『ノイス』北部の大市⑭
シーアさんが”転写”を構えていました。このアリスさんは独占させてもらいます。写真を見るであろうエリスさんとエルさんには渡しません。
「リッカ、さま」
「して、良いんだよね?」
「は、はひっ」
綿の様な雪兎ではなく、絹の様なアリスさんの肌。手袋越しでしか触っていなかった雪兎ではなく、アリスさんだとその肌の温もりを全て堪能出来るのです。雪兎と戯れる予定が、アリスさんに甘えてもらえるとは。私が甘えているのでしょうか。どちらでも、構わないですね。早くアリスさんに。
「ぃ、いくよ?」
「どう……ぞ、リッカさま」
頬擦りは何度もしています。いつも通り抱き寄せて……抱き寄せて……。
「……」
「リッカ、さま?」
「ぅ……」
何でこんなに緊張を……。いつも待ち望んでいたはずです。どんな時でも、こういった一時を、大切に想い、何度もしたいと……。ちょっと抱き寄せて、頬擦りするだけ……こんな簡単な事が出来ません。
「……」
「……」
こんなヘタレでどうするのでしょう。アリスさんもきっと呆れて……。ここは男らしく……男? 私、女……。頭混乱して? あう……。
「……えいっ」
「ぅきゅっ!?」
抱き……? 押し倒……!? ここで倒れたら、アリスさんが怪我する可能性が……!
ギリギリ耐え、アリスさんを。受け止めきります。先んじられた上に、このままではアリスさんに主導権を渡してしまいます。今回は私がアリスさんを癒すのです!
「私への頬擦りをお願いして、リッカさまはそれを受けたのです。つまり……逆でも良いのですよねっ」
「ぁ……わ、私がするのっ」
「早い者……勝ちですっ」
あぁ……っ! アリスさんのすべすべで……張りがあって、吸い付くような……頬が……私の頬にっ。
「リッカさまの頬は、オモチみたいですね」
アリスさんに教えた、向こうの世界の食べ物です。アリスさんの頬は白玉のようです。
「もっと、欲しいです」
「アリスさんなら……良いよ……」
あぁ……っ。私は何て、弱いのでしょう……。流されて、アリスさんに捧げてしまいました。私がアリスさんを癒そうとしたのに、これでは私が癒されっぱなしです。
「他に、して欲しい事ある?」
「……え?」
「頬擦りしたいのは私だから、アリスさんがしたい事、して良いよ?」
私とアリスさんの間に、ギブアンドテイクはありません。それでも私は、アリスさんから受けるだけは嫌です。アリスさんにはいつも支えられているのです。アリスさんも、思い通りにならない私に気疲れを起こしているかもしれません。だから私はいっぱい、アリスさんを癒したい。これはアリスさんから受けた癒しを返すといった物ではなく、私の想いです。アリスさんが大切なのです。
「き……今日のお願いは、使いましたから……。ちゃんと私の作った髪型で居てくれています」
「お願いじゃなくて、私からの懇願って事で。私も欲しいな?」
アリスさんの欲しい物が、私も欲しいです。本心です。
「では……私が合図するまで目を、閉じていて下さい……」
「うん!」
目を閉じると、より強くアリスさんの肌を感じます。視覚に頼らない訓練の賜物でしょう。目を閉じると、耳、鼻、肌、第六感が強く働くのです。漠然とした情報の方が、脳をより刺激します。アリスさんを強く感じるのです。
「……」
アリスさんがじっと、私を感じています。目を閉じているから、詳細は分かりません。でも私は受け入れます。
首筋、背中、腰、肩、頬、瞼、頭。アリスさんが触れていっています。全身ふかふかで、良い香りがして、溶けそう。
「リッカさま……」
「ぁぅ……!」
名前を呼ばれると、脳髄がビリビリと痺れます。自分からお願いして、アリスさんの欲しいままに私を捧げています。しかしこれは……っいつもより激し……!
「そのまま……いて下さい」
アリスさんが私を抱き締めたまま、私の背後に回りました。背中も、温かくなっていきます。
「ぅぅ……」
見たいときに見れない事が多いです。今のアリスさんは、どんな表情をしているのでしょう。幸せそうなら、良いのですけど……。
(シーアさんを待たせていますし、そろそろ……しかし……リッカさま……)
アリスさんの手がお腹を撫でています。
「リッカさま。もう、目を開けて……大丈夫です」
「良いの……?」
「……はいっ」
物足りないようですけど……目を開けます。私の前に戻ってくれていたアリスさんと目が合いました。やっぱり、物足りないようです。
「続け、ないの?」
「ここでは、ゆっくり出来ませんから」
「じゃあ船で、続きする?」
「……良いの、ですか?」
「うん。私からの、お願い。今度は目を、開けてたいな?」
アリスさんの表情を見ていたいです。目を閉じているのも趣があって良かったですけど、やっぱり見たいのです。
「ぜ、善処しますっ」
(み、見られてしまうのでしたら……気をつけないといけませんね……っ)
「うん?」
アリスさんが気合を入れなおしています。緊張もしてるような。見られると恥ずかしい? のでしょうか。
「目、瞑ってた方が良かったり?」
「い、いえっ。リッカさまは、私の表情を見たいのです、よね」
「うん。気になっては、いるかな」
それに、私も抱き締めたいです。
「それでは、夜寝るときに……っ」
帰ってすぐではないんですね。我慢出来るでしょうか。
「シーアさんと雪兎が待っていますよ。リッカさま」
「雪兎。次はいつ見れるか分からないしね」
シーアさんを待たせては申し訳ないですね。
「戻りましょう?」
「うん」
エリスさん達に見せるための写真なのでしょうけど、撮られないようにしましょう。エリスさん達になら見られても問題はありませんけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。
戻ると、氷の床に雪が敷かれていました。人口の雪も綺麗ですね。ごわごわしているのはやっぱり、人工だからでしょうか。
「戻りましたカ。雪兎は今お食事中でス」
「そうなの? 見えないけど」
「雪の中で食べるんですヨ」
穴が空いており、そこを覗き込むと雪兎が一心不乱にキャベツを食べていました。
「結構買い込んだけど、何日分なの?」
「あれで五日分ですネ」
「一日一玉食べるの?」
「でス」
この小さい体に、キャベツ一玉と蕗の薹が入るのですか。丸々と太るのでは……? それはそれで可愛いですね。
「シーアさんみたいですね」
「まァ、大食いな所は似てますネ。私と違っテ、雪兎はただの食事ですけド」
「シーアさんは違うのですか?」
「私は趣味ですネ」
趣味で、あんなに食べられるんですか。違いますね。あんなに食べられるから趣味に出来るんですね。
「さテ、どうしますカ。まだ見ているなラ、戸締りだけお願いしたいのですけド」
「シーアさんはそろそろ行くのかな?」
「ですネ。外でサボリさんを知っている人達を待たせているのデ」
レイメイさんの名前を出していたあの人達ですね。シーアさんとはこれから別行動です。シーアさんが動くのなら、私達も動くとしましょう。
「私達も行くよ」
「良いんでス? 次見ることが出来るか分かりませんヨ」
「一回も見れないはずの雪兎を一回でも見れたなら、それで満足かな」
「ですね。本来であれば絶対に見る事の出来なかったはずの子ですから」
「お二人が満足したなラ、見せた甲斐があったというものでス。でハ、ご飯に夢中になっている間に行きましょウ」
共和国に行く予定はあります。その時にまた見れるかは運ですね。一期一会です。一度の出会いであっても、私達には思い出です。
(また会えたら、餌やりとかしてみたいな。雪の下でしか食べないみたいだから、無理かもしれないけど)
楽しみを後に取って置く。そういう生き方もあるのです。アリスさんとの抱擁をお預けされていますけど、楽しみで仕方ありません。
「きゅきゅ」
まだ食べている最中の雪兎が顔を出しました。
「食べなくて良いの?」
「きゅっ」
まるで、「またね」と言っているようです。気のせいですかね。
「気のせいではないと思いますよ」
「そうかな?」
「はい。この様子だと、会いに来てくれるかもしれませんね」
想像するくらいは、許されるでしょう。次会えた時、元気な姿だと良いなぁって思っています。
「またね」
「きゅぅ」