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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
47日目、巫女とは、なのです
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巫女の居ない王都④



「この真実は知らずとも、二百を超えるマリスタザリアを相手に戦い抜いた三人はこの王都では特別です。今や、未だに戦い続けている三人の力になりたいと志願者が増えています」

「私も、力になりたいです」


 クランナが目を拭う。初めて見た時から傷だらけだった。それでも笑顔を絶やさず、自分に優しくしてくれたリツカ。そのリツカを優しく見守り、自身にお礼まで言ってくれたアルレスィア。二人は引っ込み思案だったクランナを変えた人だ。クランナがカルラに憧れるのも、リツカ達から信頼されたという実績が関係しているのかもしれない。


「クランナが元気で生きてるだけで力になってるの」

「そう、でしょうか」

「なの。クランナが二人を誇りと想うように、リツカ達もクランナ達を守りたいって想ってるの。想いが通じれば、力になるの」


 そしてこうやって、自分を気にかけてくれるカルラもやはり憧れの人だ。カルラの様に優雅に、リツカの様に強く、アルレスィアの様に優しい。そんな女性になりたいと、強く想う。


「おかえりって言ってあげると良いの」

「……はい!」


 クランナの頭を撫でながら、カルラがしみじみと思う。


(一度裏切りに会った人間が良く……なの)


 ”洗脳”。それを聞いて最も驚いたのは、リツカとアルレスィアが気付かなかったという点だろう。そんなもの、普通の人間に気付けるのだろうか。


「リツカの怪我は、どういうものだったの?」

「……」


 アンネリスが再び口を噤む。怪我の状態に関して、クランナはもちろん、リタも詳細は知らない。リタが見たのは、血塗れで真っ青な顔をしたリツカがウィンツェッツに運ばれ、アルレスィアが激しく狼狽した姿だけだ。


 次会った時、いつもと変わらない姿を見せてくれた。でも、いつもより穏やかで、どこか暢気ともいえる表情のリツカに面食らってしまった。そしてその後、母であるロミルダに聞いてみた。ロミルダは「朝はあんな感じ」と言ったが、リタには納得がいかなかった。どう見てもそれは、弱弱しい物だったから。


「命に関わる怪我が殆どです。腎臓肝臓、肺等が半分以上潰れ、辛うじて生きている状態でした」


 懺悔もあるのかもしれない。そんな状況のリツカとアルレスィアに、何が出来たというのだろうか。リツカを治すために、アルレスィアは無茶をした。魔力は生命だ。それを無理に引き出せば命に関わる。そんな二人にアンネリスは何を望み、何をしようとしたのか。


 アンネリスの説明には悔恨が含まれていると、カルラは感じた。


「今は問題ないの?」

「はい。カルラ様が見たとおりです」

「元気だったんですよね?」

「なの。元気に悪漢を退治してたの」

「うーん……元気なんだろうけど、状況が気になる……」


 変わりないようで安心するべきか、マリスタザリアだけでなく悪漢退治までやっている事に困惑するべきか迷っている。選任冒険者として、花屋の手伝いまでしていたリツカ達だ。困っている人を無視出来ないのは分かる。


「牧場では、王都に着いてからの初戦闘、そして何度も行われた戦いを酪農家の皆さんと話します。恐らくこの街で最も、アルレスィア様とリツカ様に救われた回数の多い方達です」

「牧場はどうしても、マリスタザリアが出るから……」

「戦争の後も、酪農家の皆さんが頑張ってくれたから、いつも通りに生活が出来るんですよね……」


 ディルクを呼び戻し、牧場へと向かう。

 マリスタザリアへの恐怖を乗り越え、今でも牧場で働いてくれる者達だ。


(リツカやアルレスィアと親交がある人達って聞いてるけど、それも納得なの)


 仕事から離れる事無く自らの仕事を完遂する姿は、尊敬できる物だ。それは国が変わっても変わらない。他の職業でそういった真面目な人達は結構居る。しかし、酪農家は別だ。離職率も高い。王都のように何度も襲われていては、辞める人間も増える。しかしリツカとアルレスィアが住んでから離職した者は居ないのだ。


「次は牧場ですかい?」

「なの」

「俺も一回だけ、牧場で助けてもらった事があります」

「ディルクもなの?」

「はい……戦争の、日でした」


 少し言い澱んだのは、その時の状況がアンネリスにとっては酷だからだ。しかしアンネリス自身が案内を買って出て、西の荒野に立っていた。ここで気を使うのはむしろ、アンネリスの覚悟に泥を塗る行為だからと、ディルクは話した。


「牧場に着いてからと思いましたが、ディルクさんからその時の様子を」

「あぁ」


 ディルクの考えは当たっていた。アンネリスがディルクに詳細を求める。


「牧場に八体くらいのマリスタザリアが出たんです。何とか守りに入ったんですが、”盾”を維持するのが精一杯という状況でして」


 八体のマリスタザリアに囲まれては、普通は反撃になんて出られない。四人チームを前提として、対マリスタザリアのマニュアルがある。


 相手が一体ならば一人を”盾”に、残りで反撃。相手が二体でサポートを増やす。三体が相手となると反撃を止め、援軍を呼ぶ。四体になると撤退を念頭に動く必要が出てくる。これが、一人でマリスタザリアを倒した実績がある者とない者の差だ。リツカ達は簡単に倒しているが、それだけで英雄扱いされてもおかしくない程の偉業なのだ。


「増援としてリツカ様がいつの間にか到着していて、気付いた時には、三体か四体のマリスタザリアが倒されてたんですよ」

「リツカ様が戦ってるところってそんなに凄いんですか?」

「私も噴水の映像でしか見てないけど……凄かったよ。マリスタザリアってあんなに簡単に倒せるんだって思っちゃったもん」


「八体斃すのに、一分かかってなかったんじゃないか?」

「増援に向かい、報告を受けるまでにかかった時間が三分程でした。ギルドからここまで、リツカ様ならば二分程ですから間違いないかと」

(リツカの戦うところを見てるから本当って分かるけど、もし知らなかったら冗談って思ってたと思うの)


 リツカの日課を辿った事もあり、冗談とは思っていない。しかし、マリスタザリア八体を一分で斃せるとは思っていなかった。


「どうやって斃したかは、見えなかったの?」

「最後のニ、三体なら……」

「教えて欲しいの」

「魔法を発動させようとした二体マリスタザリアを素早く斃して、うち一体の首を蹴飛ばして盾を殴っていた奴にぶつけてました。角が刺さって怯んだ隙に、リツカ様が止めを」


 カルラは、リツカが本気で戦っている姿を知らない。だからだろう。首を刎ねたと言われてもピンとこないのだ。


「リツカは、マリスタザリアをどうやって斃すの?」

「リツカ様が斃したマリスタザリアの殆どが首を斬られています」

「それでも暫くは動くから気をつけろって、言われた事があったなぁ」


 容赦の無い攻撃だ。リツカの覚悟と意志を感じて、少しだけカルラの胸が熱くなる。


「リツカ様の斬撃は正確で、ほぼ同じ位置で斬られています」

「首は首じゃないんですか……?」

「そう、ですよね……」


 カルラはどこを斬ったかを考え、リタとクランナは恐る恐る聞く。何もリツカを畏れている訳ではない。激しい戦闘の中で、どこを狙っているのか気になっているのだ。


「分かったの」

「えっ」

「どこなんですか?」

「声帯なの」


 カルラの答えに、リタとクランナは首を傾げる。自分の首を触りながら何処の辺りか確認しているようだ。


「その通りです」


 アンネリスが頷き、自身の首の真ん中辺りを指差した。


「ここを抑えると、声が出にくく、なります」


 アンネリスが首を指で押し込みながら話す。それに倣って、リタ達もやってみた。確かに、声が出にくいように感じた。


「魔法を発動させるには、発声が必要となります」

「相手が魔法を使うかもしれないから、止めとして声を奪ってるの」

「はい。最初から最後まで、首を狙っているとレティシア様が言っていました」

「対人であっても、恐ろしい事この上ない。魔法がなけりゃ俺達は只の……棒人形と変わりない」


 カルラは思い出す。


(そういえば、ヒスキ相手の時も最初は……首だったの)


 ヒスキ。連合の豪族だ。その者との戦いでも、最初の一太刀は首だった。魔法を封じるために、最初に首を落とす幻覚を見せたのだろう。そうする事で魔法を使う事に対しての躊躇を生んだのだと思ったのだ。


「どんな時でも、この位置を狙っています。致命傷であると同時に、声帯さえ傷つけてしまえば戦闘が有利になるからです」


 魔法がこの世界での究極奥義。これがあるかないか、それが全ての戦いを左右させる。魔法がなければ人間など、蟻と変わりないのだ。



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