『エセフぁ』角③
町長宅に着きました。予定通り、選任冒険者として訪ねます。
「ごめんください」
ノックをし、しばらく待ちます。家の中に気配はあるのですけど、動いてくれる様子はありません。
「王都の選任冒険者です。お尋ねしたい事があるのです」
病気とか動けないとかではないと思うんですよね。気力が落ちている様子はありませんし、居留守です。
「どうしよう。居留守されちゃってる」
中に聞こえるように言います。相手が不義理を働いて来るのですから、容赦しません。
「仕方ありません。中央の家に行きましょう」
「皆に信頼されてるみたいだし、そっちの方が良いかもね」
ここまで言われたら、長として黙ってないのでは? と、中の様子を窺います。一向に動きません。流石に、怪しいですね。
「すみません。町長さんは」
「……あ、あぁ。あの人は駄目だよ。余所者には絶対に会わないから」
「そうですか」
何を言われても余所者相手には会わないそうです。そんな人が長で良いのかなと思います。でも、「長は大事ではない」とか、異変に際して真っ先に連絡するのがデぃモヌという人であったりとか、長として機能していません。
「少しお尋ねしたい事があるのですけど」
「は、はい。でしたら家に――」
「黒髪の異国から来た少女を知りませんか」
「あ……はい……。そういった人は、居ませんね……」
「子供が攫われたりとかは」
「ないですね……」
何故か落ち込んでしまった男性に、アリスさんが聞いていきます。どうやらこの町にも居ないようです。攫われた人も居ないようですし、悪意も無い。町を後にしてもよさそうですね。
「ありがとうございました」
「はい……」
私の手を掴み、足早にアリスさんが離れていきます。私が首を突っ込まないようにと、急いでいるのかもしれません。もし約束がなければ、色々と突っ込みたい事ばかりですから、仕方ありません。
村から帰る途中、先程マリスタザリアを仕留めた場所を通りました。人だかりが出来ており、その視線の先には一人の少女が立っています。
(あの子がデぃモヌ?)
多分、渾名か二つ名なのではないでしょうか。女性の名前にしてはゴツゴツしています。
少女に向けられる視線と祈り。その光景はどことなく、神林集落での日々を思い出させます。何しろ、町民達は本当に……信仰を向けているのですから。
(司祭?)
(いえ、修道士の服では、ありません)
少女の服はまるで、浄衣です。白い着物のような服。神に捧げられる姿です。霊媒師でしょうか。医者では、なかったんですね。
気になるところですけど、首を突っ込む訳には――。
「もし」
再び歩き出そうとした私達に声がかけられます。そのまま無視をして行くのは簡単でしたけど、気になっていたからでしょう。私は反応してしまいました。
そして、少女を見て目を見開くのです。
(……鬼?)
少女の額に、黒い角が生えていたものですから。
反応してしまった以上、無視して進むわけにもいかなくなりました。アリスさんと私は、中央にあった家に案内を受ける事になったのです。
(アリスさん、ごめん……)
(いいえ。これは、含まれないと思います)
(そう、かな)
(はい。呼び止められた以上、対応するべきでしたから)
約束を破ったわけではないと、アリスさんが慰めてくれます。アリスさんに呆れられてなくて、良かったです。
呼び止められて、振り向いたら女の子の額に角が生えていたんです。首を突っ込むなと言われても、無理だと思います。シーアさんだって、気になったはずです。多分。
(リッカさま。鬼というのは)
(向こうの世界での、空想上の怪物だよ。角が生えてて、体が大きくて、力が強い。大抵悪者として書かれるけど、人の友人みたいに書かれる事もあるみたい)
泣いた赤鬼なんかは、人と仲良くなる物語です。
(もし実在してたら、マリスタザリアだったのかもね)
(共通点が多そうですね。落ち着いたら、リッカさまの世界にあるという童謡とか童話を聞いてみたいです)
(うん。グリム童話とかも面白いと思うよ)
こちらの世界の英雄譚とかも気になります。アリスさんの音読。すごく、魅力的です。
家に案内されたまま、暫く待たされています。身を清め、着替えているようです。思った上で思考の隅に追いやったのですけど、少女の振舞いはまるで、”巫女”です。
「お待たせしました」
「いえ」
家の中だと、普通の格好をするようです。角は、飾りという訳ではないですね。完全に生えています。
マリスタザリア化を疑いましたけれど、悪意はありません。そういえば向こうの世界で、皮角と呼ばれるものがあったはずです。それでしょうか。黒い角となると、それが思い浮かびます。本来は年寄りやアルビノといった人達の病気のはずですけれど……。この方は、アルビノではありません。
「気になりますよね」
「いつから、生えたのですか?」
「一月程前でしょうか。突然にょきっと」
町民の誰よりも、栄養が足りています。肌の色や髪の質。着ている服もそうです。町に対して、この人の生活水準が高すぎるように感じます。先程の町民達から向けられた信仰と敬意が関係してそうです。
「少し、席を外して下さい」
「しかし……」
「この方達は大丈夫です。それとも、私を信用出来ませんか?」
「い、いえ。では、失礼します……」
御付の人を追い払うように退室させました。その後魔法によって、防音にしたようです。魔力を練った瞬間に身構えようとしてしまいましたけど、何とか我慢出来ました。敵意の無い人の魔力にまで反応していては、疲れます。
「巫女様ですよね」
「知っていたんですか」
「知らないのは町の人くらいです」
”巫女”と知っていて呼び止めたのですから、何か頼みたい事があるのかもしれません。しかし、中々話してはくれません。
「私は、ツルカ・アサモア。この町では、ディモヌと呼ばれています」
「六花 立花です」
「アルレスィア・ソレ・クレイドルです。ディモヌとは、一体何なのでしょうか。司祭のような役割をしていたようですけど」
お祓いのような事をしていました。人々の信仰心も本物です。もしかしてここが、トぅリアで行われていた宗教の総本山なのでしょうか。
「その前に、トゥリアで何があったのでしょう」
(やっぱり、そうなのかな)
「それに答えるには、貴女が何者なのかを知る必要があります。アルツィアさま信仰とは別のようですけれど、貴女が教祖なのでしょうか」
「いいえ。私も所詮、信仰を集めるための道具にすぎません。教祖、経営者は別です」
「経営者……やはり、人々の信仰を利用してのお金儲けという訳ですね」
「否定しません」
神さまの信仰を奪って行われているものが、お金儲け。アリスさんの空気が変わりました。
司祭イぇルクは、間違った信仰の形ではありましたけれど……神さまを信仰していました。だからアリスさんも、もどかしさを感じて怒っていたのです。
でも、今回は……純粋な怒りです。ツルカさんが発言を誤れば、新興宗教を潰す事になるでしょう。神さまと違って、私達は博愛主義者ではありません。
「ディモヌとして私を崇めるように先導した、所謂教祖様は、ノイスに居ます。そこで私を使っているそうです。トゥリアもその一つでした」
「どうやって、あそこまでの信仰を?」
私は単純な質問をします。神さまのような伝説を持っているわけではないデぃモヌが、何故あそこまで信仰を集められるのか気になったのです。
「一月前に、ディモヌは生まれました。それまで世界は、化け物に塗れていたのです。毎日の様に、襲われていました」
一月前といえば、神誕祭の準備をしていた頃でしょうか。
「そんな時に、私にこれが」
ツルカさんが、角を撫でています。感覚はあるのでしょうか。痛みや、命の危機はないのでしょうか。
「これが生えてから、何故か化け物が減ったんです」
それは……これは想像でしかありませんけれど、神誕祭後の大侵攻。その為にマリスタザリアを大量に作り出す必要があった魔王は、北部の悪意を大小関わらず回収したのではないでしょうか。その結果、マリスタザリアが減ったのだと思います。
「そして教祖は、この角と関連付けて、ディモヌとして崇めたのです。この角は怒りの象徴。世界をとりまく悲劇をこの角が一身に受けている。だから化け物は減ったのだと。私が居る限り、増えないのだと」
現にマリスタザリアは減ったのです。偶然であれ、人々の注目を集めるには十分だったでしょう。
「巫女様達の事は、教祖にバレないように調べました。多分、巫女様達の功績を奪ってしまったのだと、思っています。どうでしょう」
「その出来事から数日後に、王都が攻め入られました。恐らくその為の準備として、北部から吸い上げたのです。北部に現れるはずだったマリスタザリアが、王都に現れたと思っていただきたいです」
「やっぱり、この角は関係ないんですね」
ツルカさんは、利用されているのです。そしてそんな中でも、自身の状態を誇るでもなく調べ上げ、私達に対して真実を話してくれています。諸悪の根源は、ツルカさんを利用して巻き上げている教祖です。詳しく、聞きましょう。ノイスにいるという教祖について。