王と皇⑦
あれから何時間経っただろう。コルメンスの執務室にカルラが入ってから数時間、漸く話が終わったようだ。
「ありがとうなの。陛下。良い話が聴けたの」
「いえ、まさか……本当に全部とは……」
コルメンスが苦笑いしている。本当に、全部だったのだ。リツカがこちらに来た経緯。最初の戦闘、二回目、三回目。王都での振舞い。そして、戦争。コルメンスとアンネリスの視点から見た巫女一行を話した。もちろん、ウィンツェッツとの喧嘩も。
「私達も、アルレスィア様達の話が聴けて良かったです。お変わりないようで安心しました」
「わらわは、シーアから少し聴いただけだから余り話せなかったの」
「カルラ様から見て元気であったのなら、問題ないと思います」
「あぁ、そうだね。笑顔のままだったというのは嬉しく思う。色々とあったのだから、思い詰めてなければ良いと思っていたんですよ」
コルメンスとアンネリスは、カルラと意気投合したようだ。権力者同士、良い関係を結べたと感じた。
「そろそろ次に行くの」
「はい。アンネ、案内を」
「畏まりました」
「よろしくするの。フロレンティーナの所に行くの」
「まだ行われていると思います。どうぞ」
案内を受け、カルラが退室しようとする。しかし立ち止まり、再びコルメンスの方を見た。
「陛下。わらわはエルヴィエール陛下にも会いに行くつもりなの」
「そうでしたか。女王陛下に連絡が入れられれば良かったのですが……」
「構わないの。シーアから、色々と知恵を貰ったの」
「知恵、ですか?」
「なの。むしろ連絡を入れないほうが会えるの」
元老院の性格を熟知しているレティシアはカルラに、エルヴィエールに会う為の作戦を授けていた。
「だから陛下。何か伝えたい事があるのなら、わらわに渡しておくと良いの。シーアからの伝言も貰ってるの」
「そう、ですか……それでは、手紙にて」
「なの。後で渡して欲しいの」
「ありがとうございます。カルラさん」
「良いの。陛下」
「良ければ私も、コルメンスと呼んで頂けると」
「分かったの。コルメンス」
最大限の敬意を払い、コルメンスがお辞儀をする。カルラもそれに返礼し、今度こそ退室していった。
「来たわね。ゆっくり見て行って」
「なの」
フロレンティーナも汗を流している。漸く体が温まってきたのだろう。しかし、エーレントラウトや他の団員と比べると少ない。監督代わりを務めているからか、それともフロレンティーナの体力が優れているからか。恐らく両方なのだろう。
「リツカと何があったの?」
「ん? 練習を見に来たんじゃないのかしら」
「わらわも、凱旋には出席しようと思ってるの。その時の楽しみとして、演目は知らないほうが良いらしいの」
「そーいう事ね。ならお話しましょう。皆休憩よ」
フロレンティーナが手を打ち鳴らし休憩を伝える。椅子に座る事無く、団員達はその場にへたり込んでしまった。
「や、やっと休み……」
「先輩の練習はきつすぎます」
「時間もだけどさ……密度が違うわ……」
「皇姫様ありがとーござーまーす……」
指導員は別にも居る。しかし、フロレンティーナが務める時もある。その時が最もハードであり、疲労感は数倍だった。本番さながらの空気感でやれるので、団長からの評判は良かった。
「全く、エレンまで……だらしないわね」
ため息をついて、フロレンティーナが座る。先程とは違い、カルラからの威圧感は伝わってこない。
「それで、何を聞きたいの?」
「コルメンス陛下から、フロレンティーナは悪意をばら撒こうとして捕まったと聞いたの」
先程敬称無しで呼ぶ事をお互い許したカルラとコルメンス。しかしここは他国内であり、しかも王都だ。自国の王が、皇姫とはいえ小娘に呼び捨てされていては眉を寄せる事だろう。そう考え、カルラは再び敬称をつける。
「エッボという男に脅され、自殺までしようとしたらしいの」
「まぁ、そうね。エレンに止められたけど」
脱力したように、フロレンティーナは肩を落とした。自嘲するように笑っている。
「あの子、ロクハナにね。説教されたのよ。愛する人が居たのに、どうして信じて打ち明けなかったのかって感じ?」
「自分も死に掛けたって聞いたの」
「そう。自分を殺そうとした私に、どうして自分達を頼ってくれなかったのかって……さっきまで殺してやるって目で私を見てたのにね」
「私の過去を知ったから、同情したって訳じゃなさそうだった」
「同情くらいでリツカは罪を赦さないの」
「そうね。あれは、怒りだったのよ。私の弱さに対しての」
人を信じる事が出来なかったフロレンティーナは弱い。リツカはそういって説教をした。エーレントラウトを、座長を、出会ったばかりで難しいだろうが、”巫女”を信じる強さがあればと。
「私はそんなあの子が、怖いわ。同情も何もなく、私を説教したあの子が。単純に……私に後悔を促したあの子が。だってそれって、無理でしょう? 私は無理よ。自分を殺そうとした人間を、糾弾するんじゃなくて説教するなんて」
フロレンティーナが俯く。怖いと言っているけれど、その顔には苦笑いが浮かんでいる。
「説教も、罪を責めるんじゃなくてね。私の弱さを責めるのよ。私が人を信頼出来たらって」
追い詰められた人間には難しいだろう。人を信じる事は思った以上に難しい。
「怒ってるあの子、必死だったわ」
もはや懇願だった。どうして、と。どうして人を信じなかったんだ、と。
「あの子は純粋よ。皇姫さん。罪を赦さない。でも、そこに居る人を見れる。罪だけで見ないの。私の思う正義の味方ではないわね。だって罪人として裁かれるべき私を、殺人未遂ですらないって断じたんだから」
「それはフロレンティーナが誰も殺してないからなの」
「えぇ。分かってるわ。もし一人でも、命を奪ってたらあの子は慈悲なんてくれなかった」
リツカは優しい訳ではない。もしフロレンティーナが、悪意ではなく魔法、銃等で大量殺人を行おうとしていたなら、リツカは同じ選択を絶対に取らない。
「あの子は面倒事に首を突っ込むのよ。貴女もそうなんでしょう?」
「なの」
フロレンティーナが立ち上がる。話は終わりという事だろうか。
「あの子は良い子。でも私から見れば、少し気持ち悪いわね」
「アルレスィアの前で言ったら眠らされそうなの」
「そうね。あの時も睨まれたわ」
カルラも立ち上がる。まだ話を聴きたい相手は大勢いるのだから。
「ありがとうなの」
「良いわ。良い息抜きになったし」
「なの」
カルラが離れていく。フロレンティーナは手を打ち鳴らし、練習再開を告げている。
「ほら。立ちなさい。次の公演は巫女凱旋時。復活公演ともいえる大舞台よ。しかも観客は国王陛下、共和国女王陛下、皇国皇姫とより取り見取り。今のままだとガッカリされるわよ」
フロレンティーナの脅しに、劇団員がゲッソリとする。
「か、考えないようにしてたのに……」
「さ、さっきの皇姫様も……?」
「えっと、巫女様達も居るし……うっわぁ……こんなに緊張するの初めてかも……」
フロレンティーナがため息をついて、呆れたように首を横に振る。
「フロンさんくらいですって……緊張しないの」
「緊張くらいするわよ」
「え?」
「それを見せないだけ。演者なら出来るわよね」
「……」
諦めるしかないと、劇団員達は項垂れる。もはや後戻りは出来ないのだ。後は覚悟するだけだ。
「良い緊張感でしょ。エレン、次は通しでやるわよ。湖から出てくるところから」
「はい」
「正直、本人達にやってもらった方が良いと思うのよねぇ」
「主賓が演じるのは違うでしょう……」
「冗談よ冗談」
(まぁ、本人達以上になんて、なれる気がしないけど)
語り手が話し始める。時はA,C,二十七年、二月二十五日。深い森での話しだ――。