『ノイス』鍛治師
予定とは違ってしまったが、リツカ達と別れて鍛冶屋を目指すウィンツェッツ。地図埋めの交渉は後程、レティシアと合流してから行うようだ。
(鍛冶屋はあるみてぇだが、昔のライゼと同じで包丁ばっかみてぇだな。剣は鈍しかねぇのか)
「おいあんた」
「何だ? あんちゃん」
「その剣見せてくれねぇか」
「何だ急に。まぁ見せてやってもいいが。あんたのも見せてくれよ」
「……仕方ねぇな。ちゃんと返せよ」
「お互い様だ」
通行人の中に剣や槍を持った者たちがいる。ウィンツェッツは一人に頼み、見せてもらうようだ。しかしどれも、飾りみたいな剣だ。どうやら北では、高い剣を持っている事が強い護衛の証となっているようだ。しかし、値段の割には切れ味が伴っていない。
(何だこりゃ。剣じゃねぇな。鈍器か?)
ウィンツェッツが、刃が潰れた剣を鞘に納め男に返す。しかし男は、ウィンツェッツの刀をじっと見て離さない。
「あんたこれ……誰が作ったんだ?」
「ライゼルト・レイメイって分かるか」
「あの英雄か? 何年か前、王都を化け物から守りきったとかいう」
「そいつの作品だ」
「鍛治師だったのか?」
「あぁ。本職は別だがな」
「片手間に作ったってのか……?」
刃物の良し悪しは分かるようで、しきりに驚いている。ただの飾りでしかない剣を持っている者から見れば、この刀は驚きだろう。片刃しかなく、重量も鉄塊とは段違いに軽く、切れ味は抜群。叩き潰すのではなく斬る。リツカが求めていた物に相違ない出来栄え。その三振り目だ。
リツカが手にしている物が最高傑作だ。ライゼルトのお墨付きでもある。あれは一振り目だ。次に作った物はライゼルトが持っている。少し出来栄えが悪かったと首を傾げていたそうだ。そしてこの三振り目。二振り目での問題点を改善させた物で、リツカの物に近い仕上がりになっている。
ライゼルトは、ウィンツェッツの為に三振り目を残していた。その事を知らないウィンツェッツだが、刀を褒められてご満悦といった表情をする。本人は気付いていないけれど、誰が見ても父親を褒められて得意げになる子供にしか見えない。
「俺のも作ってくれねぇかな」
「今は、無理だがよ。いつか王都に行ってみれば良いんじゃねぇか」
「そうするわ」
刀を返してもらい、鍛冶屋の位置を聞く。
「あの角を曲がった先だ。でもよ。そんな剣を研いだりは出来ないと思うぞ?」
「それでも構わねぇ。鍛治道具を買いに行くだけだからよ」
「あんたも鍛治師なのか?」
「いいや。俺は研ぐくらいしか出来ねぇよ」
「へぇ。俺のも研いでくれないか?」
ウィンツェッツは暫く考え、男の提案に頷く。
この街では持っている武器で有能かどうかが決まる。普通の人間は、魔法や実力を量る事など出来ない。その判断基準として、持っている武器で実力を量る。高い剣を持つという事は、それだけ稼げるという事であり、強い敵にも勝てる事の証左となる。
ウィンツェッツが持つ刀など、もはや値段にしてどれくらいになるというのだろうか。少なくとも、装飾だけに凝った剣では足元にも及ばない。そんな物を持つウィンツェッツは当然強者として認識される。戦士として、強者との関係は良好でありたい。男はウィンツェッツとの信頼関係を築きたいのだ。
「あぁ。じゃあ上手い飯屋教えてくれ」
「教えるだけで良いのか? 何なら奢るが」
「俺が食べる訳じゃねぇからな」
「そうか。じゃあ頼むよ」
「あぁ」
殆ど刃が潰れた剣だが、研げば使えなくはないだろう。剣の出来自体は悪くない。
(刀どころか、昔の俺の剣にも及ばねぇが)
ライゼルトの鍛治師としての腕を誇るウィンツェッツの表情は柔らかい。ここにレティシアが居たら、大いに弄った事だろう。
鍛治屋についたウィンツェッツと案内の男が入っていく。
「バルトさん。どうしたんですか?」
「また剣を買ってくださるんで?」
バルトと呼ばれた男は、有名な戦士だったらしい。鍛冶屋に入るとしきりに声をかけられている。
「いやいや。今日はこちらの御仁の付き添いなもんで」
バルトが丁寧に紹介する男という事で、客や店員の興味がウィンツェッツに向く。
「あんちゃん。ここじゃ剣を見せるのが慣わしなんだ」
「そうなんか。ほれ」
恐らく客側のルールだろう。剣を見せ自身の格を示す事で、より良いサービスを受けやすくするのだ。
「お預かりします」
少し反り、片刃しかない。そんな剣など見たことも聞いた事もない店員と客はまじまじと見ている。しかし、その手の人間ならばすぐに気付く。その剣は魔法を使わずとも人や化け物を殺せると。
「こ、こちらをどこで……?」
店員が恐る恐る尋ねる。もはや、バルトが連れて来た正体不明の客ではない。今この瞬間ウィンツェッツは上客となり、今後も贔屓にしたい存在となった。
「ライゼルト・レイメイ作だ」
「何と、ライゼさんの……また腕を上げたようで」
「知ってるのか」
「えぇ。昔の話ですが、何度か包丁や剣等を卸して下さいました」
(俺を拾う前か。ここまで来てたのか)
ウィンツェッツを拾ってからは、遠出する事は少なくなった。喧嘩だなんだと悪い話題に事欠かない二人だが、ライゼルトはどう考えても親馬鹿だ。ウィンツェッツが危険に曝される可能性がある遠出を避けていたのだ。
「あちらの剣は、ライゼさんが初めて作ったという作品ですよ。売り物にするのが勿体無くて、飾っておりますが」
(使わない剣に価値はねぇんだが。ライゼが見たら苦笑いしそうだな)
「こちらは、ライゼさんが販売していた?」
「いや。赤の巫女とライゼ、俺しか持ってねぇよ。非売品だ」
「成程……も、もう少し見ても?」
「あぁ」
店員に刀を見せている間、ウィンツェッツは店内を眺める。特に気にしたのは、ライゼルトの剣だ。
(俺の剣は、マクゼルトの遺作だったな。そんなもん盗んだら、そりゃキレるわな)
飾られている剣は、確かに見事なものだった。しかし、マクゼルトの遺作よりもいささか劣る。久々の再会を果たした時にライゼルトが持っていた剣は、マクゼルト作の物と遜色がない物だった。
(剣術を磨きながら、鍛治師としても腕を上げてたって事か)
ただの剣術修行で伸び悩んでいる自分と、鍛治師と同時進行でリツカに達人と言わしめるライゼルト。差は大きい。
(集中力の欠如と恐怖心、か)
生来の物と思われる、二つの欠点。これをどうにかしなければ先はない。
「あの剣、触ってみても良いか」
「はい。貴方ならば、ライゼさんも喜ぶかと」
「そりゃ、どうだろうな」
関係改善は出来た、とは思っていない。まだまだぎこちなさが残っている。それでも、再会した時に言いたい事は山ほどある。
(重てぇ)
確かにこれは、売るよりも飾りの方が良いかもしれない。ウィンツェッツは試し斬りする為の広場で数度振った後、元の場所に剣を戻した。
「バルト。何者だ? あの兄ちゃん」
「只者じゃないと思ってたけど……英雄からあんな見事な物を授けられるくらいの人だったなんて……それに、赤の巫女って……あの赤の巫女なのか……?」
「それしか居ないだろ。噂じゃ、化け物を二百体以上剣で倒したらしい」
「あの剣と同じの持ってても、そんな事出来ねぇ……やっぱ、英雄と肩を並べる人たちってのは違うんだなぁ」
ウィンツェッツの素振りを見て、バルトや客達が感嘆の声を上げる。しかし、ウィンツェッツは納得していない。
(ライゼと赤いのを見たら、こいつらどうなんだ?)
ライゼルトのように、激しくも正確な太刀筋ではない。リツカのように、踊っていると見間違う程の優雅さもない。まだまだ荒々しさの残る太刀筋だ。それもそのはずだろう。リツカはまだ剣術の技術指導をしていない。それも全ては、精神面や基礎的な事が足りてないからだ。
(ライゼと赤いの。俺の中にある型、か)
すでに型はある。それを出来るだけの体が出来ていないだけだ。ウィンツェッツが開花するまで、後少しとリツカは考えている。本当に後は、精神面だけなのだ。
「お客様こちらを。それと、名前を教えていただきたいのですが」
「ウィンツェッツだ」
「ありがとうございます。私はオイゲネ。この店の主です」
ライゼルトとも懇意にしていた店主だ。ウィンツェッツもそれなりに信用を示す。ライゼルトは誰とでも会話出来るが、誰でも信用する訳ではない。自身の商品を卸す程の店だ。良い店なのだろう。と、ウィンツェッツは思っている。