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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
45日目、利用なのです
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『エセファ』角



 普段からアリスさんが気を使って掃除をしているので、水回りに目立った汚れはありません。カビや水垢等、病原菌の溜り場となってしまう場所なので、最大限の注意をしているのです。


 旅において大変なのは病気です。アリスさんが居るからと安心は出来ません。何より……アリスさん本人が病気になってしまっては何も出来ません。薬を飲ませるか病院に行くかです。そんなの、嫌です。


「リッカさま。お風呂に入りましょう」

「うん」


 手馴れた様子で、アリスさんが私の服を脱がせました。掃除という事で、前のローブを着ています。決して汚れて良い服という訳ではありませんけど、咄嗟の戦闘を考えるとローブを脱ぐ事は出来ません。そして新しいローブで掃除というのも、違うのです。


 お風呂に入って、お互いの体を洗い、湯船に浸かります。今日は私が前です。後ろからアリスさんに抱きしめられています。


「首を突っ込まないって、結構難しいよ、ね」

「噂話は絶対聞こえますから……」


 ”巫女”に好意的な人達なら、私達に頼むという事もあるでしょう。今まではそうでした。でも今後は、怪しい集団って印象が強くなると思われます。実際キールでは、名乗らなかったのでそうでした。


 そうなった場合、話しかけられるといった事がまず無いです。そうなると私が首を突っ込むしかなくなります。噂を聞いて話しかけるのは、首を突っ込むという事です。シーアさんとの約束を破る事になります。


「リッカさまは……」

「うん?」

「気に病んで、おられるのですね。今まで目を瞑ってきた、人たちに対して」

「――――そう、なのかも」


 私がどうして、一生懸命首を突っ込むのか。ストンと胸に落ちました。私は負い目を感じているのです。今まで見捨てた人たちに対して。そしてそれを、目を瞑ってきた人達にではなく、今目の前に居る人達を助ける事で、()()している。


 すごく……自分勝手です。


「ただの、自己満足だったのかな」

「助けられた人達は、そう思っていません」

「うん……」

「ですけど……やはり私達は、根本を解決すべき、です」


 アリスさんの苦心を受け、私は決めます。また、目を瞑る事に。


「私、学習能力ないのかな……」


 きっと他にも、旅を出る前に掲げた誓いを破っているのでしょう。私が守る事が出来ているのは、アリスさんを守るという事だけです。


「呆れられても、仕方ないかも」

「呆れてなど、いませんよ。レイメイさんは呆れているのでしょうけど、私もシーアさんも、リッカさまの想いは分かっています」


 きゅっと、アリスさんが私の腰を抱きしめました。背中に、アリスさんの唇の感覚が……。


「それでも尚、私達はリッカさまを止めます。だって……」


 頬擦りされて、います。


「リッカさまが、傷つくのは嫌です」

「ぁ、ぅ……」


 鼓動を聞かれては恥ずかしいと、体を前屈させていたようです。アリスさんから少し離れようとした私を捕まえるために、腰から少し上に腕が移動し、より密着してしまう事になりました。これでは、私の強震が伝わってしまいます。


「マリスタザリアとの戦いで傷つく事でさえ……私達は嫌なのです。なのに、人相手でもそれでは……体が、もちません……」

「はっ、ぅ……」


 耳元から、声がします。


「私はリッカさまを優先します。私も……止めます」

「ぁい……」


 するっと、私の腰に腕が戻りました。荒くなってしまっている息を聞かれないように我慢します。それでも……悦びに打ち震える肩は、止められませんでした。



 ぽーっと逆上せたような私の体を、アリスさんが拭いています。


「リッカさま」

「ひゃい」


 くるりと振り向き、アリスさんを見ます。視界がぐるぐるしています。私は、先程の言葉を脳裏に刷り込む作業をする事で、冷静さを取り戻していきました。


「休憩をもらえましたから、お願いを」

「うん。何でも、言って?」


 何とか平静を取り戻した私は、アリスさんのお願いを聞きます。


「リッカさまを抱きしめて、寝たいです」

「それで、良いの?」


 毎晩、そうやって寝ているはずですけど……。


「いつもは寄り添うというか……添い寝というか、ですので……」


 まだ、下着しか着ていないアリスさんが、もじもじとしている姿は、私の脳を……本気で殴りつけます。私特効とでもいうべき、最強の拳が私を壊していきます。知らず知らず、自分の腕を押さえないと、何をするか分かりません。


「ちゃんと、抱きしめたい……です」


 アリスさんも勇気を振り絞ったのかもしれません。頬をどころか顔を真っ赤に染めています。私の興奮? 動揺? 衝動というか、が……極限を突破したのかもしれません。頭がクリアです。


「おいで?」

「はいっ」


 服を軽く着て、部屋に行きます。「ちゃんと抱きしめて」というのが、こういう事とは、思いませんでした。

 

 お風呂場ではなく、部屋で……お互いの体温だけを感じる世界で、こんなにも近くに……バスローブを少し羽織っただけのアリスさんが居ます。


 漸く冷静さを取り戻したはずの私の頭は再び、螺旋の世界へと旅立ってしまいました。きゅっと締められた腕に負けじと、私も抱きしめます。二人の鼓動と呼吸が支配する空間で、私は緊張と幸福の間を行ったり来たり、するのでした。




「サボリさン」

「何だ汚チビ」

「ア、カチンと来ましタ。叩き落しまス」


 レティシアの存在感が増す。魔力が見えないウィンツェッツが感じ取れる、魔法発動の予兆だ。


「そんで、何の用だ」


 お互い冗談と思っているウィンツェッツが促す。結構本気だったレティシアだけど、用件を先に済ませる事にしたようだ。


「町に着いたら私達二人はお休みでス。巫女さん達が回りまス」

「大丈夫なんか」


 リツカが首を突っ込むんじゃないかと、ウィンツェッツが尋ね返す。


「私はサボリさん程、縛り付けたいって思いませんかラ」

「あ?」


 言い方が気に入らなかったようで、ウィンツェッツが青筋を立てている。


「リツカお姉さんが傷つかないなら何だって良いでス」

「他の連中が傷ついても良いってか」


 首を突っ込むなと言いつつ、ウィンツェッツは矛盾した煽りを向ける。レティシアを試しているようだ。


「構いませんヨ。私が傷ついて欲しくない人ハ、私が守るだけでス」

「……」


 気取る訳でもなく、さらりと答えたレティシアに、ウィンツェッツは固まる。


「リツカお姉さんが大事なだけでス。サボリさんとは理由が違いまス」


 面倒事と本気で思っているウィンツェッツと、リツカを心配するレティシアの差だ。リツカが傷つかなければ良いと、断言する。


「巫女さんには伝えましタ。リツカお姉さんが傷つかないように動いてくれまス」


 ここ最近の傾向から、もはや傷つかないという事はありえないと思っている。だから、首を突っ込む時は注意して欲しいと思っている。そしてレティシアは、アルレスィアにしっかりと想いを伝えている。


「大体サボリさんはおかしいんですヨ」

「はァ?」

「アーデさんが危険になったら何をおいても突進する癖ニ」

「な、は、アァ!?」

「巫女さんを守るなとか狂ってるんですカ? そんな命令聞くわけないでしょウ。私もお姉ちゃんを守るなとか言われたラ、その命令をした人を氷漬けにしてでも聞きませんヨ」


 人にだけ押し付けるな。レティシアがキッと睨む。譲れないモノがある人間が、他人の譲れないモノに口を出す事を、レティシアは嫌悪していた。


「特にリツカお姉さんハ、巫女さんの為なら最終的に命を捨てる選択になろうとも躊躇がないんでス。そんな人相手ニ、巫女の事であっても面倒事が起きたら止める? 阿呆はどっちですカ」


 ウィンツェッツの方が身長は上だ。しかし、レティシアから見下ろされていると、ウィンツェッツは感じた。


「そんな事をしたラ、サボリさんを殺して巫女さんを守りますヨ。私はそれを責めませんシ、それでこそって思いまス」


 命がけで守るという事を、レティシアの方が理解している。


「優先順位を甘くみないことでス。私達は覚悟している人間でス」

「……」


 外野が文句を言うのは簡単だ。しかし、それは命を懸けてでも言う事なのか、という話になる。


 命をかけている人間に、面倒だからという理由で止める。そんな軽薄な言葉が、届く訳がない。


「私は楽な方ですヨ。大切な人は安全な所に居てくれるんですかラ」


 いつだったか、リツカはレティシアをこう考察した。大切な人が隣に居ないのは、精神的に辛いと。しかしどうだろう。レティシアは逆だった。


「大切な人が隣に居るのに守れないっテ、死んだ方がマシでしょウ」


 守れたのに守れなかった。そんな事になった時リツカはどうなるか。レティシアは分かっている。


「私は結果的にサボリさんと同じ考えですけド、違いますヨ」


 根本が違う。


「適当な考えデ、リツカお姉さんを止めない事でス」


 アルレスィアの次にリツカを理解しているのは、間違いなくレティシアだろう。本質的には同じなレティシアだから分かったのだ。


 世界と大切な人間。その二つを天秤にかけたとき躊躇なく選択出来る人間だから、レティシアはリツカを姉と呼ぶのだ。


(巫女さんもそうだと今は分かってますけどネ。呼び方を変える時を失いましタ)


 巫女お姉さん? アルレスィア姉さん? どっちもしっくり来ません。と、レティシアは首を傾げるのだった。



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