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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
45日目、利用なのです
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王と皇⑧



 王宮の外では、学生と思われる集団が歩いていた。全員チラッとカルラを見て会釈していく。この街で隠し事は難しい。すぐに噂となる。皇姫の訪問はすでに、街の全ての者が知っている。


「この街は情報が早いの」

「リツカ様も、それに苦労していましたね……。”巫女”のお二人は目立ったものですから……」

「余り良い噂はなかったの」

「はい。ですが、もうそういった噂は流れないでしょう」


 アンネリスの目は、街に向いている。その視線を、カルラはなぞる。


(理想的な救世主、なの。でもわらわが感じたのは、普通の女の子なの。皆少し、リツカに頼りすぎなの)


 カルラは、王都の現状をそう分析する。コルメンスとアンネリスが話したリツカの事は、まさに救世主といった姿だった。フロレンティーナも、憎まれ口の中に憧憬が混ざっているように感じた。


(コルメンスとアンネリスはまだ、リツカがただの女の子って意識があるみたいなの。でもやっぱり、憧れが強いの)


 確かに強かろう。真っ直ぐ前を向いて、全てに目を背けずに歩く事が出来るのだから。


(リツカがアルレスィアを助ける時の顔。皆見たことないの? わらわもシーアも、サボリも知ってるの。泣きそうな顔で、一生懸命なの)


 リツカは強くない。リツカは救世主ではない。リツカはただの、少女だ。


「アンネリス。リツカは確かにすごいの。わらわもそう思ってたの」

「思ってた、ですか?」

「ここで話を聞く前までは、なの」


 カルラがアンネリスに視線を戻す。


「リツカは普通の女の子なの。本当にただの、なの」

「えぇ。我々もそう思って」

「まだどこか英雄って思ってるの」


 アンネリスの言葉を、カルラは遮る。


「英雄や救世主、そんなのは居ないの」

「カルラ様……」

「だからきっと、疲れると思うの」

 

 カラカラと、鈴を転がしたように笑うカルラを、アンネリスはきょとんと見る。アンネリスは怒られると思ったのかもしれない。


「凱旋は、国を挙げての褒美なの。それは許容範囲内なの。だけど貴女達は、リツカ達を英雄として扱わない方が良いと思うの」

「しかしそれは……」

「なの。偉業を成し遂げたのなら、そうなるのは必然なの。だから――貴女達、なの」


 国民が英雄として扱うのは、リツカ達も受け入れるだろう。そうなって欲しいと思って演説したのだ。英雄アルレスィアとリツカを讃え、道標として欲しいから。

 だけど何も、近しい者達がそう扱う必要はない。


「船で、わらわ達はじゃれ合ったの。皇姫も魔女も巫女もなく、ただの年相応の女の子として、なの。その時に思ったの」


 カルラが目を閉じ、想起する。


「役目や生まれ、使命や、力。何も関係ないの。その時のリツカの笑顔が、本当の笑顔って感じたの」


 力のある、鋭い眼差しではない。柔らかいただの笑み。


「わらわね。アンネリス。その笑顔を独占したいって思ったの」

「カルラ様?」


 少し風向きが変わった様に感じたアンネリスは、思わずカルラの名前を呼んでしまう。


「でも無理だったの。先約が居たの。一生空くことのない予約なの」


 冗談を言っているようには聞こえない。まさに、そこには恋する乙女がいる。アンネリスの困惑は大きくなっていく。辛うじて、先約が誰なのかだけは分かった。


「アンネリスは、リツカの笑顔を見たくないの?」

「え……? 魅力では、ありますが……」

「それなら、変わらず居る事なの」


 カルラが広場のベンチに座る。


「それが一番難しいだろうけど……なの」


 微笑むカルラは本当に、ただの少女のようだった。変わらないという事は無理だ。どんな人間でも、変わってしまう。では何故、カルラは変わらないで居る事と言ったのだろう。答えは簡単だった。変わらずに居る。それは変化を止めるのではなく、変わろうとする意思を止める言葉だ。無理に変わることはない。リツカ達が信じた人達は、そのままでも十分――魅力的なのだから。


 だから、そのまま居れば良い。変化すべき時に、人の成長として変わるのならそれでも良い。ただ、人に求められたから変わるのは違う。カルラの言葉を受けて、アンネリスがどう思うのかは分からない。それでも心のどこかで、アンネリスは変わろうとしていたのかもしれない。自分の気持ちを押し殺して、人に言われたから我慢する。そんな、物分りの良い人間になろうとしたのかもしれない。


「アンネリス。喧嘩はした事、あるの?」

「ありま、せん」

「そう。本音でぶつかり合うって怖いものなの」


 カルラはぼんやりと言葉を交わす。しかし、それはアンネリスの本当を、見ていたのかもしれない。


「さっきの子達、呼んで欲しいの」

「畏まり、ました。カルラ様」


 アンネリスが約束通り、リタ達を呼ぶ。王や自称敵ではない、ただの友人達だ。リタ達が到着した頃には、アンネリスの動揺も落ち着いていた。これからゆっくり、考えていくだろう。


(変わるしかないって事も、あるの。リツカ。貴女()きっとそうなの。でも本当の自分を残してる貴女は……凄いの。拠り所があるから、なの?)


 カルラが空を仰ぐ。目を閉じ風を感じている。閉塞感が強い壁の都。しかし、皇国のどこまでも続く領地より、自由を感じていた。


「滞在中は是非王宮へ」

「ありがとうなの。明後日まで居るつもりなの」

「では、その間は私が案内しますのでお声掛け下さい」

「分かったの。アンネリスなら安心なの」


 少し恐る恐るといった様子のリタ達が早歩きでやってくる。カルラはそれを眺めながら、何を話そうかとわくわくしている。


 先ず最初に――。


「リツカ達がここで踊ってたらしいけど、どうだったの?」


 皇国に招待した時に一緒に踊れたら良いな、とカルラはくつくつと笑っていた。




 最後はお風呂ですね。


「上がりましたヨ。後はお願いしまス」

「うん」


 シーアさんが浴室から出てきました。


「部屋は綺麗になった?」

「……また次の機会に綺麗にしまス」

「……そ、っか」

「はイ」

「私が綺麗にしましょうか」

「大切な物があるかもしれないのデ、遠慮しておきまス。巫女さんは容赦なく捨てていきそうでス」


 その考えは、一生綺麗にならない考え方だと思います。いつか使うかも。大切になるかも。大切なものだったかも。そういった考えが物を増やしていきます。掃除には不要な思考だったりします。


 「いつか使うかも」は、使いません。捨てても良いです。「大切になるかも」は、なりません。大切になりえたなら、埋まりません。「大切なものだったかも」は、過去です。今では大切ではないのです。


 シーアさんがいつも使っている物。身に着けている物はしっかりと目の届く範囲に置かれていました。埋まっている物は倉庫に置いても良いですし、捨てても問題ないです。まずは分ける所からですね。本当の本当に大切なの物なのかを。


「次やる時は、手伝おうか」

「リツカお姉さんも容赦してくれそうにないのデ」


 要るかどうか迷うようであれば倉庫に入れるつもりでした。捨てる事はないので、安心して欲しいです。


「そうでしタ。掃除が終わったら休んでて良いですヨ」

「うん?」

「移動がそこそこ長いのデ、その間お二人は休憩していて下さイ」


 今日は主に休息日ではありますけど、私達だけ休むのは……。そうですね。交代にしましょう。


「じゃあ、エセフぁは私達だけで回るから、その間休んでて?」

「それがよろしいと思います。小さい村ですから、二人でも問題ないと思いますから」

「ふむ」

 

 シーアさんが迷っています。多分、面倒事についてでしょうね。


「面倒事を引き受けないのであれバ、お願いしまス」

「流石に、話を聞いて無視は出来ないけど……自分からは、突っ込まないよ」

「巫女さんモ、リツカお姉さんの意思を尊重したいのは分かりますけド、そろそろガツンとお願いしますヨ」

「最大限努力します」


 シーアさんの本気の懇願です。出来るだけ受け入れたいと思います。多分これが最終勧告です。これ以上は呆れを通り越して、軽蔑されてしまいそうな程ですね。レイメイさんの適当な注意は有耶無耶にしましたけど、シーアさんはしっかり釘を刺してきました。


 アリスさんを守りたいという、私の想いさえ許してくれるのなら、シーアさんとレイメイさんの言うとおりにします。



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