『ノイス』続・北部の大市③
”箱”の中だと、”伝言”のノイズもマシみたいです。この事から、悪意が関係している事が分かります。大落窪が関係している可能性もありますけど、良く分かりませんね。
「どうですカ」
《大丈夫っす。何とかなりそうっす》
まだ少しざらついていますけど、ちゃんと聞き取れるくらいにはなっているようです。
「先に、オルデクの状況を教えていただけませんか」
《了解です! ヘトヴィヒ邸の家宅捜索と本人の回収を終え、事情聴取をしたっす。マリスタザリアの実験の後遺症等はなく、平和なものっす》
ヘトヴぃヒ? ……あぁ、下衆の名前でしたね。すっかり忘れていました。
アリスさんの診察でも問題ないと出ていました。時間差の変化もないようで、一安心ですね。シーアさんも、クラウちゃんが無事と分かり安堵してます。
「こちらにマリスタザリアが大量発生しました。オルデクは大丈夫でしたか?」
《こっちには出てないっすね。巫女様達が去って、自分達が来るまでの間にも出てなかったそうっす》
「良かった」
「ですネ」
「もっと喜べば良いじゃ」
「ふっ!」
「そう何度も――ホグッ!?」
シーアさんがレイメイさんを蹴りました。避けられましたけど、蹴り足をそのままレイメイさんの軸足の小指に叩き落したのです。あれは、痛いですね。
レイメイさんの言い分も分かります。クラウちゃん達の無事は私達にとっても朗報です。中でもシーアさんは友人なのです。一入というものでしょう。
「他に何か報告はありますカ」
《そうっした。自分、皇姫様の護衛になったっす》
「カルラさんのですか?」
《うっす。選任の中で選ぶって話で、独身の自分が選ばれたっす》
もしかしたら長旅になります。家族持ちにお願いするのは、カルラさん本人が許さないでしょうね。コルメンスさんの配慮だと思います。
「独身で良かったな」
《もうお前だけじゃねーぞ、ウィンツェッツ。俺も楽しませて貰》
「ジーモンさン」
《何っすか。レティシアさん》
「後で覚えておいて下さイ」
《え……》
(阿呆のジーモン。お前は分かってねぇ)
良く分かりませんけど、シーアさんの逆鱗に再び触れてしまったようです。ジーモンさんも、レイメイさん系の人みたいですね。
《その”伝言”。シーアちゃんと繋がってるんですか?》
《そうっすね。代わるっすか?》
《お願いします!》
聞き覚えのある声です。本当に、元気そうで良かった。あんな事件があったのです。シーアさんや私達の前で気丈に振舞っていた面もあったのです。でも、この声からして振り切ったようです。
《シーアちゃん?》
「久しぶリ、という程でもないですネ。おはようございまス。クラウちゃン」
《おはよう! 天使様達も居るの?》
「おはよう。クラウちゃん」
「おはようございます。元気そうで何よりです」
《はい! 皆さんのお陰です!》
昨日の出来事で不安でしたけど、声を聞いてやっと安心出来ました。本当に、元気そうで良かった。
《ジーモンさんがね。皇姫様? っていうのが来るって言ってるんだけど》
「ですネ。海の向こうの国、皇国のお姫様でス」
《シーアちゃんも知ってるんだよね?》
「はイ。もう一人の友達でス」
どうやら、ジーモンさんが自慢げに言い触らしたようです。カルラさんの事は、余り喧伝して欲しくはないのですけどね。
《じゃあ、オルデクの案内は任せて!》
「お願いしまス。私と一緒で好奇心旺盛な方なのデ」
《案内し甲斐あるね!》
握り拳を作って気合を入れている姿が思い浮かびます。年齢的には、クランナちゃんと同じくらいなんですよね。少し大人しいクランナちゃんとは逆の可愛さがあります。ほんわかです。
クラウちゃんは、お腹の傷の後遺症で大人しい性格だったと聞いています。でもその後遺症も今は大丈夫みたいですね。安心しました。
「ドリスさん達は元気?」
《はい! 私達の事も気にかけてくれてます!》
ドリスさんには頭が上がりません。この街の町長も見習うべきでしょう。街を治めるというのはこういう事です。ドリスさんは町長でも代表でもありませんでしたけど、皆に頼りにされていたのは知っています。
《お母さんも仕事に復帰出来ました!》
「日常に戻れたようで、安心しました」
一度行った街の様子を聞けるのは、嬉しいです。しっかり好転してくれていると、安心感と充実感が満たされます。しっかり救えたのです。
《ジーモンさんがそろそろ代わって欲しそうにしてるから、代わらないと》
「ジーモンさんもサボリさん系の人ですからネ」
「俺が何だって」
「空気を読めないって事じゃ」
「せっかくシーアさんとクラウちゃんが話しているのです。もう少し待って欲しいものですが」
「俺等も暇じゃねぇんだぞ」
それはそうですけど、クラウちゃんとシーアさんの一時を待てない程余裕がないわけじゃないです。
《えっとね》
「どうしましタ?」
《また会おうね。シーアちゃん!》
「! はい。また会いましょう、クラウちゃん」
早速勉強をしたのでしょう。クラウちゃんが共和国の言葉で別れの挨拶を話しています。隠し切れない喜びが、シーアさんの表情を柔らかくしています。先程までの心配はどこかへ霧散していました。
《天使様達も、またお会いしましょう!》
「うん。会えるのを、楽しみにしてるよ」
「お体には気をつけて下さい。今日は寒いですから」
《はい!》
クランナちゃんやエカルトくん、エルケちゃん、リタさんやラヘルさん、ナターリエちゃん。私が出会った、子供達です。皆、私達を支えてくれた人たちです。子供の純粋さ、真っ直ぐな心。やはり、守りたい大切な物です。
《えっとー》
「……ジーモンさン」
《うっす》
「二発でス」
《……うっす》
「阿呆だな」
《ウィンツェッツに言われるとムカつくんすけど》
「あ?」
報告は以上みたいですね。オルデクの無事と、カルラさんの事を聞けたのは良かった。しっかりと王都につけたようですし、コルメンスさんとも良い関係になれたようです。
「あ、ジーモンさん」
《は、はい!》
「カルラさんに会ったら、北西に行くのは最後にして欲しいと伝えて下さい」
《え? あ、はい。分かったっす》
いよいよ、北と北西は危険です。共和国は大丈夫なのは、元老院が元気な事から分かりました。しかし王国領の北西は分かりません。最後が良いでしょう。
「それでハ、切りますヨ」
《うす。何かあったらまた連絡するっす》
「はイ」
”伝言”が切られました。そして”箱”も解除されます。私は広域感知を一応行い、周囲に悪意が無いか探りました。結局、悪意の何が原因で”伝言”に不調が現れたのでしょう。今までこんな事はなかったはずです。
「リッカさま。悪意の方はどうでしょう」
「うん。大丈夫」
悪意はありませんね。”伝言”を邪魔している悪意は、広域感知外に澱んでいるのでしょうか。そうなるとやはり、落窪? でもあれが現れたのは何年も前です。その間”伝言”に不備があったら、調査なりするはず……。んー、分かりません。
「でハ、朝食を食べた後街へ向かいましょウ。サボリさんが買い物、私が地図埋め、巫女さん達は宗教という事でどうですカ。地図埋めと同時にカルメさんの事を聞いておきまス」
「そんじゃ、神隠しは俺が聞くか。市場の方が情報集まんだろ」
「お願いします。私たちも手早く済ませて合流します」
とりあえず、今日を開始しましょう。朝食は、アリスさんの野菜スープです。昨日買うことが出来たお肉の筋も、出汁として使われています。やはり朝は、アリスさんのスープが一番です。アリスさんの温もりで起き、アリスさんの笑顔で目覚め、アリスさんのスープで気力を高めるのです。私の一日は、アリスさんから始まります。
……私の一日の全てがアリスさん、の間違いですね。今日も一日、アリスさんと共に歩みましょう。それが私の生きる意味なのですから。




