王国
先に言って起きますけれど……決して、戦いたいわけではありません。でも……。
「あまり、敵出ないね」
気になるのは、事実なのです。
「悪意は人の多いところに集まりますからそろそろ、本番です」
アリスさんが顔を引き締め、告げます。
「わかった、いつでもいけるよ」
私も……気を引きしめます。
遠くからですけど、人の気配を強く感じます。耳を澄ませば喧騒も聞こえると思います。
どうやら――もうそろそろのようです。
「リッカさま、この坂を登り切れば見えるはずです」
「うん。少しだけ、楽しみ」
ほどよい緊張感のまま、私たちは歩を進めます。でも、私は自然体を意識します。いつでも、動けるように。心には余裕を。教えは忘れていません。
「――はいっ」
アリスさんも、あまり気を張り過ぎないように。ね?
「わー……」
思わず、声が出ます。そこには、坂の上から見下ろしているにも関わらず、端が見えないほど広大な……石造りの建物が立ち並ぶ――”国”が、ありました。
「予想より、ずっと大きい」
「実物は、こんなにも広く感じるものなのですね……」
ヨーロッパにも、こんな感じの町並みがあったような。アリスさんも感嘆の声を上げています。
私がいた、向こうの世界の街と同じかそれ以上でしょうか。
「リッカさま。坂を降り少し行った所に検問所があるそうです」
ようやく、検問所。ちゃんと通れるのでしょうか、私……。厳重そうに見えます。
「そういえば、集落とこの王国は繋がりあるの?」
坂を下りながら雑談をします。
「集落に、私と同世代の子が居なかったのは、気づいていたと存じております」
アリスさんが少し、寂しそうに。でもそこまで気にしてないように、話をします。
「そうだね。気にはなってたけど。子供が全く居なかったわけじゃないから」
エカルトくんとエルケちゃんは元気でしょうか。
「村の子たちも、いずれはこの国にくることになるでしょう」
住民登録とかでしょうか。でもそれって生まれた時にすぐ……んー?
「”巫女”のルールです。リッカさま」
少し顔を赤らめ、それだけいいます。
「未婚で……あっ」
同年代の子がいると、そういう仲に、なるかもしれません。
「間違いが起きないよう、”巫女”である私の同年代の子たちは、勉強するために王国で住むことになります」
勉強と称して、アリスさんから引き離すんですね。
「男の子はわかるけど、女の子も?」
「一応、ただ引き離すだけではありません。しっかりと外の世界で学び、育ち。そして新たな知識と経験によって集落をよりよくするのです」
なるほど、それはエルケちゃんが目指してるものですね。
「エルケちゃんが目指してるものだね。勉強してアリスさんのために役立てるって」
エルケちゃんはすでに、その時を覚悟していたのかもしれません。
「エルケちゃんが、そんなことを?」
「あっ――ご、ごめん。聞かなかったことにしてっ!」
「ふふ。わかりました」
つい口が滑ってしまいました。アリスさんが口に手を当てて笑いをこぼしながら、お願いをきいてくれます。
「ありがと……。じゃあ、会えるかな? 集落出身の子に」
どんな子達でしょう。
「どうでしょう。集落の習慣ではありますけれど、帰ってくる子は多くないと聞きます」
二十人中十人帰ってくればいいほうですね。とアリスさんは言いました。
「なんか、寂しいね。それ……」
集落より、この国での生活のほうが、楽ではあるでしょうが……。残念です。
「そうですね、私の幼いころの友人も行っていますが、帰ってくるかどうかは」
アリスさんが少し寂しそうに……。
「……きっと、帰ってくるよ」
私は、確信に満ちた声で伝えます。
「だって、アリスさんのこと助けたいって、きっと皆、思ってるから。私だったら、絶対帰ってくるよ」
(って、これだと慰めにしかなりませんね。でも、本音です)
「――。はいっ。絶対」
アリスさんがこんなに喜んでくれるなら、いいですよね。
検問所に重い空気が流れています。周りのほうもざわざわと……。さて、問題がやってきました。
「……」
じっと、私を観察する。検問官さん。
「……」
私は、どうすることもできないので黙ります。
「では、この方も巫女様であなた様と共にお役目にきたと?」
検問官さんが疑いを隠すことなく尋ねてきます。
「はい、その通りでございます」
アリスさんが厳かに応えました。でも、説得には至っていません。
「……」
検問官さんが困っています。私も、困ってます。まさか、本当のこととはいえ、そのまま伝えるとは。
「巫女様はお一人。あなた様だけと記憶しておりますが」
ええ、この世界の”巫女”はアリスさんだけです。
「我らが神、アルツィアさまのお導きです」
これも、本当です。
「ふむ……では、巫女様である証拠をお願いできますかな」
検問官さんが私の方を見てやってみろと言わんばかりに伝えます。
「リッカさま、お願いします。巫女であるという唯一の証を」
(アリスさんが淡々と言います。少し怒って……?)
私は検問官さんにオルテさんの剣を渡し、準備します。私に敵意がないと示すには、武器を渡すのが一番です。
検問官から少し離れ、木刀を自分の前で横に構えます。練習したかいがありましたね。こんな時の為に練習した訳ではないのですけど……。
かつて神さまの使いである”巫女”が、本物であるというのを伝えるために行使したという証の光。
瞳とローブを赤く煌かせ。魔法を発動させます。
「光よ……!」
「――! これは……」
周囲を暖かい光が包みます。しっかりと、光り輝いてくれてほっとしました。
「たしかに、”光”の魔法」
震える声で、検問官さんが言います。
「大変、失礼を……。すぐに、王宮へ伝えます」
そういって、部下と思われる方に連絡するように伝えるのでした。
周りのざわめきは大きくなる一方ですけど、どうやら検問は問題なさそうなので、安堵しています。
「リッカさま、これで安心ですね」
アリスさんが笑顔で小走りに近づいてきてくれます。
「だね。でも驚いたよ。本当のこととはいえ」
アリスさんに嘘をつけなんて言えませんけれど……何か別の方法があるものと。
「本当のことを伝えるのが一番ですっ」
満面の笑みでそういわれると、もう私は何もいえません。
「アリスさんらしいよ」
一緒になって微笑みあいます。確かに、嘘で通るのは違いますね。
「お待たせしました。お二方共。どうぞお通りください」
検問官さんが、剣を私に返しながら敬礼しました。
「はい、ありがとうございます」
アリスさんが祈りを捧げ、私もそれに倣います。
「それと……王宮から、もし良ければお越しになって欲しいと、伝言を授かっております。どうか、ご検討ください」
頭を下げながら告げられる衝撃の言葉。王宮からという事は……そう、なのでしょうか。
アリスさんが、どうしますか? といった視線を送ってきます。王様からのお誘いを断るわけにはいかないので、異論はありません。私は頷きます。
「かしこまりました。このまま王宮へ向かいます。どうかお伝えください」
再び祈り、大きな門を通り抜け。王国へ入国しました。王様への謁見ですか……緊張しますね。