表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六花立花巫女日記  作者: あんころもち
45日目、利用なのです
636/934

掃除中③



「あの時のマクゼルト。私達を傷つけませんでしタ」

「ッ」

「最期まデ、でス」


 ウィンツェッツも考えていたのだろう。あの時の、トゥリアで起きた不可解な時間を。


「マクゼルトは私達を人質にしてたんですヨ。それを使えバ、リツカお姉さんはあんなに自由に戦えなかったんでス」


 いつだって思い通りに出来た。少し檻を縮めようと見せるだけで、リツカは止まる。それを使えば良かったのだ。


「サボリさン。マクゼルト相手にまさカ、会話しようとか思ってませんよネ」

「な、に……?」

「もしかしたら会話の余地があるとか思ってませんよネ」

「……」

「マクゼルトの本質は一緒に居た影と同じですヨ」


 リツカが勝利を掴みかけた瞬間を狙って、アルレスィアを攻撃した。それはリツカが何度も経験している、最も警戒している瞬間だ。だから事なきを得たが、普通であれば全員死んでいる。


「私と戦ってる時、会話しましたネ」


 話がころころと変わる。それでもウィンツェッツは何も言わない。


(何か、似てんな)


 レティシアの姿を誰かに重ねてはいたが。


「必要ない会話でしタ。私の時間稼ぎって分かってたでしょウ」

「……」

「私を殺す気でやればよかったんでス」

「何言ってんだ。俺は」

「心の余裕。人を本質で見る事。どれもサボリさんには無かった物でス。それが生まれた事、私達は嬉しく思いまス。仲間として頼もしいト」

 

 落ち着き、年長者としての振舞いが増えた。頼ることも増えた。頼られることもある。仲間としての意識が芽生えたことは喜ばしいだろう。


「だかラ、サボリさんは私を殺すべきだったんでス」


 レティシアは宣言する。自分を殺すべきであったと。模擬戦とはいえ、戦いだったのだから。


「リツカお姉さんが止めるんですからネ」


 信頼だ。レティシアは殺される事がないと信じていた。リツカが絶対に致命傷は止めてくれるのだから、ウィンツェッツは攻撃を緩めるべきではなかったのだ。


「だから優しくなりすぎって話でス。もしリツカお姉さんと巫女さんが居ない場所での喧嘩なら優しすぎて良いですヨ。その方が私も安心して弄れますシ」


 最後に、真面目な雰囲気を払拭するように茶化す。


「はぁ……。回りくどいんだよ。赤いのの言葉遣いが移ったんじゃねぇか?」

「それは感じてましたネ。影響は多分に受けてますヨ。当たり前でス。私のお姉さんなんですかラ」


 レティシアが手を振りながらウィンツェッツの元を離れていく。


(阿呆が。気を使いすぎだ)


 リツカは、ウィンツェッツ自身が気付くようにと言葉を減らしていた。ウィンツェッツには余り響いていない事に気づいていながら、それでも無理なら仕方ないとさえ思って言葉を選んだ。


 しかしレティシアはそれを好しとしなかった。足手纏い仲間、とでもいうのだろうか。トゥリアで受けた屈辱が、二人の頭を離れないのだ。


「マクゼルトにお返ししますヨ」

「……あぁ。借りは返さねぇとな」


 仲が良い。いつもリツカが思っている事だ。この様子を見ればそうなのだろう。


「あ、ここも残ってますヨ。ズボラさン」

「そりゃ別の奴だろ」

「じゃあズボラサボリさン」

「掃除すりゃ良いんだろ。つぅかもうサボリはやめろ」

「もう定着しちゃいましタ」

「お前の所為だろ。あの皇姫もサボリと呼んでんぞ!?」

「まぁ、本当の事ですシ」


 気は合うのだろう。しかし、仲が良いとはいえないようだ。




(私って、回りくどい言い回ししちゃってる、かな?)

(私はそう思いませんけれど、レイメイさんはそう感じたようです。昼食抜きですね)


 仲良く話してたから邪魔しないように気配を消しましたけど、まさか私の会話が回りくどいと思われていたとは……。


 決して頭が良いとはいえない私です。自分の気持ちを伝えるために言葉を尽くしてはいます。けれど……感情に身を任せて、回りくどくなってしまっているのかもしれません。簡潔な言葉で伝えられたら良いのですけど……。



「少しレイメイさんを叱ってきます」

「え? だ、大丈夫だよ。私も、もうちょっと頑張って、簡潔に伝える努力をすれば良いんだし」

「リッカさまが、そう言うのであれば……」


 アリスさんが私の為に怒ってくれています。それは嬉しい事なのです。でも、レイメイさんが回りくどいと言った事に、私は納得してしまっています。納得したのなら、私は改善する為に努力するべきなのです。


「私達も掃除に戻ろう? シーアさんの抜き打ち確認があるかも」

「それは、大変ですね。文句の付け所が無いくらい綺麗にしましょう」

「焜炉と冷凍庫は頑固な汚れがありそうだね」

「魔法使用も視野に入れるつもりです。時間短縮します」


 余り急ぎの掃除ではないのですけど、他にもやるところは一杯――。


「あれだけ丁寧な確認が出来るのですから、シーアさんの部屋も綺麗になっている事でしょう。是非、確認したいと思いまして」


 ニコリとアリスさんが笑いました。


 そういえばシーアさんも、私の事回りくどいって言ったようなものでした。レイメイさんは昼食抜きでしょうし、シーアさんは部屋の掃除が甘かったら怒られるのでしょう。私が気にしていないのは本当の事です。でも――傷ついていない訳ではないのです。


 アリスさんの、私を守るための怒りです。大事に受け止めます。


(気にしてないって言ったけど、正直……レイメイさんには言われたくないもん)


 あの人もかなり、回りくどいですよね。旅の中で何度かそういった場面を見ています。


「シーアさんのあの部屋がどう綺麗になるか、気になるかも」

「本は全て倉庫に入れるしかありませんね。本の下から何が出てくるか、そちらの方が問題になると思います」

「埃とか凄そう……。本を運ぶの、シーアさん一人で大丈夫かな」

「道さえ作ってしまえば、”転移”でも対応出来るはずです」


 あの量の本です。普通に運ぼうと思うと、夜までかかるでしょう。でも魔法なら簡単に終わるみたいです。日常全て、魔法があれば向こうより楽です。




「それでは、調理場の掃除を先にしましょう。その後、お風呂に入るついでに掃除をします」

「私達がお風呂場に行く前に、レイメイさんとシーアさんに入ってもらおう」

「そうですね。掃除で汚れるでしょうから、再度入って貰いましょう」


 さて、まずは焜炉ですね。煤と油、錆び。どれも頑固そうです。ガスではなく魔法による火で焼くので、煤は少ないですね。油と錆びは長年の物です。これが厄介かもしれません。

 

拒絶(【ルフュ】)せよ(・イグナス)


 と思ったのも束の間。どんな、洗う為の魔法より強力で素早い掃除です。”拒絶”により、汚れがぽろりと剥がれ落ちました。これを捨てるだけで良いのです。


「汚れの方はお任せください。リッカさまは冷蔵室等の整理をお願いします。生の物を手前に移動して頂けると嬉しいです」

「うん。任せておいて」


 アリスさんが汚れるのは嫌ですけど、致し方ありません。”拒絶”を使った掃除以上に、素早く綺麗になんて出来ません。

 適材適所。私は力仕事をします。


 冷蔵室はいつ入っても寒いです。まずは、冷凍庫から整理しましょう。寒いところからやれば、冷蔵室も暖かく感じるかもしれません。


(んっと、生は)


 冷凍されているので大丈夫でしょうか。魚……アニサキスは冷凍するか加熱するかで死滅したはず。しかし見たところ、冷凍焼けが起きかけています。早めに食べないと、せっかくのおいしい魚やお肉の味が落ちてしまいます。


(お肉と魚、どっちが冷凍焼けに弱いのでしょう。水分量が関係したはずですし、魚? お肉なのかな……)


 しばらくお肉と魚交互ですね。まずは移動させましょう。


(果物は少し凍りすぎましたね。ジュースやジャムにした方が良さそう)


 運搬の魔法は使えませんから、すぐに始めます。


 まだ日持ちしそうな冷凍品は奥に行ってもらって、と。次は冷蔵室、冷暗所ですね。乾物を置いている場所も行かないと。


 手がかじかんでいます。末端は、自分の指とは思えないような感覚です。冷凍室が終わったら、一度出ましょう。手が動かなくなっては、それだけ時間がかかります。



 結構ありますね。二回に分けた方が良いかもしれません。


「寒……」


 手に息を吹きかけ、擦ります。やはり一回出ましょう。防寒着を用意した方が良いですね。


「リッカさま」


 冷蔵室から出ようとしたら、アリスさんが入り口に立っていました。手には防寒着があります。


「もっと早く持ってくれば良かったですね。さぁ、こちらへ」


 近づいた私の肩に、アリスさんが防寒着をかけてくれます。温かい。


「”拒絶”で冷気をと思ったのですけど、冷気を遮断となると完璧に遮断してしまうので……」

「これくらいの寒さなら、これでも十分だと思う。ありがとう、アリスさん」

「いえ」


 アリスさんが私の手を握りました。私の手が冷たいからでしょう。いつもの何十倍も熱く感じます。すごく、アリスさんを感じてしまうのです。


「もっと、温まりませんか?」

「え――――」


 私の腰にアリスさんの手が回され、抱きしめられました。そのまま、厨房の椅子に誘導されて、抱きしめられたまま、座って。


「もっと強く、抱きしめて下さい」

「――ぅん」


 熱いくらいの、アリスさんの体温を間近で……。言われるがままに、アリスさんを抱きしめます。


「もう少し、頑張って下さい、ね」

「うん。アリスさんを感じられたから、頑張れるよ」

「また寒くなったら、声をかけて欲しいです」

「ぅ、んっ!」


 あぁ、大変です。冷蔵室の掃除が長引いてしまいます。十分毎……いえ、五分、三分……。いつでも良いので、指に違和感が出たらアリスさんにまた、抱きしめて貰いたいと思ってしまいました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ