『ノイス』鍛治師③
「おい大変だ!」
「何だ? 騒々しい……今重要なところ」
「アホの町長が捕まった!」
「何ですと?」
ウィンツェッツの研ぎを見ようと集まっていた者たちがざわめきだす。
(なんで露見してんだ。つぅか捕まった? 強制送還じゃねぇのか。何か嫌な予感がするんだが)
「なぁ。誰が捕まえたんだ?」
「え? あ、あぁ。すっごい美人の三人組だ! 赤い服の二人と、フードつきのマント被った! 変な片刃の剣を突きつけてるってよ!」
「……」
ウィンツェッツが空を仰ぐ。しかしそこには、無骨な、煤のついた天井しかない。
「美人って、どれくらいだ?」
「もう、なんつーか……天使だ!」
「……」
「ウィンツェッツさん。どうしたんで? って、片刃の剣ってまさか?」
バルトが、明らかに脱力しているウィンツェッツに声をかける。
「あー……何でもねぇ。今から研ぐが、その三人組見に行きたい奴は行っとけよ。巫女だからな。二度と見れねぇかもしれねぇぞ」
厄介事をまた起こしているリツカ達への当てつけか、鍛冶屋の客達を煽る。この際見物人を減らそうという魂胆もあるようだ。
「ウィンツェッツさん。何で知って」
「……俺もまぁ、ここに来る前に見たからな」
ウィンツェッツは言葉を濁す。もはや学習している。
「成程。やっぱり、そんなに美人で?」
「あー。そうだな。この世の物とは思えねぇな。ありゃ神が直接創ったんだろうぜ」
「そ、そんなにか? ウィンツェッツさん、俺」
「良いぞ」
「すまねぇな!」
バルトが一目散に去っていく。剣の持ち主であるはずのバルトが去った事で、他の者達も我先にと去って行った。
「あんたも良いぞ」
「いえ、しかし……」
「あー……」
(そんなに見てぇもんなのか……? 俺の研ぎより巫女の方が良いだろ)
「はぁ……待っててやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
結局、鍛冶屋の中にはウィンツェッツ一人に、なってしまった。
「……町長が捕まったって報せより、巫女の方が気になんのかよ」
(直接見たから分かってるがよ。嫌われすぎだろ)
ウィンツェッツもリツカ達と似たような事を考えながら、研ぎを中断して鍛治屋の中を再び散策しはじめた。
(まぁ、あの阿呆の事だ。巫女共の前でチビを貶したんだろ)
頭ごなしに呆れるような事はない。町長は一度その目で見ている。いくらリツカでも、解決した事で暴れたりしないだろう。レティシアとの関係も知っている。それが露見した上で、しかも目の前で貶した。これくらいでないとあのリツカが刀を抜いてまでキレるはずがない。
(人の事は言えねぇが、喧嘩を売る相手を間違えたな)
自分を棚に上げながら店の中をうろうろとしている。一つの商品棚にあるナイフを手にとって、試し斬り用の的に投げてみる。
(あたらねぇ)
何度か投げ、やっと一本が当たる。それでも、刺さる事はなかった。
(赤いのはコレもうめぇからな。俺にも必要か?)
リツカがナイフを投げるのは、遠距離魔法がないからだ。ウィンツェッツには必要ない。ナイフより斬れて、どこまでも距離を出せる”風”があるのだ。わざわざ現物を使う必要がない。
「遅ぇ」
もう十分くらい経っている。ここから町長宅まで歩いて十分だが、店を出て行く男達の様子から察するに本気で走った事だろう。二,三分で着いているはずだ。一目見て戻ってくるのならば十分でも可能だ。
(心なしか道の通りが少ねぇが。気のせいだよな)
まさか巫女を見るためだけに、ここまで人が減るとは思わない。しかし「あいつ等なら冗談にはならない」。ウィンツェッツは脱力し、散策を止めて座った。
「すみませーん。包丁の研ぎお願いしたいんですけどー」
ウィンツェッツしか居ない店に、女性の客が入ってくる。
「今、留――」
「お願いしまーす」
ウィンツェッツが座っているのは会計所だ。新入りと思われているらしい。
「いや俺は」
「えっと。この後時間、じゃなかった何時までかかりますか?」
「だから」
「これから買い物に行かないといけなくて、お願いしますね!」
顔を真っ赤にして店から出て行く女性に、ウィンツェッツは唖然とした表情で固まってしまった。
「何で、キレてんだ?」
リツカ程ではないにしても鈍感なウィンツェッツは、女性が怒って出て行ったと思っている。しかし本当は、恥ずかしがっていた。
女性は、普段の店員しか居ないと思っていた。その為着飾ることも、それこそ化粧も軽い物しかしていない。俗に言うイケメンなウィンツェッツを見て、「化粧をしてくれば良かった」とか、「恥ずかしい格好で来ちゃった」とか思っていたわけだ。
その結果焦り、ウィンツェッツの言葉を聞く事もなく急いで店を後にした。着飾っていればしっかり会話したり誘ったりしていたのではないだろうか。
「何本あんだよ……」
渡された袋の中には五本の包丁が入っていた。
(近所の分か? 錆びたのもあるな。一軒分か?)
「暇だな。研いどくか」
錆び取りをし、磨き上げる。その後研ぎ、艶を出していく。
(どんくらい切れりゃ良いんだ。値段設定とかあんのか? つぅか、そんなに良い包丁じゃねぇな)
店内を眺めたとき、それなりに良い包丁が並んでいたように思う。しかしこの包丁は出来が悪い。別の店で買ったのだろう。
「ま。研げば何とかなんだろ」
暇すぎるウィンツェッツは、錆びていた包丁を新品以上に仕上げてく。一本仕上げても帰って来ない。二本目を仕上げても帰って来ない。三本、四本、帰って来ない。
「いや。遅すぎんだろ」
堪りかね、ガバッと顔を上げる。
「独り言の多い人ですネ」
そんなウィンツェッツの奇行を目撃した少女は、体ごと引きながら尋ねた。
「何でお前ぇが居んだよ」
「リツカお姉さん達が買い物に行ったのデ、こちらに来ましタ」
「すんません。ウィンツェッツさん! お待たせしました!」
どうやらレティシアは、店の人間と一緒に来たらしい。店内には人が戻っていた。気付く事無く没頭しすぎたようだ。
「また面倒事を起こしたそうじゃねぇかよ」
照れ隠しかどうかは分からないが、騒ぎの原因を尋ねる。
「いエ。それはですネ」
「あー、いや良い。どうせ阿呆がやらかしたんだろ」
レティシアが言い澱んだ事で、予想は確信へと変わる。目の前でレティシアを貶されてキレたのだ。
「分かりましたカ」
「そりゃな」
最後の包丁を仕上げながら、レティシアと会話している。剣の研ぎではないが、包丁の研ぎも見事なのだろう。店主がしきりに、いろいろな方向から見ている。
「ウィンツェッツさん。巫女様達と一緒に旅してるって本当すか?」
「……」
「……」
「羨ましい……」
店の中に、微妙な空気が流れる。レティシアは大まかな状況を掴んでいるが、ウィンツェッツが困っている姿が面白いので放置している。ウィンツェッツはレティシアに、どうにかしろと視線を送るがすぐに無駄だと悟った。
「つぅか、何でこんなに時間がかかった」
もう言い訳も出来ない。無視する事にしたようだ。客達はそんなウィンツェッツを睨む様に見る。もう面倒になったのだろう。ウィンツェッツが剣を研ぎ始めた。さっさと片付けて、この場を後にしたいようだ。
「サボリさんの事を話してた人たちが居ましたかラ、雪兎の世話をし終えるまで待ってもらってたんでス」
「あぁ、そういう。世話くらいで長過ぎだろうが。一時間以上経ってんぞ」
「だっテ、あの雪兎ですヨ。リツカお姉さんがそれはもうアレでしたかラ」
「……」
町長宅に入ってからの事なので、鍛治屋の者達には伝わっていない。しかしウィンツェッツは「あぁ……」と納得した顔でため息をついた。考え付くのは、アルレスィアや核樹を前にしたリツカだろう。
「とりあえズ、さっさと行きますヨ」
やる事は多いと、レティシアが急かす。
「まだ掛かる」
「何でス」
「この剣を研がなきゃいかん」
ウィンツェッツが律儀に約束を果たそうとしている。巫女二人との旅を羨んで睨んだ相手だ。無視しても良いだろうに。
「そうですカ。じゃあ待ってますから早くしてくださイ」
「お前が言うなよ……」
ウィンツェッツを無視して、レティシアはメモを走らせる。先程のリツカ達を思い出しながら、ページを埋めていっているようだ。
(今回は写真付きですからね。エリスさんも喜ぶでしょう)
メモが四ページ程埋まった頃、漸く剣を研ぎ終えたようだ。