『ノイス』悪意の影響③
ウィンツェッツは戦っていた。
(チッ……)
ウィンツェッツの方が押している。しかし、体の傷で言えばウィンツェッツの方が多かった。
(体が削れやがる。俺の攻撃は通らねぇ)
振るわれる右拳に対して、ウィンツェッツの”風”が吹き荒れる。タイミングが悪かったのか、ウィンツェッツの額が弾け血が流れ始めた。額を流れる血を気にする事無く、ウィンツェッツが刀を振るう。
「――ッ!」
マリスタザリアの伸び切った腕目掛けて振るったにも関わらず、マリスタザリアはすでに体勢を変えている。相手の動きのキレが良い。体捌きはウィンツェッツ以上か。
「クソッ!」
簡単に避けられ、更に反撃が飛んで来る。ウィンツェッツが体を捻り”風”による相殺を狙うが、今度は力が弱い。タイミングを計りすぎて威力が落ちたのだ。
(赤いのは俺なら出来ると言っていたが、難すぎだろが)
肩に衝撃が走り、後ろへ吹き飛ばされる。
「負ける気はしねぇが、時間がかかるな……」
(遊んでるつもりはねぇが、当てるには考えねぇと)
ウィンツェッツが立ち上がり、相手を見る。マリスタザリアも、ウィンツェッツが強敵であると認識している。追い討ちをしないのは、安易に間合いに入る事を避けているからだ。不用意に入れば斬られると分かっている。
(冷静だな。クソが)
勝負を急ぐ事無く出方を見るマリスタザリアに、ウィンツェッツは歯噛みする。
(まァ、赤いのよりは楽だな。アイツは相手の出方を見る必要がねぇ)
リツカは攻撃中であっても、相手の攻撃に対応出来る。第六感による察知と悪意感知、ライゼルトすら驚嘆する観察眼によって、未来予知と見間違う程の回避性能をしている。
いや、今や未来予知と断言しても良い。
「手数も力か」
「……」
睨み付けてくるウィンツェッツを、マリスタザリアはゆったりとした構えで睨み返す。一瞬の間を静寂が支配する。マリスタザリアが一歩を踏み出そうとした瞬間、ウィンツェッツは消えた。
「ォラァ!!」
上段からの振り下ろし。マリスタザリアにも反応出来る攻撃だ。何度かの差し合いで、ウィンツェッツはマリスタザリアを知った。この相手は、カウンターをしかけてくる。
ただの”疾風”ではない、連続発動を仕込んだ”疾風”で飛んでいたウィンツェッツ。カウンターに対し、ウィンツェッツは再び消えた。
「――ッ!」
そしてマリスタザリアの背後へ現れ、今度は声を出さずに斬りかかる。肩口への袈裟切り。マリスタザリアの反応は一瞬遅れてしまう。しかし相手は化け物だ。人では考えられない体捌きで避けきる。
マリスタザリアは勝利を確信した。完璧なタイミングで避けた上に反撃へと移る事が出来た。すでにウィンツェッツの命は捉えた。
そう、勝利を確信したのだ。
「――!?」
驚愕といった表情を、マリスタザリアがとったように、ウィンツェッツには見えた。
「ォ――ラァ!!」
大量の血飛沫と共に、腕が飛んだ。
「グ……ル……ッ」
「――ッ!!」
昔のウィンツェッツならば、ここで相手を見下した。しかし今は――。
「グルッ!!」
「甘ぇ!」
空気砲がマリスタザリアの拳と拳圧を弾く。ベストなタイミングで腕の横を弾いた。ウィンツェッツへのダメージはない。
(この一連で――終わりだッ!!)
相手を下に見ない。目の前の敵は強敵なのだ。そしてウィンツェッツにとっての強敵とは――リツカだ。
「死ねや……」
相手を下に見ない。口に出し、考えてみた。しかしピンと来なかったウィンツェッツは、敵を全て……リツカとして見ることにした。
「赤ぇの!!」
「……ッ」
右袈裟から左横腹へ、ウィンツェッツの刀が入っていく。確かな命の手応え。マリスタザリアは、絶命した。
「こんな、もんか」
ウィンツェッツが肩で息をする。
(ちったぁ、強くはなったか。だが……マクゼルトは無理だな。スピードも力も段違いだ)
冷静に自分の実力を見る。致命傷どころか重傷すら負っていないが、これがマクゼルトによる攻撃だった場合は別だ。すべて致命傷であり、ここまで戦えなかっただろう。
(チッ……手前ぇを見つめなおしたらこれか。赤ぇのの修行、もっときつくしてもらうしかねぇ――)
「すげぇ……」
「あ?」
いつの間にか、三人程の観客が出来ていた。
「お前等、鍛治屋んとこの」
鍛治屋で会った、バルトを含む三人だ。リツカとアルレスィアが離れた辺りで、街の外を沿うようにやってきた。
「今治療しますんで!」
「あ? あぁ……」
体中ボロボロのウィンツェッツを休ませるために、三人が甲斐甲斐しく動く。椅子を運び、座らせ、治療し警護する。
「これを一人で……」
「は?」
「やっぱすげぇッ……」
「最後に戦ってた奴なんて、俺等じゃ一秒も戦えねぇよ……」
何を勘違いしたのか、大群を倒したのがウィンツェッツのお陰となっている。この三人は最初の現場に居なかった。リツカとレティシア、アルレスィアの戦いを知らないのだ。
「違ぇ」
「え?」
「俺がやったのは最後のだけだ」
「じゃあ他は……」
「俺と一緒に居たチビだ」
「そんな馬鹿な……」
この世界において、人は見た目に寄らない。魔法の強さに見た目など関係ないからだ。しかしそれでも、小さい、女というだけで下に見られるのも事実だった。
「勘違いで賞賛されるのなんざ趣味じゃねぇ」
ウィンツェッツがため息を吐く。
「雑魚はチビガキと赤いので殺ったし、俺が苦戦してた奴を赤いのは一撃で秒殺しとる。町を守ったのは巫女の馬鹿でけぇ盾だしな」
街で見た凛々しいリツカと清楚なアルレスィア、その二人を慕っていると一目で判る程朗らかな表情をしていたレティシア。男達三人は、それを思い出した上で、戦場を見る。
焦げて、首の無い大量の死体と、同じく首の無い大きな死体。
(あの三人とこれが繋がんねー)
(照れ隠しだろうなー。確かに強いみたいだけど、これは無理だろ)
(つーか、して欲しくねー)
三人が急に考え込みだした。それを見ながらウィンツェッツは。
(絶対ぇ納得してねぇな)
何故信じないのか理解は出来ないが、見た目で嘗めてるんだろうと当たりをつけたウィンツェッツは、再びため息を吐いた。
(まァ、どうでも良いか。アイツ等は戦果を誇らねぇし、訂正もしねぇしな。チビガキがどうにかすんだろ)
結局、レティシア任せのウィンツェッツ。レティシアが聞いたら蹴られて小言を言われそうな事を考えてから椅子に深く腰掛け空を見上げた。
「……」
そして、二人の少女に見られている事に気付いた。
「いつ、戻ってきた」
「死ねや」
「赤いの。からですね」
「……」
微妙に口角がひくついているリツカと、無表情のアルレスィアが立っている。完全にアルレスィアはキレている。ウィンツェッツが何故そんな事を言ったか、アルレスィアとリツカはもちろん分かっている。しかし、アルレスィアが怒る理由も、リツカは誰よりも分かっている。アルレスィアの怒りを止める事も、もちろんしない。
「何で此処に居る」
「悪意はありませんけど、終わった戦場を確かめるのも務めです」
「住民も大丈夫らしいんで」
レティシアに住民への説明に向かった方が良いかと尋ねた際、そちらは十分に説明出来たとの事だった。だから戦場の方が終わった事を感じたリツカの提案で、ウィンツェッツの治療に来たのだ。
「今回は手抜きをしなかったようで安心しました。時間がかかりすぎな事を除けば概ね合格です。しかし、ボロボロですね。そんな事では一生マクゼルトを任せられません」
「……」
(アリスさんの言うとおりなんだよねぇ。手を抜いた形跡はないし、太刀筋もずっと良い形。だけど……時間はかかりすぎで、攻撃を受けすぎ。マクゼルトはまだまだ無理)
手を出す事はない。しかし、アルレスィアの小言は止まらない。ウィンツェッツの言葉が、ただの自己暗示ならばここまで怒らない。少なからずリツカの訓練にイラついていたのだろう。本気が混ざった「死ね」という言葉に、アルレスィアは怒っている。まぁ、たとえ十割自己暗示でもアルレスィアが赦すはずないが。