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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
46日目、最後の都市なのです
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『ノイス』北部の大市⑮



 メモを書き終えたレティシアと時を同じくして、ウィンツェッツも研ぎ終えたようだ。


「すげぇ……剣ってこんなに斬れるのか……!」

「当たり前だろ。つぅか何をしたらあんなに刃が潰れんだよ」

「木とか草とか切ってた……」

「それにしちゃ潰れすぎだ」

「偶に、岩とか削って……」

「阿呆か?」


 技術が無い人間が適当に剣を振るうと簡単に刃が潰れる。魔法を主に使っている人間にとっての剣は、鉈と然程変わりが無い。


「サボリさん行きますヨ」

「待て。砥石と油は用意出来てるか」

「はい。こちらです」

「いくらだ?」

「お代は頂けません」

「あ?」


 お金はいらないという店主に、ウィンツェッツが片眉を上げる。余計な事をお願いされるのではないかと訝っているのだ。


「研ぎの勉強代と、包丁を研いでいただいた分という事で」

「割りに合わねぇぞ」


 明らかにウィンツェッツが買った砥石と油の方が高い。それでもお代は受け取らないと首と手を振っている。


「ウィンツェッツさんとは長い付き合いをと思っておりますので」

「そういう事なら、貰っていくぞ」

「それと、赤の巫女様もウィンツェッツさんと同様の物を持っておりましたが」

「あぁ。言ったろ。あれもライゼ製だ」

「やはり……では、赤の巫女様も是非、ご贔屓にさせていただきたく」


 商魂逞しいとはこの事だろう。抜け目なく良く見ている。


「アイツは武器に拘りなんざ持ってねぇからな。まぁ、声だけはかけといてやるよ」

「ありがとうございます」

(リツカお姉さんは、斬れれば何でも良いって言ってましたね。拘って作ったのはあくまでお師匠さんですし)


 ライゼルトに詳細を伝えたが、リツカが拘ったのは片刃の刀という事くらいだ。


「そういや、この辺に町はねぇのか? 集落でも村でも良いんだが」

「地図に載ってない所までは……」

「それでハ、行商の方は知りませんカ」

「それでしたら、何人か知っております」

「教えてくださイ」


 鍛治屋の店主から聞いた行商をメモする。全員から話を聞ければ、この周辺の正確な地図が出来るだろう。


「ちなみに地図ってありますカ」

「これで良ければ」


 受け取った地図は、王国が作った物と大差ない。やはり聞くしかないようだ。


「あぁ、チビ。コイツが上手い料理屋を知ってるらしい」

「そうなんでス?」

「え? は……はぁ」

「案内お願いしまス」

「ウィンツェッツさん、どういう」

「言ったろ。食うのは俺じゃねぇって。料理屋を知りてぇのはコイツだ」


 指を差されたレティシアは、ウィンツェッツと同じようにナイフを投げていた。ナイフ投げや剣投げを間近で見ることが多いレティシアも、どうやって投げているのか気になるようだ。


「リツカお姉さんから聞いたんですけどネ。結婚式にはウェディングケーキというものがあるらしいんでス。ケーキ入刀っていう儀式があるらしク、華やかみたいでス」

「ほう。何の意味があんだ?」

「そこまで聞いてませんヨ。王都で結婚式があった時、何気なく聞いただけですシ」


 その時はコルメンスとエルヴィエールの結婚式があるなんて思っていなかったレティシアは、何気なく世間話をしただけだ。リツカの世界に興味があったから聞いた。それが役に立つ日が来るとは、嬉しい誤算だったらしい。


「何だ。うめぇケーキが食いたいだけか」

「流石に違いますヨ。私がお姉ちゃんの結婚式を最高の物にしたいだけでス」

「あぁ、そう」

「カチンときましタ。私の手に何があると思ってるんでス」


 穿った見方と勘違いをされたレティシアが、手に持ったナイフをキラリと見せる。勘違いされた事より、その後の適当な相槌が気に触ったようだ。


「ヘタクソの投げナイフなんざ怖くねぇ」

「分かってないですネ。リツカお姉さんなら絶対に当てませんけド、私はヘタですから何処に飛ぶか分からないんですヨ」

「……」

「当たるかも知れないですネ。しかも何処に当たるか分かりませン」


 ナイフをプラプラさせながら、ウィンツェッツから視線を外す。視線を合わせない事が、逆に恐ろしい。レティシアの怒りの大きさを表すように、魔力が高まっていく。魔力は見えずとも圧が高まっていくのだ。


「……」

「言う事があるんじゃないですかネ」

「……チッ……すまんかった」

「分かれば良いんですヨ」

(こいつは本気でやるからな)


 レティシアでも、生死に関わる事はしない。しかし、散々蹴られたウィンツェッツは勘違いをしてしまった。レティシアの線引きが分からなくなっている。怪我くらいならさせられそうと思ってしまっている。


「まァ、本当に投げたりしませんヨ。これでも良識はあるんでス」

「……」

「まさカ、本気でやるとか思ってませんよネ?」

「思ってるが」

「お馬鹿すぎでハ」

「巫女共とは違う意味で冗談が分かり辛ぇんだよ」


 リツカの無感情な冗談と違って、レティシアは感情豊か過ぎるのだ。冗談が冗談に聞こえない。演技が上手いともいえる。


(ウィンツェッツさんは本当に、巫女様達と旅してんだなぁ。羨ましいなぁ。まだ子供だけどこの子も可愛いし。こんな商売じゃ、彼女も出来やしないしなぁ)

「お馬鹿なサボリさんは放っておいテ、その料理屋って何屋でス?」

「え? あーえっと……何の話、だっけ」

「料理屋の種類でス。王国料理とカ、連合料理とかあるでしょウ。一番良いのは甘味屋なんですけド」


 他人から見れば仲良くじゃれ合っているようにしか見えない二人を、店に居る人間が見ていた。ウィンツェッツを最初に店へ連れて来たバルトは特に羨んでいる。彼はそろそろ三十を超える。結婚したいのだ。


「あー……甘味じゃないな」

「甘味が良いなら俺が知ってるぞ」


 別の客が名乗り出る。甘味の良い店があるならそっちが良いかと思ったバルトだが、その男の次の言葉で絶句してしまう。


「巫女様達も連れて来なよ。女の子達に人気らしいからさ!」

「ふム。サボリさン、私はそっちに行きまス」


 落ち込みに落ち込んだバルトに追い討ちをかけるように、レティシアは甘味を優先させてしまう。


「そうか。んじゃ、あんたの店は俺が聞いとくか。晩飯に丁度良いだろ」

「ですネ。余り疲れてはいないでしょうけド、今日はとことんゆっくりしてもらいましょウ。リツカお姉さんは一度魂を手放してますシ」

「えっと、それじゃ」

「あぁ。そうだな。また後で合流するか」

「う、うす!」


 残念な事に、同席出来る訳ではないのだが……男達にそれを知る術はない。一度バルトと別れ、先に地図を埋める作業を始める。丁度良いところで巫女達と合流し、甘味を味わう予定のようだ。


「でハ、伝言紙を下さイ。こちらから伝言しまス」

「へい」


 甘味店を知る男とも一旦別れる。仕事は今日中に終わらせたいと思っているが、明日の朝まで食い込みそうだ。


(一時間後くらいに巫女さん達と合流して、再び散策。夜八時か九時くらいに夕飯ですね。その後に活動は無理でしょうシ、やはり明日まで持ち越しです)

「行きますヨ」

「あぁ」


 店から去っていくレティシアとウィンツェッツを見ながら、店の男達は疑問符を浮かべる。


(ウィンツェッツさんより、あの子の方が上なのか?)

(力関係ってどうなってるんだ?)

(ウィンツェッツさんとあの子が、巫女様達の護衛? でも巫女様は化け物を二百体倒したって言ってたな……)

(分かんねぇ……。でもあの子も只者じゃないってのか……)

(俺の娘より下じゃないか……)


 疑問はふつふつと湧き出てくる。しかし、声に出す事は出来なかった。

 二人より長く生きているにもかかわらず、男達は弱い。護衛や冒険者なんてやっていると、若い連中より弱いなんて事はままある。しかしあの二人はまだ十代かそこらだ。レティシアに至っては十を超えてすぐにしか見えない。そんな子より弱いなど、自尊心が許さなかった。


 アイドルを見た時のような熱狂をしていた男達。しかし冷静になれば畏れへと変わる。噂が真実味を帯び、声を止めた。世界の高さを知った男達に残ったのは、どうやって強くなるかという純粋な疑問だけだ。


 戦う仕事を選んだ者として、自分の命を守る為に強くなる。そんな簡単なことさえ難しい。魔法の限界は思ったよりも早い。誰もがリツカやアルレスィアのように、どこまでも高く、深く、想いを乗せる事など出来ないのだ。



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