『エセフぁ』角④
「先程行われていた御祓いは、一体?」
「化け物が全くでなくなった訳ではないんです。偶に、出ます。それを鎮める儀式です。教祖はその理由を、皆の信仰心が足りないからだ、としています」
「完全な平和となっていない分、厄介ですね」
「そうだね……。完全な平和がきたら信仰を忘れる人も居るだろうけど、偶にでも襲われてたら信仰し続けると思う」
「そしてその分、お布施が増えます……」
神さまの信仰を奪ってまで行われるお金儲け。怒りを通り越し悲しみにまでなってしまいます。肩を落としてしまったアリスさんを慰めるように、頭を撫で、頬を撫でます。ノイスの教祖についても、どうにかしないといけませんね。
「申し訳、ございません。アルツィア様の信仰を……」
「いえ……。アルツィアさまを信仰しても、何もしてくれないのは事実なのです。他に救いを求める事を、アルツィアさまは否定しません」
「しかしそれでは、アルツィア様が……」
「信仰心がなくとも、アルツィアさまが消えたり弱ったりはしません。悲しみは、するでしょうけど……」
もどかしさを感じ、歯噛みしてしまいます。今でこそ”巫女”が動いているので、神さまの信仰も高まっているはずです。しかしそれまでは、皆どこかで思っていたのかもしれません。何もしてくれない神さまよりも、と……。
そういったネガティブな考えは、今は置いておきます。神さまの愛をしっかりと受けている私達がするべきは、落ち込む事ではありません。再び信仰してもらえるように、私達が世界を救うのです。
整理をしましょう。一月前に生えた角。それをきっかけにしたかのようにマリスタザリアが減っていった。教祖はそれを鋭敏に感じ取り、利用したのでしょう。口八丁手八丁で人々の信仰を促し、この町で確立させた。そして、他の町へ布教もしている。
いきなり大都市に出向いても、相手してもらえないと思ったのか。それともノイスの次に行ったのかは分かりませんけれど、トぅリア……ライゼさんの故郷にも布教したのです。隔絶された村であるトぅリアでは、何処よりも強大な信仰が生まれていました。
「トぅリアでは、お金は手に入らなかったと思うんですけど」
「それは……申し訳ございません。教祖の全てを知っているわけではないので……」
用心深いです。ツルカさんが乗り気ではないのを感じ取っていたのでしょう。
「トゥリアでは、何をなさっていたのですか? 私達が出て行った後に、出向いたようですけれど」
「村人に、村が滅ぼされたと連絡を受けました。教祖と共に出向くと……っ」
「申し訳ございません。余り、思い出したくない光景でしたね」
「いえ……そこで、御祓いと鎮魂を。あそこで何が……?」
「マリスタザリアによって、一人を残して全滅させられました。強い憎しみがあったようで、あの状態に」
「そうでしたか……」
ツルカさんはしっかりと、役目をこなしているのです。間違った宗教ではありますけれど、ツルカさんを責める気になれません。
「その時教祖は、教本を回収していませんでしたか?」
「して、ましたね。たぶんですけど……。荷物が増えてましたから」
「それは、ありませんか?」
「私のでよければ」
教本を見せてもらえました。アリスさんが読んでくれます。
「教えは、自身が在るのは先祖のお陰である。世界の異変は、大地と先祖の怒りである。その怒りを一身に受けた少女、ディモヌを崇めよ。といったものです」
「マリスタザリアが減ったっていう実績で、一気に信用を勝ち得たのかな」
「そのようです。多くの文言が書かれていますけれど、殆どが細かな取り決めですね。お布施の金額による、受けられる寄与について。商品購入による、地位向上。他者に信仰を広めた場合の返戻について等です」
「怪しい宗教の常套句ばっかり……」
「リッカさまの世界では、その……」
「こういうのが、多いみたいだね。私の居た町は、神樹神社だけだったけど」
まさに、悪徳宗教です。怪しい壺とかアクセサリーとかを買わせるんでしたね。マリスタザリアという恐怖の権化が居る分、この世界でのこの手の詐欺は……最悪です。少しでも恐怖を遠ざけたい人達は、騙されるでしょう。
「マリスタザリアが来た時、どうやって対応を?」
「今回のは、巫女様がやってくれたんですよね」
「はい」
「普段は、町民で対応してます。それでも無理な時は、ノイスから派兵を」
「それも……」
「値段は、十二万から二十万みたいです」
高……。足元を見すぎでは?
「そんなお金……」
「オルデクやエアラゲに出稼ぎに出ています。貴族相手だと、お小遣いが貰えるらしいです」
チップ、というやつでしょうか。頑張りに応じて追加で貰えるのでしょう。そんな物を貰えるのであれば、エアラゲの冒険者達や商人達の態度も分かります。貴族の為に奮闘する事でしょう。
「この町はまだ良い方です。私が居ますから」
この宗教の根幹であるツルカさんが居る町です。蔑ろにしては不信感となるでしょう。
「他の町では苦労してるみたいです。でも実際に化け物が減ってるので、信じてもらえていると聞いています」
「そうですか……」
こういった話を聞かせてもらって、感謝しています。その上で、ツルカさんの葛藤も感じているのです。アリスさんも、対応に迷っています。この際、聞いておきましょう。
「ツルカさん」
「はい」
「ツルカさんは、どうするつもりですか」
「……」
教本まで見せてもらえました。どういった経緯で生まれた宗教なのかも知れましたし、教祖が居る町、活動まで。でも、ツルカさんはどうするのでしょう。私達に話して、宗教を辞める? そんな事は、無いと……私は思っています。
「大変、申し上げ難いのですが……」
「構いません。どうか、話して下さい」
アリスさんも、聞く準備が出来たようです。
「私は、続けます」
「……生活の、為ですか」
「はい」
ツルカさんの覚悟は、本物のようです。
「町長にはお会いになりましたか?」
「いえ」
「おかしい、ですね。巫女様達なら会うはずなんですけど……」
「”巫女”である事は、伝えませんでしたから」
「良ければ後ほど、会って上げて下さい」
「それは、構いませんけれど……」
町長が、話の肝なのでしょうか。
「町長は私の叔父です。私を育ててくれました」
つまり、両親は。
「両親は居ません。私を庇って、死んでしまいました」
この世界では、決して珍しくはない出来事……何て言葉で終わらせられません。親は子を守る為に、文字通り命をかけているのです。
「叔父は旅人でした。なので、”巫女”を知っています。両親の死を知ったらしく、戻ってきてくれたのです」
「”巫女”を知っている方だと、この宗教に関して何か思う所があったのではないですか?」
「はい。当然、反対しました」
「それでも、宗教を手伝ったのは……お金ですね」
「はい。見ての通りの町です。昔はもっと酷かったのです。土の栄養が足らず、農耕すら出来ませんでしたから」
今は、良い土壌が出来ています。畑もありました。自給自足が出来るくらいに、豊かです。
「そのお金を集める為に、手伝いました。詐欺であるのは分かっています」
犯罪と認識しながらも、辞める事が出来ないのです。全ては生活の為に。
「叔父とは喧嘩しました。ですが、叔父の収入は微々たるもの。生活なんか出来るはずもありませんでした」
両親を亡くした姪のために戻ってきた人です。その優しさは本物でしょう。だからこそ、姪に詐欺をさせなければ生きていけないという現状を、嘆いたはずです。
「叔父は引き篭もってしまいました。罪悪感と無力感に」
やはり、精神的においつめられているようです。それでも気力に満ちていたのは、ツルカさんが更生した時に自身の手で養う為? 難しい問題です。
「私は、辞められません。申し訳ございません。どうか、見逃して欲しいのです」
ツルカさんが、深々と頭を下げました。もはや、土下座といった姿です。この世界における最敬礼を遥かに超えて頭を、下げているのです。申し訳なさと、それでも辞められない弱さを示すように。
私達に声をかけたのは、この為だったようです。教本等の証拠を差し出したのも、今は見逃して欲しいという事でしょうか。
「……」
私達は、迷います。このまま見逃して、良いのかと。