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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
46日目、最後の都市なのです
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『ノイス』鍛治師②



「今日は鍛治道具を買いに来たんだ。結構な量の砥石と油はねぇか」

「手入れ用という事でよろしいですか?」

「あぁ」

「分かりました」


 目の前に鍛治師が居るにも関わらず手入れ道具を頼むという非礼に、店主はすぐさま頭を下げる。街に根付いている者ならまだしも、相手は旅人であり、旧知であるライゼルトの関係者。自分の武器を自分で手入れするという事に疑問など持たない。


「後、こん人の剣を研ぐ約束してんだ。場所を借りてぇ」

「はい。では、こちらへどうぞ」

「ありがとうオイゲネさん」

「いえいえ。バルトさんが気になるのも仕方ない」


 場所まで提供してもらえて、ウィンツェッツも礼を尽くし頭を下げる。武器を使う人間にとって、鍛冶屋は生命線だ。それは、どの街でも、どの国でも居るに越したことはない。信頼出来る鍛治師に出会ったのだから、今後を考えて信頼関係を築く。


「ウィンツェッツさんは、ライゼさんに教えて頂いたのですよね?」

「あぁ」

「私も勉強したいのですが」

「本当は本人が良いんだろうが、俺ので良いんか?」

「是非、お願いします」

「分ぁった」

(大事になっちまったな)

 

 何故か店主のオイゲネだけでなく、他の客達までついてきている。ウィンツェッツはため息をつきながらも、約束であったバルトの剣を研ぐ為に準備を始めた。




 キャベツと蕗の薹を買うことが出来たので、雪兎とご対面です。


「家の前に誰か居るね」

「あの悪趣味な格好ハ、町長のクロードでス」

「共和国から派遣されたという方ですね」

「でス」


 何故か凍えながら、通行人を忌々しげに見ています。そんな町長を、通行人は無視しているのです。嫌われすぎ、ですね。シーアさんからも私怨を感じます。


「早く中に戻ってくださイ」

「ふざけるな! あんな場所に三日も居られるか!?」

「居てもらわないと困りまス」


 確か中は、雪兎の為の環境になっているんでしたね。人が居られる環境ではありません。


「仕方ないですネ。あの宿に入っていてくださイ。誘導出来る様に書面に認めておきますかラ」

「命令するな……!」

「良いんですヨ。逃げたと書いてモ。そうなるとエマニュエルが怒るでしょうネ」

「エマニュエル殿下を呼び捨てにするな! 貴様にとっても、義理の兄だぞ!」

「向こうは私を義妹と思ってませんヨ。私の姉はエルヴィエール様だけでス。今のエマニュエルはただノ、元老院の長でス」


 元老院とエルさんのご兄弟が関わっているようです。シーアさんにとってはかなり、深い関係のようですね。無視出来ない程の問題です。


「エルさんのご兄弟?」

「はイ。長兄様ですヨ」

「エマニュエル殿下、ですか。共和国について書かれた本には、余り……書かれていませんでしたね」

「ですネ。王国に伝わっているお姉ちゃんの兄弟はそんなに居ないはずでス」


 秘匿されているのでしょうか。元老院の長ということは、エルさんの敵として存在しているのですよね。やはり自分を差し置いて女王となったエルさんが憎い、のでしょうか。皇家しかり、王族の継承権争いは()()なのですね。


「お姉ちゃんは次女でス。長兄のエマニュエル。長女のエミリエンヌに次いで継承権を持っていましタ。後は下に、弟と妹が居まス」

「シーアさんが末っ子?」

「一応、そうなってますネ」

「だからカルラさんと末っ子争いしたんですね」

「うぐ……」

(末っ子でも良いんじゃ……?)


 兄弟が居ない私には、良く分かりませんね。一応従姉妹の七花さんが居ましたけど、姉というより歳の近い母というか、何というかです。


「クラウちゃんにお姉さんっぽく振舞ってたのって」

「……た、偶には姉っぽくですネ」

「カルラさんの時のようにはしゃいでも良かったのですよ?」

(さっきお二人で遊んだ事を根に持ってますネ……)


 末っ子には末っ子の考えがあるのかもしれません。


「フッ……末っ子だの姉だの、愚かな。ただの痩せた鼠(メグスウィ)風情――」

「私達の前で、シーアさんを貶さないでくれますか?」


 魔力を纏い、刀を抜きます。街中で、町長に刀をつきつけるという暴挙ですけど、我慢出来るものとそうでない物があります。メグスウぃというのが何なのかは分かりません。しかし、侮蔑の感情を強く感じました。成程、この人はシーアさんの敵です。そして、エルさんの敵です。


「リ、リツカお姉さんダメです!」

「止めないで下さい。シーアさん。私も怒っています。こちらが気付かないと高を括って共和国の言葉で呟きました。余りにも卑劣な行為です」

「巫女さんまで怒ったら収拾つきませんよ!?」


 私達を犯人だと言い触らすのはどうでも良いです。しかしシーアさんを、負け惜しみでも何でもなく、ただただ侮蔑したこの男は許されません。それはつまり、普段からシーアさんを貶している証拠です。


 少し周囲がざわついてきましたけど、止まりません。この男の不義と下劣さは今ここで正さなければいけません。こんな男に、シーアさんの努力と献身を否定されたくありません。


 何より、私達が末っ子かどうか尋ねた際シーアさんは……「一応、そうなってますネ」と言いました。明らかに、気にしているのです。妹と言ってくれるけれど、周りがそうは思っていないという事を気にしている。エルさんの妹として振舞う事に、毎回少し……躊躇を見せます。妹であるという自覚と誇り、それと天秤にかけられている躊躇と後ろめたさ。シーアさんは常に、迷っているのです。


 それでも私達も、コルメンスさんも、もちろんエルさんも、シーアさんをエルさんの本当の妹と思っています。それをこんな男に、否定させる訳にはいきません。シーアさんが胸を張ってエルさんの妹と思えないのは、この人達の所為です。


「何の騒ぎだ?」

「すっごい美人が腐れ町長に剣向けてるんだってよ」

「どうせ何かしたんだろ」

「いや見てみろって。すっごい美人だから」

「お前、誰にでも言ってるじゃん……」

「俺も見たけど天使だよ」

(騒ぎは騒ぎでも、巫女さんとリツカお姉さんの美貌の話しかされてないです。このお馬鹿クロードは身内と思いたくも無い身内ですけど、ここまで嫌われるとどんな表情をすれば良いか分かりません)


 もう刀を抜いてしまいました。訂正するまで納めませんよ。


「だっ、大体貴様等、何者だ! この私を誰だと……!」

「巫女と赤の巫女ですヨ。元町長さン。ついさっき共和国の元老院から帰還と免職を告げられた元町長さン!」


 シーアさんが大声でこの男の素性を話しています。どうやらもう、ただの共和国の人みたいです。町長という職は共和国の元老院によって決められるのでしょう。先程シーアさんが何の話をしたのかは分かりませんけど、この人は免職されるような悪事を働いたという事です。


「やっぱな」

「俺等の金は返ってくるのか? 嬢ちゃん!」

「コルメンス陛下に連絡しまス。何れしっかりと保障するので信じてくださイ」


 批難されるのを覚悟して刀を抜いたのですけど、どうやら私達の敵は目の前の男だけみたいです。私達に理が生まれたようで、訝っていた視線は擁護する視線となり、応援までつく始末です。


「おう。それなら良いんだ!」

「何の騒ぎ?」

「王国の使者様と巫女様だってよ」

「へぇ。町長捕まるの?」

「みたいだなぁ」


 何度も言いますけど、嫌われすぎじゃないですかね。私は同情も悲嘆も何も無く、ただただ無感情にこの男を見るだけです。瞳の奥の怒りに気付くのは、睨まれたこの男だけで良い。


「味方、居ないみたいですね」

「う……五月蝿い……ッ!」

「シーアさんの気持ちも知らないで、好き勝手言ってたみたいですね」

「貴様も、そこの痩せた――」

「……」


 無言で、刀を更に前に突き出します。それ以上言えば、一生喋れなくなりますよ。


「そこの、小娘、の事など……何も知らないだろ!?」

「あなたよりは知っているつもりです。シーアさんとエルさんが二人で居る姿を見たことがないのでしょうね。お互い信頼し合い、守り守られる姿です」


 これだけなら、姉妹でなくても出来ます。


「でもその裏で常に、エルさんはシーアさんを気にかけている。人を不用意に傷つければ叱り、怪我をしないか心配そうに見て、自分の為に魔法を勉強しているシーアさんを褒める。護衛ってだけの関係じゃないんですよ」


 その姿は本当の姉妹以上に姉妹で、親子のようでもあり、微笑ましいのです。


「これを姉妹といわずに、何というんですか? 血の繋がりがそんなに大事ですか。血の繋がりの無い夫婦が、最高の愛を育めるように……血の繋がりの無い二人の女の子が姉妹となる事もあるでしょう」

「リツカお姉さん……」

「義理。それは真実なのでしょう。しかし、エルさんとシーアさんの間には確かに、姉妹としての愛情があります。お互い支え合う姿です。今は離れ離れで、しかもお互いが窮地に居ます。それでも信じ合い、無事を祈り最善を尽くす。家族としての信頼関係そのものです」

「巫女さん……」


 ただ気に食わない。それだけで現実を捻じ曲げ、侮蔑を込めた言葉でシーアさんの不安に付け込む。この男の性根は腐っている。シーアさんには辛い役目を渡してしまいました。こんな男と知っていたら、私達自身が向かっていました。


「二度と、シーアさんへの侮辱は許さない。シーアさんは私達の妹でもあるんだから」

「エルさんの代わりに、私達が守ります」


 

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