『ノイス』北部の大市⑥
「予定も決まった所デ」
シーアさんが私の頭の上を見ています。
「その髪型は一体」
「シーアさん。ちょっと」
アリスさんがシーアさんを連れて行ってしまいました。何でしょう。少しそわそわします。私の髪型、と言ってましたけど……アリスさんが整えてくれて、すごく嬉しそうにしてくれた物です。ツインテールの私が珍しいのかもしれません。普段はポニーテールとか、ハーフアップとかですからね。
「リツカお姉さン」
「うん? えっと、何だったのかな」
「いエ。何でもないでス。似合ってますヨ」
「ありがとう?」
アリスさんが整えてくれたのですから、似合っているという絶対の自信があります。シーアさんが何かに納得して、頷いています。
「なるほド。確かにそうですネ」
「そうでしょう」
「尻尾とかはつけないんですカ」
「それは、何れ二人きりの時に」
私を見ながら、二人が何かの予定を話しています。何でしょう。気になります。
「おい、チビ。掃除はどうした」
私が尋ねる前に、レイメイさんによって話題が変わってしまいました。
「ちゃんと纏めましたヨ」
「え?」
本を読んでましたよね。そしてその後直ぐに大落窪に来て、今な訳ですけど……。
「もしかして、あの?」
入り口に纏めてあった、数冊の本ですか?
「ン? リツカお姉さんが何故知っテ……」
「空き部屋を書斎にしましょう。そこに全て移動させます。せめて寝る場所は分けるべきです」
アリスさんが強硬策に出ました。掃除が進まないのであれば、仕方ありません。
「空き部屋なんて無いですヨ?」
「倉庫を整理すればいけるはずです。余り荷物が無かったのですから」
「……イ、今のままで良いんじゃないですかネ」
シーアさんが露骨に目線を泳がせています。
「……レイメイさん。ノイスまでの時間はどれ程ですか」
「後四時間ってとこか。進路が大きくズレたからな。まだかかる」
「分かりました。しばらく倉庫を整えます」
倉庫を利用しているのは、シーアさんだけですよね。私達は自室に納まる程度にしか物を買ってません。自分の部屋ですらあの様相なのです。倉庫は一体……どうなっているのでしょう。
「要る物しかないんだよね?」
「実はですネ。覚えてないんでス」
「え……?」
「出発前に要ると思って買っテ、倉庫に入れテ、そのままでス」
買い物に関して、シーアさんがここまで計画性がなかったとは思いませんでした。ただ、衝動買いは楽しいと、偶にですけど思います。出発前という事は、旅の間ここは開かずの間だったと。埃もすごそうですね……。
「見てから考えよっか」
「ア」
扉を開けた私を見て、シーアさんが声を上げました。でも、時既に遅しです。
「え」
扉が勝手に開いて――。
「わっ……ぅ……っ!?」
「リッカさま!?」
「あわわわわ」
何でしょう……何か、もこもこした物が私を……潰して……? 身動き出来ない上に……声も出せません……。魔法、使えないです……。
「シーアさん! 早く動かしてください!」
「は、はイ! おかしいですネ。こんナ、雪崩になるような置き方はしてなかったんですけド……」
「マリスタザリアと衝突したり、長旅で揺れたり……崩れる要素は多かったはずです……! 危険な物は入ってませんか!?」
「無いはずでス」
あ、光が……やっと、出れそうです……。このもこもこは、何なのでしょう……?
「あぁリッカさま……大丈夫ですか? 怪我は……息苦しさは感じていませんか?」
私の体を急いで触診して、アリスさんが心配そうに私の目を見ます。先程魂が抜けたばかりです。心配させすぎ、ですね。
「大丈夫。何か、もこもこした物が守ってくれたから」
「もこもこ……?」
「この毛布みたいでス」
シーアさんが持っているものを触ってみます。確かに、こんな感じのもこもこです。でもどうして、毛布が? シーアさんの部屋にも、レイメイさんの部屋にもありました。私達の部屋には薄手の物しかありませんけど、いつも、その、抱き合っているのでいらないだけです。
「これは……テントですか? 寝袋まで……この辺りは必要になるかもしれませんけど……。ぬいぐるみに、大量のティシュー……こういった物は取りやすい場所に」
アリスさんが、流れ出てきた荷物を確認していっています。野宿用のテントや寝袋、キャンプ用の道具が多々出てきます。船が壊れてしまったら、こういった物も必要になるかと思いますけど……。要るかと聞かれると、微妙ですね。
ぬいぐるみは自分の部屋でも良いでしょうし、ティシュー等の生活用品は取りやすいところに置くべきです。雪崩になるような部屋に、入れるものではないです。
「一番掃除が必要な場所でしたね……」
「まだ時間あるから、少しでも整理しよっか」
「はい。まずは重たいものを奥に入れて固定しましょう。シーアさんは分別をお願いします。すぐ使う物は分かりますね」
「はイ。廊下に並べれば良いですカ」
「遠くに行く程軽い物にしておいてください」
「分かりましタ」
毛布等は、丸めてから結び、円柱にしておきましょう。雪崩が起きたときにバラバラになってしまったものもあるようです。梱包されていたはずのキャンプ道具が周囲に散らばっています。
「図書室には出来そうにありませんけど、せめて本を置く空間は作りたいです」
人が一人座れる空間さえ出来れば、読書は出来そうです。なんとか作りたいところですけど、廊下に並べられた荷物の量からすると、本当に一人しか座れそうにないです。
倉庫として使っていますけど、元々この部屋は客室な訳ですから、本棚がありそうです。中を見てみましょう。
「あの本棚だと、足りないよね」
「シーアさんの部屋にある本の、三分の一くらいでしょうか」
「もう二つ要るけど……荷物が入りきらないかな」
「荷物の中には不要な物があるでしょうし、先に整理しましょう」
「うん。じゃあ私は大きい物を見るから」
テント等の野宿用の道具は……必要、でしょうか。必要でないのなら、船の応急修理で使う角材が置いてある場所にでも移動させましょう。毛布等はこれから北上するに当たり、まだまだ寒くなるでしょう。一応置いておきます。食器類は……割れてしまっています。高級な物はなさそうですから、ノイスで捨てる事になりますね。
「食器類割れちゃってるけど、ノイスで捨てても大丈夫かな」
「はイ。大切な食器とかは置いてきてるのデ、大丈夫でス」
割れる可能性を考えて、予備として買っていたようです。予備の方が先に壊れてしまうとは、思わなかったでしょうね。
「キャンプ道具移動出来たら、空間増えるね」
「こちらも移動出来そうな物があります。ぬいぐるみはシーアさんの部屋に置けるでしょうから」
「これ、何のぬいぐるみ?」
「何でしょう……」
「カワウソでス」
何故、カワウソなのでしょう。目がくりっとしてて、可愛らしいとは思うのですけど、ぬいぐるみとして欲しいかと言われると……。何よりこのぬいぐるみのカワウソ、すごく本物に忠実っぽいです。デフォルメされていないのです。
「カワウソが好きなの?」
「目に付いたのデ、適当に買いましタ」
「こちらの熊もでしょうか」
「それは熊ではないのでス」
「そうなの?」
どう見ても熊なのですけど、こちらはデフォルメされています。キャラクターの様です。
「それはフラン爺でス」
「……?」
お爺さんという事でしょうか。
「共和国デ、孤児の為に尽力しているお爺さんでス。お姉ちゃんも支援しようとしてるのですけド、国の財政も知ってるので受け取ってくれませン。なのでキャラクターとして売り出しテ、その売上金の一部を肖像権として渡しているのでス」
つまり、このお爺さんのぬいぐるみを買うだけで孤児の為の寄付が出来るという事ですね。良く見ると、サンタクロースみたいな見た目です。子供達の笑顔の為に働く姿はまさにそうなのでしょう。こちらにサンタクロースは居ませんし、どちらかといえば……あしながおじさんみたいですけどね。
「共和国と王国を行き来してるらしいのデ、実際にお会いした事は無いんですけどネ。お姉ちゃんが言うにハ、このぬいぐるみにそっくりらしいでス」
熊と見間違う程の姿です。実際は大きい体をしているのでしょう。髭を蓄え、眼鏡? なのでしょうか。いつかお会いしてみたいものです。