巫女の居ない王都
「カルラ姫は、今日も王都内を?」
「今日は外を歩くの」
牧場や西の戦場、東の隅にあるという港を巡るつもりのようだ。
「護衛は誰がするんだい?」
「ディルクなの」
「じゃあ安心だね。何ならうちの子も連れて行くかい?」
「学校は大丈夫なの?」
「今日は休みさ。クランナちゃんも連れて行くと良い。ラヘルは店番だけどね」
昨日と同様、仲良くなった者達と回る事を提案するロミルダにカルラは頷いた。
「少し遠出になるけど、大丈夫なの?」
「ディルクが一緒なら、そうそう大事には至らないよ。リタもちょっとくらいなら攻撃魔法出来るからねぇ」
「飛行船で行くから、なるべく戦闘にならないように配慮するの」
リタは元気に、色々な質問や説明を一生懸命してくれた。その一生懸命さは誠意の表れで、カルラと仲良くなりたいといった感情も伝わってきた。その真っ直ぐさはカルラには珍しい物で、リツカ達もこんな気持ちだったのかと想ったものだ。
クランナは年下だけど落ち着いており、幼い頃の妹と重なった。リツカとアルレスィアを敬愛しており、二人を支えたいという気持ちが伝わってきた。カルラの優雅さに、憧れにも似た表情をしていたのが印象的で、カルラも可愛がっている。
ラヘルは無口だけど、こちらの意図や気持ちに敏感だった。二人が日用品を買いに来た時の様子など、色々と役に立ちそうな情報をくれた。カルラの悪巧みに、ラヘルがちょっと後悔したという余談もあったりする。
カルラの、王都の友人と呼べる者達だ。立場や生まれを越えた友情。王国での旅は、カルラにとって特別な物になっている。ただの妹探しのつもりが、かけがえのない経験となったのだ。
「港の話は、私達も知らないからねぇ。牧場と戦場は有名だけどさ」
「アンネリスは知ってるみたいなの」
「教えても良いのかねぇ」
「多分、濁すところは濁すの。昨日もそういった所がいくつかあったの」
教会に行った時の話だ。イェルクとのいざこざは濁された。確実にカルラはイェルクを軽蔑するだろうと分かっていたからだ。
西の戦場で、イェルクの話はしなければいけない。それでもアンネリスは、詳細を伏せるつもりでいる。エルタナスィアから聞いた、アルレスィアとの確執。それはアンネリスの口から、話すものではないからだ。
港での話を濁すかは、微妙なところだ。リツカという人間が持っていた弱さ。それは今の巫女二人を作る契機でもあり、根幹となったからだ。アンネリスも一から十まで知っているわけではない。話せる範囲で話すだろう。
リツカ達としても、友人であるカルラに自分達を知られて困るという事も無い。カルラが知った事を基に、昔話で花を咲かせる事も出来る。
「シーアは、朝見なかったの?」
「何回か本を持って歩いてるのを見たねぇ。リツカちゃんの経路とは別だったけど」
「なの?」
「北から仕入れる時があるんだけどね。そん時に何度か見たよ」
フードを被って、じっと本だけを見て歩いていた。
「読んでたの?」
「そうだよ。凄い速度でページを捲ってね」
「危ないの」
「大丈夫だよ。皆避けてたし、器用なもんで壁には当たらなかったしねぇ」
王都の地図を完璧に頭に入れていたレティシアは、壁に当たったりはなかった。道路に置かれた想定外の荷物などは、住民が気をつけていた。
「どんな本なの?」
「歴史書とか、学校の教科書とかだねぇ。目の下に隈作ってたよ」
「徹夜なの?」
「多分だけどね。勉強熱心な子だよ。リタも見習って欲しい物だねぇ。ねぇ?」
「うぐ」
隠れて会話を聞いていたのだろう。リタがひょっこりと現れた。
「おはようなの」
「おはよー」
「今日は外を歩くけど、一緒に行くの」
「最近は余り外に出られなかったから、楽しみにしとくよー。今夜出発なんだっけ」
「少し迷ってるの」
「問題かい?」
カルラが目を瞑り迷っている。状況や予定から、どんな事が起こりうるか考えているようだ。
「明日の朝出発でも、明日の夜中には着けるの」
王都と共和国の中心地までを直線で結ぶと、エアラゲは丁度真ん中といった所だ。そのエアラゲから半日も掛からずに王都についたのだ。一日あれば共和国までいける。
「ただ、元老院が問題なの」
「陛下も少しばかり気にしてたようだけど、何かあるのかい」
アンネリス経由でロミルダとコルメンスも見知った仲だ。巫女関係では、ロミルダがご意見番みたいなところもある。良き年長者、国民と王を繋ぐ橋渡し的な存在となっていた。
「今、エルヴィエール陛下が軟禁されてるみたいなの」
「え!?」
「リタ。声が大きい。どういう事だい?」
「詳しくは省略するけど、元老院は今の王国との関係を良く思ってないの」
ロミルダは理解したようだ。しかし、学校通いで勉強しているはずのリタは、頭に疑問符を浮かべている。王国と共和国が結んでいる同盟。それに盛り込まれた数々の条項。エルヴィエールとコルメンスとの間で結ばれた為、元老院のような過激派からは「甘い」と嫌われている。
「シーアの事とかコルメンス陛下の事とか気にしてると思うの」
二人には言っていないが、時間をかければ巫女二人が危険というのもある。早めにエルヴィエールを解放する為に動いた方が良いと考えているようだ。
「一日くらいなら、大丈夫じゃないかなぁ」
「向こうはわらわが来る事を知らないから、そうだとは思うの」
王都も居心地が良い。カルラの迷いは、ロミルダ達と別れる事への寂寥感から来る物だ。カルラの、レティシアへの想いもそれとなく理解しているロミルダは、安易に残っても良いとは言えなかった。
「夜までは時間があるんだ。ゆっくり考えな?」
「なの。それじゃあ、もうちょっと歩いてくるの」
「リタ。付いて行ってやんな」
「はーい」
「ありがとうなの」
「こき使ってやって」
ロミルダに見送られて、カルラは散歩を再開した。リタに付いて行く様に言ったのは、護衛というのもあった。だけど、せめて少しでも長く、交流の時間を設けたいと思ったというのもある。
「何かこの感じ、懐かしいねぇ」
「リツカ様ん時もこんな感じだったのか?」
「やっぱり付いて来てたんだね」
「まぁ、国賓だから、何かあっちゃいけねぇ」
ディルクがカルラに気付かれない距離から見守っていたようだ。
「リツカちゃんも危なっかしいところがあったからねぇ」
隙の無い完璧超人。そんな人間は居ない。ロミルダのような年長者から見れば危なっかしいところも多々あった。
「アルレスィアちゃんが居ないと心配で仕方ないって感じだったよ」
「二人が別々に居るところを見たことがないからなぁ」
ある時を境に、リツカはアルレスィアから離れる事が極端に少なくなった。朝の日課の時くらいしかロミルダも見た事がない。
「ま、早起きした人間へのご褒美って奴さ」
アルレスィアと居る時と、大きな差はない。しかし、アルレスィアが居る時よりずっとのほほんとしている。走っている間や素振りの時は戦闘中と変わらない緊張感だが、人と会話する時などはぽけーっとしていると感じる程だ。だからこそ、ロミルダやライゼルトは気にかけていた。
「そろそろ見えなくなるよ」
「おっと。そんじゃ、娘さんも任せておいてくれ」
「頼んだよ」
ディルクが護衛を再開するために動き出す。後ろから眺めると、ディルクは不審者だ。護衛は居た方が良いとはいえ、カルラに気苦労を与えてはいけない。ディルクが隠れるように護衛をしているのは、カルラに気を使わせないためだ。
ロミルダもお店の準備を再開する。リタに手伝わせるつもりだったが、カルラが娘と仲良くしてくれて嬉しいのだろう。自然とリタに付いて行く様に言っていた。
「さてと。クランナちゃんのとこに連絡だけしておくかねぇ」
何枚かの伝言紙を取り出し、クランナ宅へ連絡を入れる。
「おはようございます。実はカルラ姫が今日は外を歩くらしく。――えぇ。はい。護衛はディルクですね。飛行船での移動って話ですから。はい、伝えます」
クランナの参加も決まったところで、朝陽が城壁から溢れてきた。王都の朝が、始まる。