王と皇④
「お、終わりました! 異常ありません!」
「ご苦労様なの」
(調べる場所が少し足りないけど、仕方ないの)
胸部や下腹部等のところに、女性兵士は触れられなかった。しかしこれは、女性兵士が甘いからではない。この兵士は他の者は徹底的に調べる。カルラが余りにも美しいからだろう。
リツカやアルレスィアに憧れ、心酔し兵へとなった。王宮の護衛という重要な任を与えられる程にまで努力した女性兵だ。どうしても、カルラの様な強い女性に弱い。
「それではカルラ様。こちらへ」
「なの」
カルラがアンネリスに着いて行く。その後姿を、ぽーっとした表情で女性兵士が見ていた。
(わ、私はリツカ様一筋……一筋!)
ぶんぶん、と首を勢い良く振る。そして仕事に戻っていった。他の兵士達がそれを、肩を落としてみている事に気付くことなく。
「女性に負ける俺等の魅力って……」
「仕方ないだろ……お前、あの方達に勝ってる所あるのかよ……」
「はぁぁぁぁ……」
後ろの様子を、視線を向ける事無くカルラが窺っていた。
(リツカは艶福なの。敵は多いみたいなの。アルレスィア)
一応まだ諦めていないカルラは、笑みを浮かべる。扇子で隠れている表情を知ることが出来るものは、ここには居ない。
いつものコルメンスならば出迎えるのだけど、今は接見中という事で部屋に居る。
「あれは」
王宮を歩くカルラが止まる。視線の先に中庭では、大勢が踊ったり歌ったりしていた。
「プレマフェの歌劇団の方達です」
「オペレッタでもやるの?」
「巫女一行が凱旋した折、オペラを楽しんで貰おうと思っております」
「なるほどなの」
カルラは首を傾げながら練習風景を少し見学している。どうやら主役級が居ないようだ。
「演目は何なの?」
「そうですね。是非カルラ様もその際は来て頂きたいと考えているのですが」
「そうしたいけど、カルメ次第なの」
アンネリスは、カルラも来て欲しいから秘密と言いたいようだ。カルラもそうしたいと思っている。しかしカルメが見つかっても、再びここに戻れるかは分からないのだ。
それでも。
「でも、楽しみにしてるの」
「ありがとうございます」
(シーア達ともまた会いたいの)
それでもカルラは、楽しみだと言う。本当に、楽しみなのだ。
「只今陛下は、こちらの歌劇団の方達と話しております」
「それならもう少し、ここで待つの」
本来ならば、皇姫を優先させるべきなのだろう。しかし、カルラは先んじて待機を選択する。
「歌劇の練習を見るのは初めてなの」
「分かりました。それでは椅子をお持ちいたします」
「ありがとうなの」
アンネリスが離れていく。カルラは歌劇を見ながら考える。
(冒険活劇なの? 主役が居ないと分からないの。練習風景を見すぎると演目が分かってしまいそうなの)
アンネリスが直々に案内している要人のカルラに、劇団員達も気付いている。じっと見られている。劇団員達は貴族からの視線に慣れている。しかしどうだろう。そんな劇団員達が緊張している。
「元貴族……?」
「王族だよきっと……」
「先代の、親族?」
「そんな話は聞いた事ない……というより、他国の王族。私先代の時も居たけど、あの先代からこんな威圧感出ない……」
「本物って事?」
「多分。巫女様達に見られてた時に似てるよねぇ」
段々と集中力を欠いてきたのだろう。私語が広まっていく。
「ほら。何してるの。さっさとする」
パンパンと手を打ち合わせ、一人の女性が練習を促す。緩んでしまった劇団員達の空気が引き締まる。カルラはやってきた二人を見て、確信する。
(あの人、主役なの)
「は、はい。フロンさん」
「おかえりなさい。フロンさん、エレンさん」
フロレンティーナとエーレントラウト。歌劇団が誇る二大プリマドンナだ。劇団員達を叱咤した後、カルラの方に歩いてくる。
「どうも。お姫様」
「なの」
自分を姫と認識していながら自然体を崩さないフロレンティーナに、カルラは興味を持つ。
「先輩。国際問題ですよ」
「あの子達の友人が、これくらいで問題にするわけないでしょ」
「どうやら、リツカ達の知り合いみたいなの」
「知り合い、ねぇ。元敵よ」
元敵という言葉に、カルラの目が少し細くなる。フロレンティーナの表情に敵意はなく、戯れのように発せられた言葉のようだ。これもまた、リツカとの間で折り合いがついているらしい。
「……申し訳ございません。カルラ様。先輩が失礼を……」
「良いの。リツカも物好きなの。自分に向けられた敵意を野放しになんて、なの」
「あの子、王族に好かれる才能があるんじゃないかしら。悪女の才能があるわ」
「ふふ。罪作りな女性というのは同じ感想なの」
他人からみれば険悪に見えなくも無い二人の会話。現に劇団員はおろおろとしている。エーレントラウトと、椅子を持ってきたアンネリスは違うけれど。
「フロレンティーナさん。そこまでに願います」
「そうですよ。先輩」
「お姫様にも言うべきじゃない?」
共に言い争っていたのに、自分だけなのか? とフロレンティーナは肩を竦める。カルラは扇子の奥で笑っているのだろう。王族にしてみれば、フロレンティーナの不遜な態度は怒るべきなのだろう。しかしカルラは怒るのではなく。
(中々ない経験なの。兄様も、サボリから話し掛けられた時こうだったの? シーア達と話す時とは違った高揚感なの)
「カルラ様。こちらは」
「アンネリスさん。それは自分から」
フロレンティーナがアンネリスを止める。
「フロレンティーナよ。ロクハナとは、そうね。罵りあった仲よ」
「先輩しか罵ってませんよ……。エーレントラウトです。皇姫様」
「カルラなの。わらわの事は陛下からなの?」
「はい。先程」
エーレントラウトは傅き最敬礼にて挨拶をする。フロレンティーナは相変わらず、傲岸不遜な態度を崩さない。
「先輩……」
「エレン。貴女真面目すぎよ。そんな事じゃ演じきれないわ」
傅き礼を尽くすエーレントラウトを、フロレンティーナは何故か叱責する。
「良いかしら、エレン。私達が演じる相手は、常に自分達より偉いのよ。だったら本物相手でも退いちゃダメよ」
「は、はい……。それは分かりましたけど、今必要な覚悟ですか?」
「日常全てが稽古よ。そうじゃないと、私を越せないわ」
「え……は、い」
フロレンティーナに笑顔を向けられ、エーレントラウトは頷く。
(リツカがアルレスィアに慰められた時とは違うの。言ってる事は本心でも、責められる事から逃げようって気持ちが入ってるの)
カルラはじっと、扇子で顔を下半分を隠し眺める。その位置に扇子を置いているときのカルラは、観察している。
(愛する相手であろうとも、責める気持ちは生まれるの。そしてそれから逃れようとするのも当たり前なの。何で、リツカとアルレスィアは全てを受け入れられるの?)
カルラがリツカを諦めかけたきっかけだ。お互いの全てを受け入れている二人。もはや一人とさえ錯覚してしまう。
「カルラ様。申し訳ございません」
「構わないの。充分楽しんでいるの」
「ありがとうございます」
じっと見ていた所為か、怒っていると思ったのかもしれない。しかしカルラは楽しんでいた。
(ここには、リツカ達の思い出が沢山あるの。本当はアルレスィアの母上ともお会いしたかったけど、時期が悪かったの。いやむしろ……時期は最高だったの)
もしエルタナスィアが居た頃に王都に居れば、リツカ達には会えなかった。偶然か、神の導きか、カルラは巫女一行と出会った。
「陛下の準備が整いました」
「お願いするの。二人共、失礼するの」
「は、はい。いえ、あのえっと」
「オペラに興味があるならまた来なさい」
「そうさせてもらうの」
カルラが去っていく。それを見ながら、フロレンティーナが大きく息を吐く。
「全く……バシバシ威圧してくれちゃって……」
「先輩でも、疲れる事があるんですね」
「そりゃね? あの子私をずっと威圧してたし」
フロレンティーナが本当に退かないのか確かめるために、戯れに威圧していた。
「ああいうのって、自在に操れるのねぇ」
「エルヴィエール様も、私達には普通の女性に見えましたし……」
「そうねぇ。いつだったか、共和国で見た時はすごかったわよ? そこで私、さっきの考えに至ったんだから」
「やっぱり、必要ですか?」
「そうね。私を越えるなら必要よ。本物より本物らしく」
劇団員の下に戻るフロレンティーナに、エーレントラウトもついていく。
「ほら。皇姫様に見惚れてないで、さっさと再開するわよ」
「皆が皆、フロンさんみたいに強くないですよぉ……」
「……ふふ、ははは」
「どうしたんですか? 先輩」
フロレンティーナは昔リツカに、「皆が皆、アンタみたいに強い訳ではない」と言った事がある。まさか自分が言われるとは思わなかったようだ。
「そうね。でも、弱いままじゃいられないでしょ。演者としての役幅は広げないとね」
「関係あるんですか?」
「大有りよ」
綺麗だから、ちょっと演技が上手いから。そんな事では一番にはなれない。フロレンティーナの言葉は、演者全てを導くだろう。舞台の中に小さい世界を創るのが、演者なのだから。