王と皇③
(アンネさんがまた綺麗な人を案内してる。綺麗な人が居るだけで街並みが変わるよねぇ。ちょっと前まで、もっと賑わってたんだけどなぁ)
リタがアンネリスとカルラ、そしてエンリケを見ている。共通点らしい共通点は美少女という事だけだ。あくまで一般人から見れば、だが。
(リツカさんとアルレスィアさん元気かなぁ。シーアちゃんに弄られてるのかなぁ)
思い出してしまったら、止まらない。一気に脳裏を駆け巡る。友人と数日会わないなんて事はざらだ。しかしリタにとって二人はどうだったのだろう。友達だと、三人は認識している。
(でも……足りないなぁ。時間がもっと欲しかったなぁ)
お互いを知るには少し、時間が足りなかった。まだまだ知りたい事はある。アルツィアの事、向こうの世界の事、何でもだ。とにかくもっと話したかった。
(そっか。寂しいんだ。私)
「リタさん?」
「どうしたの……百面相して……」
様子がおかしいリタに、二人の少女が話しかける。クランナとラヘルだ。
「んー。帰って来るまで我慢してようと思ってたんだけど」
「リツカ様と、アルレスィア様の事ですか?」
「ちょっと……出かけてるだけ……」
「そうなんだけど、やっぱりね?」
出かけるといっても、命がけの散歩だ。心配でない人など居ない。
「何で……?」
「あの人、綺麗だなぁって思ってたらね」
「わぁ……本当に綺麗です」
「この国の……人じゃない……?」
「みたいだねぇ」
これは、レティシアやエルヴィエールも感じた事だ。どこに行っても美貌を褒められる。見惚れられる。全ての視線を釘付けにする。それを嫌ってレティシアはマントを羽織、フードを被るのだ。しかしそれも、王都に”巫女”が現れるまでの話だ。
視線は”巫女”に集中する。そして巫女が居ない時でさえ、比較される。
(悪気はないみたいなの。というより、それだけあの二人が鮮烈だったというだけなの)
カルラは特に気にしない。美貌とは、異性を奮い立たせる為の道具でしかなく、自身の容姿を誇った事などない。顔が良い方が特くらいの気持ちでしかないのだ。
「アンネリス。待って欲しいの」
「はい。どうなさいました?」
「あそこの子達が気になる事を言ってたから、話を聞きたいの」
「あそこ――」
(リタちゃん?)
親友ロミルダの娘がこちらを窺っていた。ラヘルとクランナも一緒な事を見て、カルラが気になった事が巫女関係であるとあたりをつける。
「そこの貴女達。少し話を聞きたいの」
「は、はい!」
リタ達も、一声かけられただけで気付く。自分より小さい少女は、やんごとないお方だと。
「シーア、知ってるの?」
「シーアって、あのシーアちゃんですか?」
「なの。友達なの?」
「はい……」
カルラが気になったのは一体何なのか。アンネリスもリタ達も分からずにいた。
「後でまた話がしたいの」
「わ、分かりました」
アンネリスが漸く気付く。
(レティシア様達の話を聞きたいのですね)
まだ仲良くなって十数時間。知りたい事は山ほどある。また会った時に本人から聞く事は簡単だ。しかしカルラは、客観的な視点も欲しかった。
(その方が、リツカ達を驚かせる事が出来るの)
例えば森馬鹿伝説。例えば血塗れ伝説。例えば怪力伝説。そしてこの三人だけが知っている、早朝のダンス。
「また後でなの」
「は、はい」
「私の方から連絡します」
「ありがとうなの」
アンネリスが場を整える事に感謝を述べ、再び王宮を目指す。その背を見ながら、リタ達は口を大きく開けたままだった。
「わ、私だけに話しさせないでよ……」
「リタが……適任……」
「そうですよ……。それに私は、レティシアさんとは余り……」
話せばきっと、クランナもレティシアと仲良くなれるだろう。しかし、レティシアとは話す機会に恵まれなかった。レティシアから見ればクランナは、リツカとアルレスィアの良き理解者。クランナから見たレティシアは、二人を守ってくれる”魔女”様だった。仲良くなる下地は出来ている。
「貴族、かな?」
「そんな……感じ……」
「女王陛下様とお会いした時より、緊張しました」
三人が会った王は、エルヴィエールだけだ。コルメンスは平民出身。レティシアも似たようなものだ。エルヴィエールはそういった所にも気を使っていた。同盟国とはいえ他国。そんな場所で我が物顔で歩く愚は冒さない。カルラも気をつけてはいるけれど、生まれてきた環境が違う。皇家はそれを許してはくれなかった。
「話って、何でしょう」
「シーアちゃんについてみたいだけど、友達の事が気になったとか?」
「……レティシアちゃんが、私に話を聞きに来た時に……似てた……」
レティシアがリツカとアルレスィアの話を聞きに、ラヘルの元を訪れた事がある。その時の雰囲気とカルラが似ていたらしい。
「とりあえず……待ってみよう……」
「はい」
「ちょっと緊張してきたかも」
全くそう見えないリタに、クランナとラヘルはため息をつく。あの高貴な少女なら気にしないだろうけど気をつけようと、二人は目を光らせる決意を固めるのだった。
「これがキャスヴァルの王宮なの」
カルラが王宮を見上げる。無駄にこてこてな装飾を散りばめた、お金がかかっていると一目で分かる王宮だ。
「先代が好き勝手やってるっていうのは聞いてたけど、本当みたいなの」
「耳が痛い限りです。絵画等は整理出来ましたが、王宮の外装までは」
「虚栄の城ならまだしも、コルメンス陛下の噂は轟いてるの。これでも大人しいくらいなの」
「ありがとうございます。カルラ様」
カルラの着飾らない賞賛に、アンネリスが頭を下げ感謝する。コルメンスの話は世界に轟いている。しかし、人柄までは浸透していない。話を中途半端に聞いてこの王宮を見れば、王となり今後王族として振舞う事を許された事で調子付いたと思われる事もあるだろう。
キャスヴァルでは英雄でも、他国ではクーデターを起こした無法者であり、偽りの王族なのだ。カルラには関係ない事ではあるが。王とは血ではなく、国民に認められているか、だ。
(皇とは違うの)
カルラはこの国が綺麗だと感じる。リツカが感じた時のような、無知からではない。全てを知って尚、そう感じるのだ。
「お帰りなさいませ。アンネリスさん」
「お勤め、ご苦労様です」
「そちらは……」
「皇姫、カルラ様です。陛下への謁見をご希望との事です」
王宮を守る特別な兵士達だ。門番達と違って、皇姫等も知ってはいる。あくまで知っているだけで、詳細までは知らないけれど。
「何と……それでしたら確認は必要あり―ー」
「駄目なの」
「カルラ様、しかし」
「アンネリス。信頼と信用は別なの。この国の事は伝わってるの」
カルラの瞳が見せる頑なな意思に、アンネリスが頭を下げる。今は厳戒態勢をとっている。漸くそれを行えるだけの兵力が整ってきたのだ。
「……ご配慮、感謝します。お願いします皆さん」
「ではせめて、女性兵をお呼びします」
「ありがとうなの」
アルレスィア、リツカ、レティシアにエルヴィエール、エルタナスィアにアンネリス。女性の活躍が目立った一月だった。国の女性達も、自分も国の為にと立候補してくれたのだ。あくまで国内警備が主なのだけど。
「し、失礼します!」
「なの」
両手を広げ、ボディチェックを行っていく。昔は体を検めるなどありえなかった。これもまた、リツカ達が齎した変化だ。刃物こそ、最も警戒すべき物なのだと。
(うっわぁ……細……。うぅ……緊張するぅ……綺麗だしスベスベだし……)
「そういえば、アンネリス」
「!」
突然声を出したカルラに、女性兵がびくりとしてしまう。やましい事を考えてしまったからだろう。叱られると思ったようだ。
「はい」
「その紹介状にも書かれてる事なのだけど、銃って知ってるの?」
「はい。報告書に書かれていました」
「その中に狙撃銃ってあるの」
「狙撃、ですか」
言葉の意味から、アンネリスは想像する。遠方から撃てるものなのだろう、と。リツカが直々に気をつけるようにと報告書を出した程の物だ。
「なの。あそこに見える丘からここまで届くのもあるらしいの」
「何と……」
「丘の上にも警備を回した方が良いの」
「分かりました。すぐに警備経路を整えます」
アンネリスが”伝言”で冒険者、兵士に命令を出していく。その迅速さたるや、カルラをもってして驚嘆する程であった。
(ちょっと試してみたけど、必要なかったみたいなの)
いくらレティシア達が信頼したカルラであっても、警戒対象から外しチェックをしないという選択をとろうとしたアンネリスだ。平和ボケしているのではないかと、カルラは危惧した。しかしそれも杞憂だった。
この国はしっかりと危機的状況を受け入れている。そして、”巫女”が帰ってくるその時まで、その警戒を解く事はないのだろう。信じているからこそ、受け入れ、待てるのだから。
「わらわ達を狙撃した人間を連れて来てるから、後から取りに来て欲しいの」
「畏まりました。信頼出来る冒険者と兵を派遣します」
「なの」
今休みを謳歌しているであろうディルクに、少しだけ働いて貰おうと思っているようだ。カルラ達を狙ったという犯人を、万が一にも逃がしてはいけない為だ。細心の注意を払う事に、躊躇はない。