王と皇⑥
「じゃあ、どうするの? わらわの考えは、躊躇なく連絡する事なの」
「それは、どうしてでしょう」
「まずわらわは、優しい皇姫じゃないの」
カルラは扇子をパンッと開き、口元に当てる。
「コルメンス陛下、いえここは……コルメンス」
「は、はい」
チリッと、カルラの雰囲気に刃が生まれる。
「皇姫として、わらわが人を信じる事は少ないの。カルラとして仲良くなる事は出来るの。でも、カルラ・デ=ルカグヤとして信頼を示した事は少ないの」
「お察し、します」
「そんなわらわが、名前を告げて信頼したのが、”巫女”と”魔女”なの」
皇姫としての性か、人を信頼する事に関しては人一倍気を使う。
「コルメンス。たかだか数時間の交流でわらわから信頼を勝ち得たリツカ達を信じて上げるの」
「……」
「共和国の至宝レティシア・エム・クラフト。世界の至宝たる”巫女”二人。そんな二人が共に町にやってきた事を察する事が出来ない愚か者なら――後で潰せば良いの」
「ッ……」
「コルメンス。やる前から迷う必要はないの」
皇と王。生きてきた環境と、生まれながらに持った資質の差だろう。コルメンスには覚悟が足りない。王として、斬り捨てる覚悟が足りない。
「若輩者が生意気言ったの」
再び扇子をパタンと閉じ、ニコリと微笑む。
「いえ……やはり私は、王には向かないようだ」
「人を切り捨てる覚悟なんて、無ければ無いでも良いの。コルメンス陛下のような優しい王も、隣人としては……安心出来るの」
「ハハ……。褒め言葉、ですかね」
「もちろんなの」
コルメンスは常に、優先順位に迷っている。今回も、そして……戦争の時も。
「リツカさんにも、言われました。優しいのは良い事だと。そんな私だから、人が王と認めたのだと」
「リツカらしいの」
「そして、優先すべき事を見誤るな、とも」
コルメンスが立ち上がり、適当な紙に認める。
「今優先すべきは、”巫女”です。アンネ」
「すでにゾルゲ市長と繋がっております」
「ありがとう。市長、コルメンスです」
《は、はい! 本日はお日柄も良く……》
「実は頼みがあるのです。”巫女”の事で」
《巫女様、ですか? 数日前に寄って頂き、更には誘拐されていた子供達まで見つけていただいて……》
すぐに行動に移したコルメンスを見ながら、カルラは微笑む。
(リツカ。異世界から一人でやってきた旅人。貴女の人生は数奇な物なれど……リツカ。貴女は多くに支えられてるの。わらわもその一人なの。だから、安心して進むと良いの。貴女の後ろにはわらわ達が。そして隣には――)
微笑むカルラを、アンネリスが見ている。その額には冷や汗が流れている。若干十四歳にして、皇姫の資質に溢れた少女を見て、アンネリスは畏敬の念を募らせる。
(エルヴィエール様と同等……それ以上の、器ですね)
「どうしたの? アンネリス」
「いえ、感謝します。カルラ様」
「良いの。リツカが頼りにしてる人がどんな人なのか、確認出来てよかったの」
先程の威圧感はどこへ行ったというのか。カルラはゆったりと座っている。この年齢で、ここまでの王としての威光を……と、アンネリスは肩を縮めてカルラのティーカップへお茶を注ぐ。
「ありがとうなの」
「カルラ様から見て、コルメンス様はどうでしたか」
「優しくて甘々なの」
”伝言”しながら、コルメンスがガクッと項垂れる。
「リツカに似てるの」
「エルヴィエール様も、そう言っていました。コルメンス様とリツカ様は似ていると」
「ただ判断が少し遅いの。そんな事じゃいつかは手遅れなの。そこがリツカとの違いなの」
結構本気なカルラの駄目出しに、アンネリスは噴出してしまう。
「まだまだ勉強中なものでして」
”伝言”を終え、コルメンスが戻ってくる。
「陛下なりの王道を見つけると良いの。”巫女”と神アルツィアが住まう土地を治める者として、何が出来るのか、なの」
「――――」
カルラの言葉に、目を丸くして、コルメンスは笑い始める。
「ハハ……。アンネ。次の世代はこんなにも……頼もしい」
「はい。女王陛下を支えるレティシア様。ライゼ様の……後を継げるウィンツェッツ様。そして、”巫女”様」
「……あぁ、世界は良い方向に向かうだろう。その為に、迷っていられない」
アンネリスの、ライゼルトに関する発言。コルメンスはその真意を正確に掴む。死を受け入れたのではない。死んでないと考えたうえで、もう戦えない事を受け入れたのだ。まだアンネリスは諦めていない。
「その意気なの」
コルメンスはカルラに、出会ったばかりのエルヴィエールを想起する。叱咤激励され、王とは何か、人の上に立つとは何かを教わった。今カルラに導かれたように、だ。
「皇姫とは、それほどまでに……」
「わらわは六十五位、わらわの上に六十四人も居るの」
「確かそれは、生まれた順番でしかなかったはずです。カルラ様であれば、本当の継承順位は上のはず」
「なの」
カルラがお茶を飲む。皇姫の話はそこまでということだろう。
「何の意味もない数字なの。毎月変わる上に、最後の最後の順位が全てなの」
皇家は謎が多い。それでもカルラはこの一時で、コルメンス達からの信頼を得る。
ただ数言交わすだけで人の信頼を得るのは不可能だろう。しかし時に言葉や行動ではなく、直感による信頼もある。リツカ達の話をするカルラの姿と瞳は、言葉や行動を必要とさせなかった。そこにある愛を、コルメンス達は感じ取ったのだから。
(何て力強い……)
「カルラ様。良ければ、リツカさん達の事をお聞かせ願いませんか」
「構わないの。その代わり、わらわも聞くの」
「えぇ、もちろんです」
後にコルメンスは、この時の事を少しだけ後悔する。何しろ本当に――全て聞くまで、話は止まらなかったのだから。
その頃、巫女一行は掃除を続けていた。
「ヘクシッ!」
「あ?」
レティシアがくしゃみをする。
(何か忘れてる気がします。カルラさんが、王都……?)
「ア。こコ、まだ汚れてますヨ」
何かに思い至りそうだったレティシアだけど、埃の方が気になったようだ。
「お前にだけは言われたくないんだが」
「私はやらないだけですシ」
「そっちの方がたち悪ぃだろ……」
窓の桟を指でツツとなぞるレティシアを、ウィンツェッツが呆れた顔で見ている。
「元気がないですネ。私に負けたのが悔しかったんですカ」
「んなわけねぇだろ」
「それは問題ですネ」
「あ?」
悔しくないというウィンツェッツの言葉は、本音のようだった。それを感じ取ったレティシアはため息をつく。
「もしかしテ、あの状況で負けたのは仕方ないとか思ってませんカ」
「……」
レティシアの真面目な雰囲気を感じ取ったのだろう。ウィンツェッツは茶化さない。
「私の方が不利な状況だったのは間違いありませんヨ。だっテ、掠り傷なら止めないって明言されてるんですからネ」
やけにあっさりと受け入れたウィンツェッツを、レティシアは訝しんでいたのだ。もしやこの男はまだ、認めていないのではないのか? と。レティシアでさえも、リツカと一緒で負けても仕方ない相手と認識されているのではないのか、と。
「あの竜巻に殺傷性を加えるだけでス。マントも刻めましたシ、全身に掠り傷をつければリツカお姉さんも止めるしかなかったでしょウ」
ウィンツェッツが言葉に詰まる。そう考えていたが、ウィンツェッツは実行しなかった。確実に傷をつけるし、手加減を誤れば殺してしまうから。
「それに対して私の拘束は大半が傷をつけてしまうんでス。抜け出せばそこが傷つくんですヨ。手首みたら分かるでしょウ」
ウィンツェッツの手首は少し傷ついている。自分から”治癒”を拒んだのだ。
「サボリさン。優しくなりすぎましたネ」
「……」
「ギラギラと殺意を振りまいてた時のサボリさんなラ、もうちょっと苦戦したのですけド」
「てめぇ……」
殺す気で来ていれば、五分。いや、武器の差でウィンツェッツの方が有利だっただろう。接近を許した時点で、レティシアの勝ちはなくなるのだから。
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