい」

「そんなに強敵だったの?」


 あのリツカに攻撃を当てる事が出来るという点で、カルラは強敵と認定したようだ。


「魔法を使った初の個体だったというのもありますが……」

「リツカ様、アルレスィア様が虐められていたから冷静じゃなかったって……」

「その事を、我々に謝ってしまったのです」

「どういう事なの?」


 カルラが説明を受けている。アルレスィアを傷つけんと拳を振るっていたマリスタザリアに対し、強い殺意を抱いたリツカは冷静さを欠いていた。その結果、マリスタザリアを投げるという手段に出たのだ。刀ではなく木刀時代だったというのもあるが、時間をかけた結果として、マリスタザリアの魔法を発動させる隙が出来た事が問題だとリツカは謝ったのだ。


「生真面目……いえ、馬鹿真面目なの」

「そうは、思うのですが……リツカ様は本当に申し訳なさそうで、何より無理をしていたものですから……」

「助けてくれただけでも嬉しいのに、私達の助け方まで気にして……」


 リツカ達が来る前から、酪農家達は何度もマリスタザリアに襲われている。そんな中で、重体を負い退職した者も居るのだ。毎回、少なからず犠牲が出ている。しかし、リツカ達が来てから犠牲どころか怪我人すら出ていない。それなのに、助け方が悪かったと謝られても、というのが正直な感想だ。


 しかしそれは、言葉を書面で見た場合に出る感想だ。その場にいたら、そんな無碍な返しなど出来なかった。


「誰だって、最優先ってあるじゃないですか。私だったら、父や母、弟とか……」

「なの」

「でもリツカ様、自分は”巫女”だからって、それすらも赦されないって……」

「”巫女”の優先って」

「誰、なんでしょう……?」


 酪農家達は悲痛な面持ちだ。そんな酪農家達にリタとクランナは恐る恐る尋ねた。自分達の知らないリツカを知りたいという気持ちは強い。しかしこの問題は、余りにもデリケートだ。


「リツカ様にとっての”巫女”とは、光です。目の前の人たちの為に戦うと宣言したあの言葉こそ、優先すべき事なのでしょう」


 演説での言葉を抜粋し、アンネリスが答える。守るべきは傷つき恐怖に震える国民達。その笑顔を守る事だ。


「今思えば、一杯一杯だったのかなって、思うんです」

「聞けば普通の女の子だったそうで……そんな子に、急に英雄として振舞えって言っても、ですよね……」


 解決はしている。カルラから何かを言う事は無い。しかし、リツカという人間を更に深く理解していく。真面目だという印象は受けていた。しかし、それを馬鹿真面目へと上げる。


(次会ったら、肩の力を抜く方法でも教えて上げるの)


 カルラは、朝アンネリスが言っていた事を思い出す。リツカという人間が出来上がるまでの体験が出来る見学。その意味がここにある。リツカは、今の状態でも成長した後なのだ。



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