『ノイス』続・北部の大市②
まだ、お店は開いてませんね。レイメイさんの修行を再開――。
「そういえバ、宗教の件ですけド」
「……あ」
再開しようとした時、シーアさんがぽつりと呟きました。
「……」
「忘れちゃってたリ?」
「ごめん……」
「私も忘れていました……」
痛恨のミスです。あんな大立ち回りをしてしまっては、教祖に逃げられているかもしれません。買い物等はレイメイさんに任せ、私達は教会を探さないといけません。
「あんだけ俺に、任務はどうこう言ってた奴等がな」
「うぐ……」
「さっきまで俺を説教してやがった奴等がな」
「……」
攻守逆転といわんばかりに、元気になったレイメイさんがゆっくりとこちらに言い聞かせるように口を開きました。
「巫女の役目だ何だとはりきっとったのにな」
これ以上レイメイさんに言わせるのは癪です。話題を変えないと。
「修行を再開しましょう。避ける私に攻撃を当ててもらいます。マクゼルトを想定するので、魔力砲による反撃を行いますから、注意してください」
「まだ話――」
「昨日のレイメイさんは余りにも不甲斐なかったです。マクゼルトの攻撃がどういう物なのか、体験したいでしょう」
「出来るんか」
「殺傷性はなく、どれ程の衝撃が飛んで来るかの体験です」
興味を持ってくれたようです。少し無茶な魔力運用をしますけど、五,六回撃つだけなら問題ありません。とにかく今は、アリスさんをレイメイさんのいびりから守るのです。
「相殺してみせてください」
「……」
やる気を漲らせたレイメイさんが構えました。
私の魔力砲に殺傷力はありません。吹き飛ばす事は出来ますけど、それでレイメイさんが怪我をする事はないでしょう。手が触れた状態で、体内に直接打ち込めば別ですけど。
「私が体調を崩す訳にはいかないので、五回だけです」
「あぁ」
短い間に集中して、何かを掴んでください。私は先ず、いつものように背後を取ります。五回だけとはいえ、出し惜しみはしません。
(リッカさまが、話題を逸らす為に……。私がしっかり覚えていれば、こんな事には……)
無理な魔力運用は体を壊す。マクゼルトを演じるという事は、膨大な魔力を高出力で撃ち込む事になる。五回だけとはいえ、させたくはない。
「私の事やマリスタザリア、落窪ト、昨日は色々ありましたかラ。やる事も多かったですからネ。忘れるのも無理はありませン」
「忘れないように気をつけていたのですけど……。ツルカさんに申し訳が立ちません」
(巫女さんが物忘れなんて余程の事です)
精神的に追い込まれる事が多い日だった。どうしても思考を鈍らせていたのだ。
「サボリさんのようナ、飄々としているだけの人とは違いますからネ。私も昨日のうちに確認をしておくべきでしタ」
「まるで俺が悪者――ッ」
「会話する余裕なんてないでしょ」
耳聡く自分の話題を拾ったウィンツェッツに、リツカの掌底が襲い掛かる。避け、相殺の為の”風”を出すが、昨日とは全く違う。頬に衝撃が走り、ウィンツェッツは吹き飛ばされてしまった。昨日の敵は所詮、マリスタザリア。マクゼルトやリツカの攻撃に合わせるのは至難の業だ。
「実際悪者でしょウ。お二人はサボリさんと違って考える事が多いんですかラ。ここぞとばかりに巫女さんを責める人が悪いんですヨ」
レティシアの言葉に、ウィンツェッツは言い返したいようだ。しかし、リツカの攻めが止まらない。
「俺がッ……! 攻撃側じゃねぇんか!?」
「攻撃して来ないから仕方ありません」
リツカの魔力砲がまた絶妙なのだ。ウィンツェッツの攻撃を潰すように撃ち込まれてくる。その所為でウィンツェッツは、自分の攻撃が出来ていない。
(落ち度があったとはいえ、巫女さんをいびるからそうなるんです。一言で終われば良かったのに)
「そういえバ、今日はあの髪型にしないんですカ?」
「気に入って、いただけましたか」
まだ元気はないが、リツカやレティシアの慰めもあって普段通りにはなれそうだ。後ほどリツカと触れ合う事で、完治するだろう。
「実際似合ってましたからネ」
「色々と理由はあるのですけど……今日はいつものリッカさまを見たいと思いまして」
全てのリツカに魅力がある。今日はいつも通りの気分なのだろう。
「カチューシャで作ってみたらどうでス?」
「成程。面白そうですね」
最後の魔力砲を見事に決めたリツカが、攻撃を止めた。アルレスィアが駆け寄って、体調を診ている。
「何か掴めましたカ」
「……」
「最後の一発に対しての”風”は、タイミングだけは合っていました。後は威力が伴えば相殺出来るでしょう」
修行は終わりと、リツカが”強化”を解く。リツカとアルレスィアは先に船に戻り、シャワーを浴びる。その間レティシアは朝食用のテーブル出しだ。
(今日の予定を整理しておきますか。まずは街で買い物ですね。これはサボリさんだけでも良いでしょう。そして、尋ねるべき事がいくつかあります。カルメさんと神隠しは絶対ですし、教会にいって教祖を問い質すのも追加です。地図埋めと……オルデクに連絡入れたいですね。クラウちゃんは無事でしょうか)
魔法で手早くテーブルを並べ、今日の事を整理する。
(強敵相手に私は余り戦えないのですから、こういった所で役に立たないといけません)
「いつまで寝てるんでス」
未だに船の横で倒れているウィンツェッツに、レティシアが近づいていく。
「見てなかったんか……。十メートル近く吹き飛ばされたんだぞ……」
「その割には怪我してないじゃないですカ」
昨日の戦闘でも、拳圧によるダメージはあったものの地面との衝突で怪我はしていない。受身をしっかりと取っている証拠だ。
「ただ投げられていた訳じゃないんですネ」
「ほぼ毎日投げられてんだぞ。怪我しとったら、体がいくつあっても足らねぇよ」
ウィンツェッツが立ち上がり、船に戻る。
「ン」
「あ?」
「”伝言”でス」
レティシアが公開設定で”伝言”に出る。
「はイ」
《あ、レティシ――すか。――っす》
「何でス?」
《オルデ――――んだ、これ――》
やけに耳に障るザラザラとした声が聞こえる。どうやらオルデク調査隊のようだが、まともな”伝言”が出来ない。
「おかしいですネ。かけ直します」
《え? も――ち度お願――》
「か け な お し ま す」
《あ、は――》
大声ではきはきと喋り、やっと伝わった。レティシアが声を荒げる事はそうそうない。待ち望んだオルデクの状況という事で、焦慮が出てしまった。
「オルデクの事を聞きたいのニ、これでは無理ですネ」
「何が起きてんだ」
「少し不安でス。巫女さん達が戻ってきたら相談しまス」
(切羽詰った様子はありませんでしたし、マリスタザリアは来なかったようですね。それは安心なんですけど、この不調は一体?)
オルデクは無事で、ただの報告だったようだ。しかし、クラウやドリス達のことが気になっている事に変わりは無い。今回ばかりはリツカ達に早く上がってきて貰いたいレティシアは、船室に入っていった。
「巫女さン。リツカお姉さン。ちょっと良いですカ」
「どうしたの?」
「実は先程、オルデクに向かっていたジーモンさんから連絡があったんですけド、変な雑音がするんでス」
ノックして、扉の前で会話をする。扉が開かないのは、リツカがまだ服を着ていないからだろう。
「雑音ですか。それはどのような物ですか?」
「ざらざらした感じですネ。ジーモンさんの声が途切れ途切れになるのでス」
「ふむ。中継器の不備か、”伝言”を行使するためのマナが澱んでいるのか、ですね」
「そんな事って、あるのかな」
「昨日のマリスタザリアの件もありますから、少し警戒した方が良さそうですね。効果があるかは分かりませんけど、”拒絶”か”光”を試してみましょう」
着替え終わった二人が出て来て、甲板に向かう。再びジーモンとの”伝言”をレティシアが行使する。その隣でアルレスィアが、”拒絶”や”光”、”箱”を試していた。
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